第60話 マスター、恥ずかしくないです?
「ようこそ、イース北ダンジョンへ」
深く、沈黙が落ちた。
「……マスター、恥ずかしくないです?」
ぽんこの声が横から飛んできて、空気が一瞬だけ弛んだ。
「うるさい、雰囲気を壊すな」
「だって、練習してきたみたいな言い方なんですもん」
リオンは答えないまま、縛られた姿で森を見上げている。
洞窟の中に森がある——その異常さを飲み込むのに時間がかかっているようだ。
エルノとカークも同じだった。
オトに痛めつけられた傷はあるが、意識はある。
三人とも目を見開いて、地下に広がる森と、その中を歩くゴブリンの群れを眺めている。
「シルヴァさん、怪我の手当を頼む」
「はーい。あらあら、ずいぶん乱暴にされたのね」
シルヴァさんが三人の傷に薬草を当てていく間、俺は少し離れた場所で腕を組んで待った。
手当てが終わってから、三人に向き直る。
「まず確認する。お前ら三人とも、俺の顔を見たな」
リオンが頷く。
エルノも頷く。
カークは黙ったまま、こちらを見ている。
「俺はこのダンジョンのマスターだ」
言い切った瞬間、エルノの顔が引きつった。
「マジか。ダンジョンの主って……おとぎ話の?子供の頃に親に聴かされるやつだろ、『迷宮の奥には主がいて、悪い子をさらってモンスターにする』って——あれ、本当にいたのかよ」
恐怖半分、驚き半分。
信じたくないが、目の前の状況がそれを許さない。
ゴブリンが闊歩する地下の森に、人間の男が立っている。
おとぎ話が現実になった瞬間だった。
「いる。お前の目の前に。悪い子供はさらわないがな」
「……さらわれてるけど」
エルノの声が少し震えていた。
軽口で誤魔化そうとしているが、隠しきれていない。
「なぜ俺たちを知ってる」
リオンが低い声で聞いた。
名前を呼ばれたこと、顔を知られていること。
その違和感を最初からずっと抱えていたのだろう。
「お前たちがはじめてこのダンジョンに来た日から、ずっと見ていた」
三人の顔色が変わった。
「一階層のスライムを倒して、ゴブリンを見て引き返した日。覚えているか」
リオンの目が見開かれる。
あの日——初めてダンジョンに足を踏み入れた日のことだ。
「あの時から、お前たちがどこまで進んだか、何を倒したか、何を持ち帰ったか。全部把握している」
沈黙が重い。俺は少しだけ間を置いてから、続けた。
「お前たちだけじゃない。このダンジョンに入った全ての探索者を、俺は——」
「マスター、怖がらせすぎです」
ぽんこが割って入った。
「事実を言ってるだけだ」
「言い方が完全に悪役です。もうちょっと柔らかくできません?」
「悪役だろうが」
いちいちチャチャを入れるぽんこに苛立ちはじめた時、そこに割って入る者がいた。
「ユート、ぽんこ君の言う通りだ。君の思惑はわかるが、恐怖による支配は長期的な信頼形成にはノイズだよ」
「レイゼル……」
「今、君がやることは、誠実に腹を割ってこちらの事情を話し、協力してもらうことだ。なにせこちらは本当に悪くないんだからね」
演技がかった言い回しで、レイゼルが続ける。
明らかにリオン達を意識して、思想を誘導しようとしている。
「君たち。村を襲ったゴブリンは、私たちのモンスターではない。そこの赤い男と黒い子供がゴブリンを退治した。彼らは村人を一人も傷つけていない、違うかい?」
リオンたちの顔に、微妙な困惑が浮かんでいた。
恐怖はあるが、横でたしなめられているダンジョンマスターを見て、どう反応していいか分からないようだ。
雰囲気の立て直しは諦めて、本題に入る。
「お前たちの処遇を決める。だが今日は話さない。頭を冷やす時間がいるだろう。一晩、部屋に入ってもらう」
「牢屋か」
カークが短く言った。
「部屋だ。鍵はないが、外にゴブリンが立つ。出ようとすれば止められる」
三人は顔を見合わせた。リオンが何か言いかけたが、カークが首を振って止めた。今は従え、という判断だろう。
九階層の脇道に作った小部屋に三人を入れ、外にゴブリンを配置した。食事と水は運ばせる。最低限だが、牢としては上等だ。
「レイゼル、助かった。ぽんこ、悪かったな」
「ははは、私は君の味方だよ」
絶対に嘘だ。
礼を言って損をした。
「マスター。一人でしょいこまないでくださいね」
ぽんこの声に、少し、安心した。
しかし安心してばかりもいられない。
さて、明日が本番だ。




