第62話 顔合わせ
十日後、リオン達がダンジョンに来た。
約束通り、探索者として、普通に。
いつもの三人で、いつもの装備で、いつもの入口から入ってきた。
UIに映る三つのアイコンが一階層を進んでいくのを見ながら、俺はチュウタに指示を出す。
「チュウタ、五階層の休憩所まで案内してやれ。そこで集合だ」
『わかった』
自分の足で五階層まで上がる。
いい加減ダンジョン内の移動が厳しくなってきた。
「呼んだものの、村のことは大体わかってるんだよな」
「チュウタさんが報告してくれますからね」
さて、どうやって場を保たせよう。
「ふむ。自己紹介でもしておくか」
休憩所に着くと、リオン達は既に座っていた。
リオンが立ち上がる。
「来た。約束だからな」
エルノが壁にもたれて座ったまま、周囲をきょろきょろ見回している。
カークは腰掛けに座り、いつも通り静かにこちらを観察していた。
三人とも、あの夜から十日経って少し落ち着いた顔をしている。
「村の様子はチュウタ経由で大体把握してる」
「全部筒抜けですか」
エルノが苦笑し、肩の上のネズミを横目で見た。
「まあ、そうだな。だから今回の集まりは顔合わせだ。お前らにうちの幹部を紹介しておく」
リオンが少しだけ目を見開いた。
「幹部?」
「ダンジョンのモンスターだ。あの夜、赤いのと黒いのを見ただろう。あいつらを含めて、主だった連中の顔を覚えておいてくれ。今後、何かあった時に話が早い」
三人を十階層の森まで連れていく。
途中、五階層から先の洞窟を通る時にエルノが「ここ来たことないな」と呟き、カークが通路の構造を黙って観察していた。
十階層に降りると、空気が変わった。
石とカビの匂いが消え、緑の香りと湿気が全身を包む。
木々の向こうに光苔とは思えない光がにじみ、森そのものの中に入り込んだような感覚がある。
「……すげえ」
エルノが声を上げた。
前回見てるはずだが、それどころじゃなかったんだろう。
「ダンジョンの中にこんな場所があるとは思わなかった」
「うちの切り札だ。あんまり口外するなよ」
「するわけないです。殺されたくない」
軽い口調だが、その声には確かに怯えが感じられる。
森の中の開けた場所に、椅子とテーブルが並んでいる。
会議室と呼んでいる場所だ。そこに、幹部達が集まっていた。
最初に目に入るのはラセツだ。
薄紅色の肌が森の緑に映え、上半身裸のまま金棒を肩に乗せている。
釘バットにしか見えない凶悪な形状の金棒だ。
背丈は人間の成人と同じくらい、細身だが隙のない筋肉がついていて、腕には古い傷跡がいくつも走っている。
端正な顔立ちをしているが、目つきが悪い。悪すぎる。
リオン達の足が止まった。
「……あの夜の」
リオンが低く言った。
暗闇の中で母親を襲うゴブリンを叩き潰した、あの赤い男。
「ラセツ。悪鬼。うちの攻め専用の切り札だ」
「よう」
ラセツが片手を上げた。
愛想はない。
だがリオンの目には恐怖と感謝の両方が見えていた。
「次にこっち——と言いたいが、見えるか」
三人が周囲を見回す。
「……どこ?」
「オト。いるぞ」
「……いる」
テーブルの横に、黒い髪の少年が立っていた。
ゴブリンの面影が完全に消えた痩せぎすの少年で、肌は暗く、手足が細長い。
儚い美形と言えなくもないが、それ以上に存在の薄さが異様だった。
見ているはずなのに視線が滑り、目を離すと位置を見失う。
「ゴブリンナイトストーカー。隠密特化だ」
オトは何も言わなかった。
リオンと一瞬だけ目が合い、すぐに視線を外す。
「え、こいつがゴブリン?」
エルノが信じられないという顔で見ている。
ゴブリンと言われなければ人間の少年にしか見えない。
「次」
テーブルの下から、小さな丸い影がひょこっと顔を出した。
「はーい」
こっちは逆に、進化してもゴブリンにしか見えない。
小さくて丸い体。
背丈はリオンの腰ほどしかなく、大きな目がくりくりと動いている。
「イモ。ゴブリンサヴァン。後方支援と分析担当」
「えっ、かわいい」
エルノが思わず声を上げた。
「かわいいって言われましたー」
「見た目で判断するな。こいつは一番やばい」
「えへへ」
イモが嬉しそうに笑っている。
嬉しがるな。
「三兄妹でな。アニが長男で指揮官、オトが次男で隠密、イモが末っ子で分析。こいつらがうちの主力だ」
「三兄妹……」
リオンがアニの方を見た。
テーブルの奥に、腕を組んで立っている人影がある。
人間の青年と変わらない体躯で、肩幅が広く、首が太い。
顔にはゴブリンの名残が残っているが、もう子供のサイズではない。
ホブゴブリンとも格が違う。
周囲のゴブリンたちの立ち姿がどこか引き締まっているのは、こいつの指揮強化バフが常時かかっているからだ。
「アニ。ゴブリンジェネラル。全軍の指揮官。こいつがいるだけで配下のゴブリン全員の動きが一段上がる」
「……オレはお前らを信用していない。変な真似をしたら潰す。注意しろ」
アニが言った。
声は低く硬い。
こいつのクソ真面目は昔からだ。
カークがアニを見て、ほんの少しだけ目を細めた。
同じ仕切る側の人間が、同類の気配を感じ取ったのかもしれない。
「こちらにいるのがシルヴァさん。ドライアドエンプレス。この森そのものがシルヴァさんだと思ってくれ」
木の根元から、シルヴァさんが歩いてきた。
深い緑の長い髪が揺れ、肌にほんのり緑がかった透明感がある。
穏やかな微笑みを浮かべているが、彼女が一歩踏み出すたびに周囲の木々が枝を傾けてざわめく。
足元からは小さな草が芽吹いている。
美しいが、人間ではない。
森が人の形をとっている、と言った方が近い。
「おひさしぶり」
シルヴァさんが淹れたお茶を三人に配ると、場の空気が少し緩んだ。
「あとはこっちがぽんことレイゼル。モンスターでもないし戦闘員でもない」
「ぽんこです!マスターの管理AI!旧式ですが心は最先端です!」
「捕虜のレイゼルです。よろしく」
リオンがレイゼルを見て、少し困惑した顔をした。
捕虜と言われたが、お茶を飲みながらくつろいでいるようにしか見えない。
全員の紹介が終わる。
その瞬間を待ちわびていたかのように、ラセツが声を上げた。
「よし主。模擬戦だ」
「は?」
「探索者なんだろ。うちのダンジョンの常連だ。どの程度の腕か気になる」
リオン達の顔が引き締まった。
エルノが少し引いている。
カークは無表情だが、目だけが動いた。
周囲を見回すと、ゴブリン達の目がきらきら光り始めていた。
こいつらは戦いの匂いに目がない。
『やれやれー!』
『人間と勝負だー!』
『オレも混ぜろー!』
あっという間にゴブリン達が集まってきて、会議室の周りが闘技場のような雰囲気になりつつある。
「……やるか。よし模擬戦だ」




