第55話 二つのコア
木々の間からオトとレイゼル、二人の姿が見えた。
レイゼルの息が上がっている。
強化されていても、全力で走ればさすがに疲れる。
だが目は冷静だった。
レイゼルは、こちらを見上げた。
「お前……ユートか?」
声は軽い。
電話で話した時と同じ声だ。
だが余裕はない。
膝をついたまま、こちらを見ている目には、諦めと計算が半々で浮かんでいた。
質問には答えない。
だが既に確信しているようだ。
「コアを渡せ」
「渡したら殺されるだろ」
「渡さなくても取る。お前にはもう抵抗する力が残ってない」
レイゼルは数秒黙った。
視線がオトの方へ動いたが、オトの姿はもう見えなくなっている。
どこかにいるが、どこにいるのか分からない。
「……あの隠密、なんだよあれ。私のシャドウ達と同系統の気配だったぞ。あなたのところはゴブリン特化だっただろう。あんなゴブリンなんて聞いたことがない」
「質問できる立場か」
「ただの興味だよ」
こいつ、この状況で好奇心を優先するのか。
俺はレイゼルの前にしゃがみ込み、腕の中のコアに手を伸ばした。
レイゼルはわずかに身を引いたが、抵抗はしなかった。
黒い球体。
俺のコアとほぼ同じ大きさだが、表面の光の走り方が違う。
淡い紫の脈動が、不規則に明滅している。
手に取った瞬間、UIに通知が走った。
【他ダンジョンコア:保持】
ん?わざわざUIが出るってことは……
レイゼルの目が、コアからこちらの顔に移る。
「殺すのか」
「まだ決めてない」
「……『まだ』か。正直な奴だ」
元々は殺すつもりだった。
だが、他ダンジョンコア保持なんてUI、何かあるって言ってるようなもんだ。
マスターを生け捕りにする機会なんてそうそうあるもんじゃないだろう。
殺すのはいつでもできる。
何ができて、何が出来ないか、きちんと調べてから決めよう。
「お前のダンジョンに勇者がいる。知ってたか」
レイゼルの表情が一瞬だけ固まった。
固まってから、崩れるように笑う。
「知ってた。だから逃げたんだよ」
「逃げ方が周到だな。分身を囮にして、コアだけ持って裏口から」
「死にたくないからね。準備は常にしてる。……逃げ足だけは速いんだ」
自嘲の色が混じった声だった。
ラセツが金棒を肩に乗せたまま、レイゼルを見下ろす。
「こいつか。弱そうだな」
「弱いよ。戦ったら君には勝てない。だからこうやって逃げてた」
「逃げんのは嫌いだ」
「私は好きだよ。生きてるなら負けじゃない」
ラセツが鼻を鳴らした。
納得がいっていない顔だ。
レイゼルを拘束したまま、急いでダンジョンから離れる。
少し騒ぎすぎた、勇者がこちらにこないとも限らない。
ゴブリンの縄でレイゼルの手足を簡易的に縛り、担架に乗せる。
逃げる力は残っていないが、念のためだ。
オト隊が周囲に展開し、チュウタの分身が四方に散っている。
そこに、チュウタの声があがる。
『勇者、ダンジョンから出た』
全員が、息を呑む。
三秒。
五秒。
『街道の方、行った』
息を吐いた。
止めていたことに気づいていなかった。
隣でレイゼルも息を吐いていた。
「……行ったか」
「行ったな」
「バレたら終わりだった。あいつの前じゃ、私たちは全員おもちゃだよ」
大袈裟に言っているわけではないだろう。
あの勇者はレイゼルのダンジョンを単独で踏破した。
「お前、名前は知ってるか。あの勇者の」
「アルディオ。第三大陸担当勇者だ。……ちなみに、性格は知らない。会話する前に殺されかけた」
第三大陸担当。つまりこの大陸に常駐している勇者だ。
「チュウタ」
『なに?』
「ぽんこに伝えてくれ。アルディオという勇者の情報を、住人掲示板と探索者の会話から洗い出しておいてほしい」
『わかった』
立ち上がる。
右手にはレイゼルのコア。
左手には自分の腹に括りつけたコア。
二つの命を抱えている。
「帰るぞ」
「帰る、ね。私にとっては連行だけど」
レイゼルが小さく笑った。どこまでも軽い声だ。
「言い方の問題だ」
「言い方は大事だよ。外交の基本だ」
こいつ、捕虜になっても口が減らない。
「ラセツ、見張りを頼む。逃げようとしたら足を折っていい」
「おう」
「折らないでほしいな……」
レイゼルが軽口を叩く。
「折れ」
「はいよ」
ラセツがレイゼルの足に金棒を振り下ろす。
「がっ……!」
こいつ。
やはり危険だ、この状況でも余裕がある。
いや、余裕があるように『見せかけている』
口八丁手八丁で、のらりくらりと切り抜けて、虎視眈々と機会を伺っている。
こいつのペースに乗せられたら、いつか出し抜かれる。
「レイゼル、わきまえろ。利用価値があったら生かしてやる、だが立場を読み違えたら、利用価値なんて関係ない、殺す」
「……わかった」
だが、その目からは悔しさも、絶望も感じない。
こいつ、絶対諦めてないだろ。
隊列が組まれ、帰路につく。
背後に残したダンジョンは、そのままだ。
アルディオはマスターを殺し、その後どうしたのだろう。
コアはこちらにある。
俺はレイゼルのコアを見た。
コアは壊していない。
持っているだけだ。
この場合、ダンジョンはどうなる。
帰ってからぽんこに確認しよう。
聞くことが山ほどある。
山を下り、来た道を引き返す。




