第63話 リオン VS みんな
森の広場に、即席の闘技場ができあがっていた。
ゴブリン達が石を積み上げ観客席のようなものを作り、そこにぎっしり座って歓声を上げている。
シルヴァさんがお茶を配り、イモがゴブリンの膝の上に座って観戦態勢に入り、レイゼルが食堂のテーブルに頬杖をついて眺めている。
俺もぽんこと並んで、一段高い場所から見下ろしていた。
「殺すなよ。絶対にだ」
「分かってるって」
ラセツが金棒を肩に乗せて、広場の中央に立っている。
分かってない顔だ。
そして模擬戦が始まる。
ラセツ戦。
「弱ぇ」
三秒で終わった。
『うおおおおお!』
ゴブリン達が大歓声を上げている。
リオンが地面に転がったまま空を見上げ、エルノが枝にぶら下がったまま「おろして」と言っている。
カークだけは膝をついた姿勢で、ラセツの動きを目で追っていた。
「次いこう次!」
ラセツが楽しそうに金棒を振り回している。こいつ、完全に遊んでいる。
オト戦。
「開始!」
次の瞬間。
「……終わった」
振り向いた時には、リオンの首筋にナイフが添えられていた。
『おおお!』
ゴブリン達が湧いている。
また瞬殺だ。
第三戦。シルヴァさん。
開幕早々、蔦で吊されて終了した。
「えぇ……」
エルノが落ち込んでいる。
第四戦。イモ。
イモとエルノの魔法合戦になるも、カークが気を引き、リオンが組み敷いてリオン側初勝利。
「負けちゃいましたー」
「勝ったが……」
しかし、全員とても複雑そうだ。
第五戦。アニ。
「まったく。幹部が本気でやったらこうなるに決まっているだろ」
アニが広場の中央に立つと、周囲のゴブリン達の姿勢が変わった。
ふざけた歓声が止まり、全員が背筋を伸ばしている。
指揮官が前に出た、というだけで場の温度が変わる。
「俺は手を出さん、ゴブリンで勝負してやる」
その言葉に合わせてゴブリン達が、前に出る。
「そりゃここまで負け続きだけどさ、それはちょっと舐めすぎじゃない?」
エルノが食ってかかるも、アニは気にせず続ける。
「来い」
アニが短く言った。
三体のゴブリンが前に出る。
バフがかかっている分、動きは普段の探索で会うゴブリンより鋭いはずだ。
リオンが先頭のゴブリンの棍棒を盾で受け、カークが横から回り込んで二体目を短剣でいなし、エルノの火球が三体目の足元を焼く。
今まで機能させてもらえなかった連携が、ゴブリン相手にきちんと噛み合う。
三体が崩れる。
アニは腕を組んだまま、眉ひとつ動かさない。
「次。五」
五体が走り込んでくる。
先ほどより一回り大きい個体が混じっている。
リオンが剣で二体をまとめて押し返し、カークが隙間を縫って急所を突く。
エルノの魔法が三体目を止め、残り二体はリオンが正面から受けて捌いた。
息が上がり始めている。
「……まだ立ってるか」
アニの声に感情はない。
だが、少しだけ間を置いてから次の指示を出した。
「次。十。囲め」
十体が四方から押し寄せた。
今度は数が違う。
三人が背中合わせの陣形を取り、カークが「右を詰めろ」と叫び、エルノが魔法で炎の壁を作り足を止め、怯んだところをリオンが斬る。
ゴブリン二体が隙間から抜けてエルノに迫るが、カークが飛んで割り込み、短剣で二体を同時にいなした。
十体が崩れた。
三人とも肩で息をしている。だが立っている。
アニの口元がわずかに動いた。
「次。二十」
「おいおい!」
エルノが悲鳴を上げた。
二十体のゴブリンが、今度は隊列を組んで押し寄せてくる。
前列が盾持ち、後列が投石。
アニのバフがかかった統率された部隊だ。
もはや単なる数の暴力ではなく、小規模な軍勢との戦闘に近い。
リオンが歯を食いしばって前列を弾き返す。
カークが投石の隙間を縫って後列へ飛び込み、エルノが必死で援護する。
だが押されていく。
じりじりと後退し、陣形が崩れかけ——
それでも崩れない。
リオンが踏みとどまり、カークが戻って穴を塞ぎ、エルノが最後の魔力を振り絞って前列を薙ぎ払う。
泥臭い、きれいとは言えない戦い方だが、三人が三人の役割を果たして、かろうじて形を保っている。
「……まだ崩れないか」
アニが、初めて少しだけ感心した声を出した。
「終わり」
その一言で、ゴブリン達が一斉に引いた。
「つえぇな」
「お前達も悪くない。……少しだけだが」
少しだけ、とは言ったが、アニの口角がわずかに上がっていた。
リオンが手を差し出した。
「いい勝負だった。……また、やってくれ」
アニは一瞬だけ手を見て、短く握り返した。
「次はもっと早く終わらせる」
「負けフラグだろ、それ」
エルノの野次が飛び、ゴブリン達がどっと笑った。
それに合わせて、リオンが小さく笑った。
あの夜以来、初めて見る笑顔だった。
「俺らは普通にダンジョンに稼ぎに来ていいのか?」
「いいぞ。むしろゴブリン程度でよければこっちで用意しようか?」
「……やめておく。普通の探索者としてこのダンジョンに挑戦したい」
「そうだね、食えなくなったらお願いするかも」
リオンの言葉にエルノが同意する。
ほう、リオンはともかくエルノまでそっち側か。
「好きにしろ。やり過ぎたら殺すかもしれんが」
笑顔で答える。
冗談だとはわかってくれているようだが、三人とも笑顔が引きつっている。
模擬戦が終わると、広場の空気はすっかり変わっていた。
さっきまで向かい合って気まずそうにお茶を飲んでいた連中が、殴り合った後は妙に距離が近くなっている。
エルノがゴブリン達に囲まれて肩を叩かれ、カークがアニの横で静かにお茶を飲み、リオンがラセツに「どんな鍛錬をしているんだ」と質問している。
殴り合いの後は仲良くなる。
ゴブリンも探索者も、案外変わらないらしい。




