第61話 密約
翌朝。
三人を森の中のテーブルに座らせた。
俺が対面に座り、ぽんこが横に立つ。
シルヴァさんがお茶を配っている。
少し離れた場所に、ラセツが金棒を担いだまま壁にもたれていて、オトの姿はどこにも見えないが、どこかにいる。
一晩の間に、三人の間で何らかの話し合いがあったのだろう。顔つきが昨夜とは違っていた。
「カークさん」
リオンがカークに目配せする。
カークが小さく頷いて、口を開いた。
「話を聞く準備はできた。条件を出してくれ」
向こうの交渉役はカークだ。
こういう場で最も冷静に判断できる人間が前に立つのは正しい。
「まず前提を話す。村を襲ったゴブリンは、俺のダンジョンのモンスターじゃない。別のダンジョンマスターが、俺に罪を着せるためにゴブリンで村を襲った」
「証拠は」
「ない。だが考えてみろ。俺がアウル村を襲う理由があるか。村を壊しても俺には何の得もない。むしろ騒ぎになれば、ギルドが動いて俺のダンジョンに調査が入る」
カークは黙って聞いている。否定も肯定もしない。
「昨夜、ラセツとオトがゴブリンを退治した。それは見ただろう。あの二体は俺のダンジョンのモンスターだ。俺は村を襲ったんじゃない、守りに行った」
「動機は」
「村が焼かれれば、ギルドが動き、教会が動く。最悪、勇者が来る。だから止めた」
「善意じゃない、と」
「善意じゃない。利害だ」
カークの目が少し細くなった。
嘘を言っていないと判断したのだろう。
正直に利害を語る相手の方が、この男にとっては扱いやすいはずだ。
「条件を出す」
俺は指を折った。
「一つ。俺がダンジョンマスターであることを、誰にも話すな。これが絶対の制約だ。破ったら——村を滅ぼす」
空気が固まった。
エルノの軽口も出ない。
リオンの拳が白くなるほど握られている。
「お前たちにはチュウタをつける」
三人の肩に乗ったネズミを指す。
昨夜からずっと乗っている分体だ。
「こいつは俺の目であり耳だ。お前たちの行動は24時間、全て俺に報告される」
エルノがネズミを横目で見て、引きつった笑いを浮かべた。
「ずっとこいつが肩に……?」
「慣れろ」
「慣れるのかよ、これ……」
「二つ。これはお願いだ」
声を落とす。
「お前たちには村に戻ってもらう。そして噂を流せ。『イース北ダンジョンのモンスターが出てきて、野良のゴブリンを退治して去った。村には手を出さなかった』と」
カークが眉を寄せた。
「噂を作れと」
「作るんじゃない。事実を話すだけだ。ラセツとオトは実際にゴブリンを退治した。村には手を出していない。嘘はどこにもない」
「……だが、意図的に広めるのは嘘と同じだ」
「同じかもしれない。だが、この噂がなければどうなるか考えてみろ。アウル村の近くにゴブリンのダンジョンがある。その村がゴブリンに襲われた。教会はこの二つを繋げて考えるだろう。調査が入り、ギルドの評価が変わり、最悪、勇者が来る」
「勇者が来たら、あんたが死に、村は助かる」
「生き残るためなら俺は何でもやるぞ。お前たちの村も巻き込まれる。勇者が動けば、この周辺は戦場になる」
カークが腕を組んだ。長い沈黙の後、ゆっくりと息を吐いた。
「……断ったら?」
「殺す。これは脅しじゃない。こちらとしてはそれ以外の手はない」
「だろうな」
更に数分。
沈黙を挟む、色々と考えているようだが、選択肢はそう多くはない。
「俺は村の出身じゃない。村が滅びても『よくあるダンジョン災害だ、運がなかったな』で済ませられる立場だ」
そう言って、リオンに視線を移す。
「だからリオン。お前が決めろ」
リオンは黙っていた。
目が揺れている。
ダンジョンという存在に手を貸すこと。
おとぎ話の中で勇者に討たれるべき悪の根源に協力することへの拒否感が、顔にはっきり出ていた。
同時に、あの夜の記憶がある。
母親の前で棍棒が振り下ろされる寸前に、ラセツが割って入った。
あの一撃がなければ、奴の母親は死んでいた。
「……一つ聞かせてくれ」
リオンの声はかすれていた。
「ダンジョンマスターってのは——人間を殺すものなんだろう。探索者が来て、罠にかけて、殺して、それで力を得る。そういう存在なんだろう」
「そうだ」
否定しない。
「でも、あんたは母さんを助けた」
「利害だと言った」
「利害だろうが何だろうが、助けたのは事実だ」
リオンが目を上げた。
揺れていた目が、少しだけ定まっている。
「……分かった。噂は流す。あんたがダンジョンマスターだということは黙る」
「リオン——」
エルノが声をかけたが、リオンは手を上げて制した。
「その代わり、こっちからも条件がある」
「聞く」
「約束を守る限り、村を守ってくれ」
それは要求というより、願いに近い声だった。
「村は貧しい。これから復興もしなくちゃならない。あんたのダンジョンが近くにある限り、探索者は来るし、金も落ちる。村にとっては生命線だ。その生命線を、断たないでくれ」
感情が溢れたように、まくしたてる。
「外敵からもだ。元々あんたらの敵なんだろ、村には今後一人も被害を出さないと誓え。被害が出たら、俺がお前を殺しにくる……!」
「わかった。お前が約束を守る限り、俺も守る」
リオンが手を差し出した。
俺はその手を握った。
剣を振り、盾を構え、ゴブリンと戦ってきた手だ。硬くて、熱い。
カークが黙って頷いた。
エルノが肩の力を抜いて壁にもたれた。
「まあ、最初からこうなると思ってたけどな。リオンが断るわけないだろ、あの状況で」
「お前、最初から分かってたのか」
「分かるだろ。母さん助けてもらって、断れる奴かよ。悪魔相手だって契約しちまうよ」
軽い口調だが、エルノなりの信頼の示し方だった。
「もう一つ」
俺は立ち上がった。
「今日、村に帰れ。噂を流して、復旧を進めろ。十日後にダンジョンに来い。探索者として、普通に。そこでまた話す」
「十日後か」
「ああ。それまでに、村の空気を確認しておいてくれ。教会やギルドがどう動いているか、探索者の間でどんな噂が流れているか」
カークが立ち上がり、短く言った。
「了解した」
三人を一階層まで送り、入口から外に出した。村までは半日の距離だ。
「リオン」
振り返った背中に声をかける。
「十日後、普通に来い」
「……ああ」
三人の背中が、朝の光の中に消えていった。
数日後。
チュウタが調査報告を持ってきた。
『村は半壊してるけど、人は残ってる。復旧作業が始まってる』
「リオンたちは」
『普通に復旧してた。分身も肩に乗せたまま嫌がってない。特に変わった動きはなし』
約束を守っているようだ。今のところは。
『あと、襲撃の時に逃げた子供がいた。街に辿り着いて、教会に引き取られたみたい』
「子供か」
あの夜、村から逃げた誰か。その子供の証言が、街に伝わっている。
「ぽんこ」
「はい。住人掲示板でも確認しました。『アウル村がゴブリンの群れに襲われた』という情報は街に広まっています」
「うちのダンジョンとの関連は」
「はじめはその流れでしたが、今は減りましたね。逆に、『イース北ダンジョンのモンスターが村を守った』という話がアウル村から周辺に広まり始めています。リオンさんたちが動いてくれたみたいですね」
「よし。意図通りだ」
二つの情報が同時に広がっている。
後者が前者を上書きしてくれれば、うちへの疑いは薄まる。
だが完全には消えない。
教会が調査に来れば、辻褄の合わない部分は出てくるだろう。
「ユート」
レイゼルの声が食堂の方から聞こえた。
チュウタの分身を肩に乗せたまま、入口に寄りかかっている。
「わかっただろう。外を巻き込まれるとこうなる」
「お前が言うな」
「私は忠告した側だよ」
「お前が嵌められたから俺も嵌められてるんだが」
「……それは、まあ、否定しない」
レイゼルは少しだけ視線を逸らした。
俺はUIを開いた。
残存管理者数の数字はまだ減り続けていて、第三大陸の点も前に見た時より少なくなっている。
戦争は勝ち続けている。
ダンジョンは十階層まで育ち、幹部は進化し、レイゼルという情報源と従属ダンジョンも手に入れた。
戦力だけを見れば、半年前とは比べものにならない。
だがその代償として、外に噂が広がり始めた。
教会が動き、勇者の名前を知り、ダンジョンの外に盟約者がいる。
Eランクの看板は日に日に薄くなっている。
「……面倒なことになったな」
「面倒ですね」
ぽんこが頷く。
机の上には二つのコアが並んでいて、その向こうの通路からはゴブリンの足音が聞こえている。
半年前と同じ音のはずだが、その音の意味はもう同じではなかった。
戦争の余波が、人間社会に漏れ出した。
閉じた世界で戦っていればよかった時代は、終わりつつある。
お読みいただき、ありがとうございます。
ここまでで3章が終了です。
次章からは新たな敵も現れ、更にステージが上がります。
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