第54話 追跡
「追うぞ」
言った時にはもう走り出していた。
ダンジョンの壁面に空いた小さな穴から飛び出した影は、斜面を転がるように下り、木々の隙間に消えていく。
全身が闇に溶けかけているが、その手だけは確かに何かを抱えている。
コアだ。
あれを持ったまま逃げ切られたら、レイゼルは生き延びる。
一時的に失っても、コアさえあればダンジョンは死なない。
奴を追って走り出す。
強化した脚が土を抉り、想像以上の速度で体が前に出る。
それでもレイゼルも速い。
木々の間を縫い、こちらとの距離を一定に保っている。
「ラセツ!」
「見えてる!」
ラセツが横から走り込む。
金棒を担いだまま、木の幹を片手で掴んで方向を変え、斜面を一直線に駆け下りた。
真正面から追えば追いつける速度だが、レイゼルは直線で逃げない。
木立の間を縫い、岩陰に入り、視界が切れるたびに進路を変える。
そして——消えた。
木の影に入った瞬間、黒い輪郭が周囲の闇と区別がつかなくなり、視線が滑るように捉えられなくなる。
周りを見渡すが、いない。
忽然と姿を消した。
『僕、見てた!いなくなった』
チュウタの念話が頭に響く。
肩に乗っている分身体が耳をぴくぴく動かしている。
「ダークミストと同じ偽装か」
『同じ。でも本人がやってる。たぶんスキル』
レイゼル本人がダークミストの偽装能力を持っている。
シャドウ系のダンジョンマスターだ、自分自身も闇系統に強化しているのだろう。
「……厄介だな」
UIを開く。マップ上にレイゼルのコア反応はない。
これも偽装されている。
よし……
「オト、見つけたら張り付け」
返事はなかった。だが足元の空気がわずかに動いた。
いる。
「ラセツ、何も考えずに一撃かま……」
言い終わるか終わらないか、ラセツの固有スキルが炸裂する。
振り下ろされた金棒。
ラセツから前方に向かって扇状に広がる衝撃。
轟音とともにめくれあがる地面、木々が倒れ、土砂が舞いあがる。
「……いた」
声だけが残って、気配が消えた。
走り出した音も、足が地面を蹴る感覚もない。
視界の端にも何も映らない。
オトが動いたことを証明するものは、さっきの二文字だけだ。
ラセツが立ち止まり、金棒を担ぎなおす。
「ああ、あぶり出したってことか」
「お前、本当に何も考えないで撃ったのか」
「考えんなって言ったじゃん。たまにはこういうのも楽しいな」
さて、オトはレイゼルを捕捉できただろうか。
ラセツの一撃の轟音が収まると、打って変わって静けさがやってくる。
数秒。十秒。三十秒。
追えない時間が積み上がるたびに、レイゼルとの距離が開いていく。
「チュウタ、オトの場所わかるか?」
『無理。オトもレイゼルも見失った』
ならば別のやり方で追う。
イモがダンジョンでやってた奴だ。
「チュウタ。物理で探せ。空気の動き、枝の揺れ、地面の足跡。物理は消えない」
『あ——そっか』
チュウタの分身たちが動きを変えた。
直接探すのをやめて、痕跡を追う。
『……南西。枝が揺れた。風じゃない』
「距離」
『二百くらい。速い』
南西。
レイゼルは街道のある方角を避けて、森の深い方へ向かっている。
人目を避けているのか、それとも——
「合流先があるのか」
考えている暇はない。
「ラセツ、南西に走れ。追い込むんじゃなくていい、プレッシャーをかけろ」
「あいよ」
ラセツが地面を蹴った。
木々の間を金棒が擦り、枝が折れる音が森に響く。
隠密とは程遠い。
だがそれでいい。
レイゼルに「追われている」と意識させることが目的だ。
ラセツに続いて俺も追いかける。
追われていると思えば、人は逃げ道を探す。
逃げ道が限られれば、そこにオトがいる。
『止まった』
チュウタの言葉と共に、木々の間からオトとレイゼル、二人の姿が見えた。




