第53話 白い外套
完封の翌日。
UIの地図を開いている。
三方面攻略で三つの点が消えた地図に、残っている点は少ない。
第三大陸の、俺のダンジョンの周辺。
手が届く範囲に残っている点は——一つだけだ。
北。
レイゼルのダンジョン。
「ぽんこ、レイゼルの状況を整理してくれ」
「はい。まず戦力ですが、昨日三百体以上のシャドウとダークミスト三十体を送り込んできました。全滅、逃走ゼロ。それなりに痛手のはずです」
三方面の同盟は潰した。
報復の全力攻撃も完封した。
レイゼルに残っているものは多くない。
「更に地図ですが、私たちのダンジョンも、レイゼルのダンジョンも、お互い以外にもう攻められるダンジョンがありません」
そう、俺もレイゼルも明らかに攻めすぎた。
第三大陸全体で見ればまだまだ残っているコアだが、俺らの周りには空白地帯が広がっている。
「次にレベルですが、レイゼルのダンジョンの周りで消えたダンジョンの数から考えて、推定5。こちらが上です」
ならば、もうやるしかない。
「待つ理由がない。潰す」
ぽんこが少し間を置いた。
「今回はマスターも行きますか?」
「行く。現地で判断することが増えた」
前回の三方面攻略では、俺はダンジョンに残って報告を待つだけだった。
それでうまくいった。
だが今回は敵の強さが違う。
それに、レイゼルと直接話したのは俺だけだ。
あいつがどう出るか、現場で見ないと分からないことがある。
「編成はどうします?」
「ラセツ隊とオト隊。イモも連れていく。アニ隊はダンジョンに残って防衛だ」
「アニさんを残すんですか?」
「レイゼルを攻めている間に、うちが手薄になる。シルヴァさんの森があるとはいえ、指揮官がいないのは不安だ。アニにはダンジョンを任せる」
「あー……マスター、私残ります」
イモが手を挙げた。
「前回ので分かったんですけど、私は前線だと普通に死にます。物量で来られたら逃げることもできないので」
冷静な自己分析だった。
イモの知覚と分析は規格外だが、体はゴブリンのまま——小さくて、脆い。
前回の遠征ではほとんど戦闘にならなかったから問題ないが、今回は違う。
「……分かった。アニと一緒にこっちで待機しろ。何かあったらチュウタ経由で報告してくれ」
「はーい」
アニからは一言だけ帰ってきた。
「任された」
ラセツは「やっと俺の出番か」と金棒を担ぎ直す。
オトは無言で頷いた。
「出発は明日。レイゼルのダンジョンまで北に五日だ」
五日後。
レイゼルのダンジョンが見えてきた。
入口は洞窟だった。
シャドウのダンジョンらしく、周囲の空気が暗い。
日中なのに影が濃い。だが異変はそれだけじゃなかった。
入口付近にモンスターの残骸が転がっている。
シャドウの残骸だ。
ダンジョンの外に、内部のモンスターの残骸が溢れ出している。
中で戦闘があって、余波が外まで来たのか。
「……先客がいるな」
耳を澄ますと、洞窟の奥から微かに音が聞こえる。
金属がぶつかる音。
何かが崩れる音。
「チュウタ、中を偵察できるか」
『入口の近くまでは見えるよ。奥は暗すぎて無理。でも入口付近のシャドウが全部やられてる。一方的にやられてる感じ』
「オト、チュウタの分体と先行して偵察してくれ」
「……分かった」
オトが消えた。
俺たちも入口から侵入する。
中は暗い。
通路を進むと、先客の痕跡が続いている。
シャドウの残骸が点々と転がっていた。
斬られている。一撃で。
切り口が鋭く、抵抗した形跡がほとんどない。
通路の奥、暗がりの先に何かが見えた。
白いものが動いている。
この暗闇の中で、そこだけ切り取られたように白い。
マントだ。
白いマント。
その背中に、大きな金色の紋章が縫い込まれていた。
五つの輪がわずかな隙間を空けて円を描き、中央に点が一つ。
——以前、ぽんこに聞いたことがある。
「勇者ですか?彼らは教会所属の対ダンジョン用戦闘員です。」
「教会が育成、認定、派遣する精鋭で、一般の探索者とは完全に別枠の存在です。任務はダンジョンの無力化——つまり、マスターを殺しにきます!」
「マスターの世界では勇者は一人が定番だったようですが、この世界では勇者はいっぱいいます。人数制限なしです。数人かもしれないですし、数億人かもしれません!」
「見た目ですか?武器も戦い方も個人でバラバラです。ただし!白い外套と教会の紋章だけは全員共通。紋章が見えたら、そいつは勇者だと思ってください!」
——ぽんこはそう言っていた。
目の前のそいつは、通路の中央でシャドウを斬っていた。
細身の剣。
踏み込みに足音がほとんどない。
剣を振る。
シャドウが一体倒れる。
斬った後、必ず半歩止まる。
次のシャドウが飛びかかる。
同じ動作で斬る。
また半歩。
感情がない。
怒りも恐怖も高揚もない。
作業として殺している。
一般の探索者とは動きの質が違う。
ぽんこの言った通りだった。別格だ。
「——撤退!全員戻れ」
即断した。
勇者と同じダンジョンの中にいること自体がリスクだ。
あいつの目的はこのダンジョン。
俺たちの存在に気づいたら、ついでに排除される可能性がある。
今の戦力で勇者と戦う選択肢はない。
「ラセツ、走れ。入口まで戻る」
「逃げんのかよ」
「逃げるんだよ。相手が違う」
ラセツは不満そうだったが、金棒を担いだまま走り始めた。
オトはいつの間にか俺の隣にいた。
全員で入口まで駆け戻る。
ダンジョンの外に出た。
日差しが眩しい。
振り返ると、洞窟の入口からはまだ戦闘の音が聞こえている。
「……外で待つ」
「待つ?」
「勇者は脅威だ。だからこそ、ここで見極めておきたい。危なそうならすぐに逃げる」
ラセツ隊をダンジョン入口の周囲に展開させ、俺たちは少し離れた丘の上に陣取った。
ダンジョンの入口が一望できる位置だ。
「チュウタ。悪いが、分体を犠牲にする。いくらやられてもいい、勇者とレイゼルの情報を集めろ」
『わかった』
待った。
戦闘は続いていた。
『相手にならない』
勇者がダンジョンの深部に向かっている。
レイゼルを追い詰めているのだろう。
一時間。二時間。
『レイゼルまでたどり着いた』
次の瞬間
『あ、レイゼルやられた』
静寂が戻った。
その時、ダンジョンの入口ではない場所から、何かが飛び出してきた。
非常口か、換気口か。
ダンジョンの壁面に小さな穴が開いていて、そこから影のような何かが転がり出てきた。
小さい。
人間サイズだが、薄い。
全身が黒く、周囲の闇に溶けかけている。
その手に、黒い塊が抱えられていた。
「チュウタ、あれが見えるか」
『見える。あれ……コア。ダンジョンのコアを持ってる』
コアを持って逃げている。
ダンジョンの中で勇者に追い詰められて、コアだけ抱えて裏口から逃げ出した。
『あれもレイゼル』
「なんだと?」
『レイゼル二人いた、一人やられた、一人逃げた。逃げた方、あれ!』
「追うぞ」




