第64話 本部の噂
リオン達が来た日から、更に数日が経った。
リオン達の様子は、チュウタの分身が逐一報告してくれている。
三人とも約束通り村に戻り、復旧作業をしながら噂を広めてくれているようだ。
肩に乗ったチュウタを特に嫌がりもせず、日常の一部として受け入れ始めている。
情報源はチュウタの偵察、リオン達の報告、住人掲示板。
三つの目が、外の世界を少しずつ映し出してくる。
街ではアウル村襲撃が噂になっていた。
ただし噂は一つではない。
「大きく二つの流れがあります」
ぽんこがUIにまとめた画面を出す。
「一つ目。『アウル村がゴブリンの群れに襲われた。被害甚大。死者多数』。これは事実ベースの話で、教会やギルドにも届いています」
「もう一つは」
「『イース北ダンジョンのモンスターが出てきて、野良のゴブリンを退治した。村には手を出さなかった』。こっちはアウル村発の噂で、目撃した村人の証言にリオンさんたちの話が混ざって広がっています。リオンさんたちの報告では村人たちもダンジョンに守られている、と感じはじめているそうです」
二つの噂が同時に広まっている。
事実と噂。
この二つが街の中でぶつかり合って、結果として「何が起きたのかよく分からない」という空気を作っている。
「ギルドの反応は」
「困ってますね。被害は無視できないけど、イース北ダンジョンを黒と断定する材料が足りない。ダンジョンのモンスターが村を守ったなんて前例がないので、信じる根拠もないけど、否定する根拠もない」
「住人掲示板は」
「見せますね」
【探索者総合@北西】
87:名無しの探索者
アウル村の件、結局なんだったんだ
88:名無しの探索者
ゴブリンに襲われたのは確定
問題はそのゴブリンがどこから来たかだ
90:名無しの探索者
村の近くにゴブリンのダンジョンがあって
村がゴブリンに襲われた
選択肢なくね?
91:名無しの探索者
村人はイース北のモンスターに助けられたって言ってるぞ
92:名無しの探索者
襲ったのも助けたのも同じダンジョンってありえるのか?
93:名無しの探索者
わからん
迷宮は意味不明なことをする
94:名無しの探索者
それより稼ぎに影響あるのかが問題
規制入ったら面倒すぎる
95:名無しの探索者
ほんとそれ
あそこは初心者向けで回転率いいんだから
余計なことしないでくれ
96:名無しの探索者
本部が来るって噂あるけどマジ?
97:名無しの探索者
わざわざイース北に?
あそこはくそザコだぞ、マジでゴブリンしか出ない
98:名無しの探索者
マジらしい
迷宮査定官が来るって
99:名無しの探索者
うわ最悪
あいつら来ると面倒なことにしかならん
探索者たちの反応は、正義感より生活に寄っていた。
ダンジョン災害は不快だが、それより規制が増えること、稼ぎ場の空気が悪くなること、面倒な案件が増えること。
そちらの方が切実らしい。
探索者の間では、うちのダンジョンはただのEランクとして定着している。
Eランク偽装はきちんと機能しているということだ。
「本部が来るって噂、これは」
「はい。ギルド本部直轄の調査隊が派遣されるようです。アウル村の襲撃事件の調査ですね。近隣のダンジョンを含めて、周辺環境の安全査定をやり直すという名目です」
「うちのダンジョンのランクが疑われているわけじゃないのか」
「今のところは違います。あくまで村の襲撃事件の調査が主目的で、周辺のダンジョンも併せて見る、という建前ですね。ただ——」
「ただ?」
「本部直轄の査定官が来る以上、うちも調査対象には入ります。Eランクとして問題ないと判断されれば素通りですけど、深く見られたら分かりません」
「レイゼル」
食堂の方に声をかけると、レイゼルがお茶を片手にのろのろと出てきた。
チュウタの分身が肩に乗っている。
最近はこのネズミにも慣れたようで、時々自分から餌をやっている。
「本部直轄が来るらしい。お前はギルド側の動きに詳しいか」
「詳しくはない。私の場合は教会に直接目をつけられたからね、ギルドの調査は経験してないんだ」
あっさり言うが、目をつけられた、の中身は周辺に手を広げすぎて目立ち、結果として勇者を呼び込んだ、という意味だ。
「ただ、ギルドの仕組みは分かる。通常はまず調査隊を入れて、報告書を作る。問題があれば討伐隊に格上げして、実力で対処する。それでも手に負えなければギルドから教会に報告が上がって、勇者が来る。段階を踏むのがギルドのやり方だ」
「お前はその段階を全部飛ばして勇者が来たわけか」
「そう。教会を直接怒らせると段階なんか関係なくなる。だから——」
レイゼルの目が少しだけ真剣になった。
「ギルドが出てくるってことは教会は問題視してないってことだ。調査隊に『問題なし』の報告書を書かせて帰ってもらえれば、それで済む」
「できるか」
「低層だけ見せれば騙せると思う。このダンジョンはEランクとして完璧だ。普通に調査すれば普通のEランクにしか見えない。ただし——」
「ただし?」
「査定官が有能だったら、数字の裏を読む。一見して見えない違和感を嗅ぎ取る。そういう奴が来たら、通用しないかもしれない」
嫌な予感がする。
「ぽんこ、調査隊の詳細は分かるか」
「まだ分かりません。ただ、リオンさんが街のギルドで聞いた話だと、職員が『本部の切り札が来る』とこぼしてたらしいです」
チュウタ経由で拾ったリオン周辺の会話だ。
リオン自身が報告してきたわけではなく、リオンがギルドで聞いた話をチュウタの分身が拾っている。
「切り札ね」
「それ以上は分かりません。名前も出てないです」
本部の切り札。
ギルドの職員が言うくらいだから、相当に面倒な相手なのだろう。
俺はUIを閉じて、椅子の背にもたれた。
戦争は今のところ有利だ。
周辺のダンジョンはほぼ片付き、レイゼルのダンジョンからのDP徴収も安定し始めている。
戦力も充実している。
ダンジョンの中だけで考えれば、盤石に近い。
だがダンジョンの外が動き始めた。
探索者ではなく、ギルド本部。
地方の小競り合いではなく、組織としての調査。
ダンジョンの壁の外側から、新しい種類の敵が近づいてきている。
「次の戦いは、迷宮の中だけの話じゃ済まないな」
「済まないですね」
ぽんこが短く答えた。
窓のない部屋で、二つのコアが並んで光っている。
その向こうに、まだ見ぬ敵が近づいてきている。




