第56話 従属コア
五日後、ダンジョンに帰還した。
コア部屋に戻ると、ぽんこがいつも通りの笑顔で待っていた。
「おかえりなさい、マスター!お土産ですか?」
視線が俺の手の中のコアに吸い寄せられている。
「土産というか、戦利品というか」
「あら、マスター。おかえりなさい。……その方が?」
シルヴァさんが森の奥から歩いてきた。
レイゼルを見て困ったように微笑んでいる。
しかし足元の根はさりげなくレイゼルの足首あたりまで伸びていて、さすがに警戒は怠らない。
「捕虜だ」
「捕虜ですか。お茶、いりますか?」
「いらないよ。……いや、もらおうかな」
レイゼルは即座に撤回し、縛られたままの姿でシルヴァさんのお茶を受け取ろうとしていた。
この図太さは本物だ。
「ぽんこ、本題だ」
「はい。殺しますか?」
言いながらUIに手をかけている。
ゴーを出せばすぐにモンスター達に指令が飛ぶだろう。
本気だ。
「殺さない」
ぽんこの手が止まり、つられるようにレイゼルも動きを止めた。
「理由は三つある。とはいえまぁどれも大した理由じゃない」
指を折る。
「まず一つ。情報だ。勇者がなぜ来たのか、他のダンジョンマスターの動き。こいつの頭の中には俺が知らない情報がある」
レイゼルは黙って聞いている。
「二つ。単純に話してみたかった。声を知っている相手だ。同じダンジョンマスターで、まともに会話ができる最初の相手でもある」
「……光栄だね」
「三つ。コアを握っている以上、いつでも殺せる。急ぐ理由がない。生かしたまま利用価値を探った方が合理的だ」
「三番目が一番マスターらしいですね」
ぽんこが小さく頷きながら言い、レイゼルは縛られたまま小さく肩をすくめてみせた。
「殺されないのはありがたい。で、私はどうなるんだ」
「それを今から調べる」
レイゼルのコアを机の上に置いた瞬間、UIに見慣れない項目が浮かんだ。
【従属コア保護管理制限】
【対象:レイゼル】
【制限事項】
・高位モンスター生成:不許可
・支配域拡張:不許可
・大規模DP支出:不許可
・自己強化:不許可
【制限されない事項】
・低位モンスター生成
・探索者死亡時DP獲得
「……なんだこれ」
「従属コア保護管理制限です!他のダンジョンマスターのコアを保持している場合に自動で適用される仕組みですね」
「つまりレイゼルのダンジョンに制限がかかる、と」
「はい。コアを管理しているマスターが自由に監視、制限できます!」
「ペアレンタルコントロールみたいだな」
「見守り機能です!」
レイゼルが苦い顔で、縛られた手のままUIの表示を覗き込もうとしている。
「ただしモンスターの自動生成は止まりません。ダンジョンは生きたまま最低限の運営だけが続く形で、探索者が死ねばDPも発生します」
つまりレイゼルのダンジョンは、マスター不在でも細々と動き続けるということだ。
コアが生きている以上ダンジョン自体は残っていて、探索者が来れば戦闘が起き、死者が出ればDPが発生する。
ぽんこがUIをもう一段スクロールした。
「マスター、もう一つ項目があります」
【DP徴収率設定:0〜80%】
【対象ダンジョン:レイゼル管理領域】
【説明:従属コア保持者は、対象ダンジョンで発生したDPから設定した比率を自動徴収できる。最大80%。残りは対象ダンジョンマスターの管理下に留まる】
「……税金か」
「搾取じゃないか」
レイゼルの反応が速い。
「お前には20%残るだろ。捕虜には過ぎた小遣いだ」
「子供か」
レイゼルの文句はさておき、俺はこの仕組みの意味を考えていた。
コアを破壊すれば一度きりの獲得DPで、レイゼルのレベルなら80万か100万か、その程度だろう。
だが生かしておけば、レイゼルのダンジョンで発生するDPの最大80%が継続的にこちらに入ってくる。
しかも運営の費用はレイゼル持ちだ。
一度きりの大金か、継続収入か。
答えは明白だった。
「殺すより生かした方が得じゃないか」
「不労所得です!」
「聞こえてるぞ」
レイゼルが恨めしそうにぽんこを見ているが、ぽんこは気にする様子もない。
「しかし、こんな仕組みがあるならダンジョンマスターを殺さずに従属させるのが最適解……とはいかないか」
「はい。従属コアとはいえ、出来ることは限られます。上手く運営できなければ、DPは雀の涙。ぶっちゃけ殺した方が早いです」
「つまり俺の手腕次第ってことだな」
「はい!子会社を抱えた親会社みたいなものですね!」
「平和な例えだ」
だが的確ではある。
レイゼルのダンジョンからDPを吸い上げる代わりに運営責任も負う。
税収と防衛義務、封建制そのものだ。
「とりあえず徴収率は80%だ。様子を見てから調整する」
「……80か。まぁ、そうだろう。役に立てば税率が下がるのか?」
「結果次第だ」
「なるほど、死ぬよりはマシか」
レイゼルの声にほんの少しだけ軽さが戻っていた。
完全に諦めたわけでもなく、完全に受け入れたわけでもなく、その隙間で計算しているのが透けて見える。
その直後だった。UIにレイゼルのダンジョンからの通知が流れた。
【レイゼル管理領域:モンスター生成——実行】
「……おい」
「何?」
「今、何した」
「低位モンスターの生成を試した。制限されてないって書いてあったから」
説明の三秒後に試すな。
「こいつ、鎖じゃ縛れないタイプだな」
「鎖をつけられたら、まず鎖の長さを測るのが普通だろう」
「普通じゃない」
悪びれない。
まったく悪びれない。
こいつは従属下に置かれたことの意味を正確に理解した上で、その枠の中でどこまで動けるかを即座に確認しにいっている。
使い方次第では確かに役に立つだろう。
「条件を出す」
レイゼルがこちらを見た。
「24時間監視をつける。行動範囲はこのダンジョン内に限定。外部への無許可の連絡は禁止。俺に嘘をつくな、ついたと判断したらコアを壊す」
「随分と厳しいな」
「役に立てば自由度を上げる。立たなければ、このままだ」
「……わかった」
声には不満が滲んでいたが、交渉の余地がないことは理解しているようだ。
「一つだけ聞いていいか」
「何だ」
「飯は出るのか」
「……出る」
「なら、まあ、いいか」
お前、飯食う必要ないだろ。
条件受諾の基準が低すぎて心配になる。
「シルヴァさん、こいつにも飯を出してやってくれ」
「はーい。何がお好みかしら?」
「なんでもいいよ。五日間、水も飲んでない」
「あらあら、それは大変。すぐに用意しますわね」
シルヴァさんに縄を解かれたレイゼルは、ラセツに折られた方の足を引きずりながら食堂へ向かった。
レイゼルの背中を見送ってからコア部屋に戻ると、机の上に二つのコアが並んでいた。
俺のコアの青白い脈動と、レイゼルのコアの紫の明滅が、交互にちかちかと光っている。
捕虜か、居候か、従属者か。
呼び方はともかく、ダンジョンの中に同じ立場の人間が一人増えたことで、面倒も手札も同時に増えた。
「ぽんこ」
「はい?」
「レイゼルのダンジョンの状態、監視できるか」
「従属コアを保持している限り、ある程度のログは見れますよ」
そう言ってぽんこがUIを差し出してくる。
「もう探索者が入ってるみたいだな」
仕組みが動き始めれば、俺は二つのダンジョンからDPを得ることになる。
「……殺すより生かす方が得、か」
呟いて、自分でも少し笑った。
ダンジョンマスターの戦争は殺し合いだと思っていたし、今もそうだ。
最後の一人になるまで終わらない。
だが最後の一人になるまでの道筋は、殺すだけとは限らないようだ。




