第52話 逃走ゼロ
十階層に踏み込んだ六十体のシャドウ達。
シルヴァさんの声と共に森が動く。
地面から根が伸び、先頭のシャドウを絡め取る。
絡めとられたシャドウは木々に飲み込まれ、みるみるうちに姿を消す。
木の枝が鞭のようにしなり、横に広がろうとしたシャドウを叩き落とす。
樹冠から蔦が垂れ下がり、ダークミストの体に巻きつく。
シャドウが暴れる。
ダークミストは闇を纏い、視界を奪おうとする。
UIの表示が乱れ、ノイズで何も見えなくなる。
だが森の中でそれは意味がない。
シルヴァさんは目で見ているのではない。
森そのものが感覚器官だ。
根が振動を拾い、枝が空気の流れを読み、地面が足跡を感じている。
六十体のシャドウ達が森の中で暴れているが、暴れれば暴れるほど森に捉えられていく。
蔦が巻きつき、根が足を引き、枝が叩く。
「うん、説明通りだな」
「『踏み入れたならば、彼女の中にいる。』ですね!……なんかエロいですね、これ」
ダークミストが四体まとめて森の深部に突進した。
力ずくで突破するつもりだ。
だがシルヴァさんは慌てない。
木々が集まり壁になる。
ダンジョン壁で封鎖することは出来ないようになっているが、シルヴァさんの能力で封鎖する分には自由だ。
ダークミスト達は壁を破壊し、すり抜けようとするがそれより早く木々がダークミストをすりつぶす。
森が静かになった。
「……終わりましたわ」
UIで確認する。侵入反応は消えている。
だが……
「ぽんこ、一体残っている」
「……あ、本当だ。十階層の端、表示はないですが暗闇がありますね」
「あら」
「……!反応がなくなりました!ダークミストです。偽装しながら離脱してます」
前回と同じだ。
全体が壊滅しても、ダークミストが一体だけ情報を持って逃げる。
存在反応を偽装されるとUIでは追えない。
「シルヴァさん、位置は」
「……います。あ、ダメ、上の階層に抜けました」
「チュウタは」
『ごめん、見失った』
逃げられる。
また情報を持ち帰られる。
十階層の森の構造、シルヴァさんの戦い方、全部——
「これかな?あ、こっちか。おっけー把握」
イモが声をあげた。
その声は相変わらずのんびりしている。
だがその手にはUIとは別の画面が浮かんでいた。
数字の羅列がずらっと並ぶ、見たことのない表示だ。
「イモ……なんだそれ」
「あれ、マスター知りませんでした?UIの裏側にこういう画面があるんです。コードF12で出てきます。便利ですよ?」
「開発者ツールかよ。そんなもんあるのか」
イモが見ている画面には、数値がリアルタイムで流れている。
俺が見ても何が何やらわからない。
「ダークミストの偽装って視覚を暗闇で乱すのと、エーテル反応を消す仕組みですよね。UIは視覚とエーテルで感知してるから見えなくなる。でもこれ、物理データは消えてないんですよ」
イモが数字の羅列を指でなぞる。
「ここ、空気圧が微妙に動いてるでしょう。何かが移動してる。あとこの壁面振動、何かが壁に触れてます。九階層と十階層の境目あたり、壁際を這ってますね」
ぽんこがUIを見直す。
イモが指した場所には、何の反応もない。
「へーこんなのあるんですね。知らなかったです」
「ぽんこ、なんでお前が知らないんだ」
「私直感タイプなんですよね、ENFPなんで!」
「おい。その性格診断、この世界にはないだろう」
診断自体はやったことあるが、一つ一つの質問なんて覚えていない。
そもそも自分のMBTI自体忘れている。
「ちなみにマスターはINTJでしたよ」
覚えてない記憶も把握されてるってことだ。
「イモちゃん、このF12って、いつから使えたんですか」
「んー、いつからだろう。いじってたら出てきました」
いじってたら出てきた。
この子はUIの裏側を勝手に探索して、誰も知らない機能を見つけていたのか。
「オト兄ちゃん」
「……聞いてる」
「九階層の東通路、UIにリアルタイムで位置をプロットするからUI持ってって」
オトが消えた。
比喩ではない。さっきまでそこにいたはずの場所に、何もいなくなった。
数秒の沈黙。
UIの反応は何も変わらない。
偽装圏内は相変わらず見えない。
だがイモが数字の画面を眺めながら、小さく頷いた。
「終わりました」
「……分かるのか」
「空気圧の変動が止まりました。もう動いてるものがいないです」
九階層の東通路に、シャドウの反応はない。
代わりに、オトの反応が一つだけぽつんと表示されていた。
「全機撃破です。侵入数三百十二、うちダークミスト三十体。全滅。逃走ゼロ」
「逃走ゼロか」
「前回は一体逃がしましたからね。今回は完封です」
完封。
三百体を超えるシャドウを、一体も帰さずに全滅させた。
ダンジョンの洞窟、アニの指揮、シルヴァさんの森、イモの知覚、オトの隠密。
全部が噛み合った結果だ。
「こちらの損耗は」
「ゴブリンの戦闘不能が約三百。死亡はゼロです。あとシルヴァさんの森が少し荒れてますけど——」
「髪の毛が少し焦げましたわ」
「——だそうです」
レイゼルの全力攻撃を、完封で返した。
「マスター、それよりちょっと気になることが」
「なんだ」
「探索者ギルドの動きです。三百体のシャドウが地上を移動した痕跡、さすがに目立ちます。うちのダンジョンの周辺で異常なモンスター活動があったって報告が上がりそうです」
「Eランク、維持できるか」
「ダンジョンの中を見られなければ。でも調査が入ったら——」
「十階層の森を見られたらアウト、か」
「はい」
シャドウは完封した。だがその戦いの痕跡が、別の問題を連れてくる。
「……厄介だな」
「厄介ですね」




