第50話 強制服従プロコトル
「シルヴァさんが強くなったというより、シルヴァさんの庭が強くなった感じですね」
「庭がっていうか、説明通りならそれがシルヴァさん自身なんだろ」
十階層の森が一段、格が上がったのがわかる。
ここに踏み込んだ探索者は、森そのものと戦うことになる。
「またシルヴァさんに貢いでしまいましたね」
「投資だ」
【残DP:402,041】
まだあるな……
「……せっかくだ、毒皿と行くか。シルヴァさんに更に20万貢ごう」
「マスター……自分で貢ぐって言っちゃってます」
おっと危ない危ない。
そうしてシルヴァさんの森を20万DP分広くする。
180万平米、東京ドーム38個分だ。
「マスター?さっき森はコスパが悪いからってご自分で——」
「うるさい黙れ」
【残DP:202,041】
残り20万ちょい。
「自己強化に使いますか?」
「そうだな。アニにももう少し強くなれと言われてるし」
20万は自己強化に消えていく。
相変わらず生き残り特化の強化方針だ。
しかし、これで前回の強化と合わせて30万DP分。
オーガくらいなら倒せそうだ。
「マスターはDPを使い切らないと死ぬ病気なんですか?」
「残して死ぬのが一番ダメだろ。ラストエリクサー症候群はゲームの中だけで十分だ」
140万DPが一日で消えた。
だが使い道は全て防衛だ。
九階層の洞窟で探索者の時間と体力を削り、十階層のエンプレスの森で仕留める。
Eランクの看板を維持したまま、中身だけが別物になった。
「あとは全員が戻るのを待つだけですね」
「ああ」
十日後。
最初に戻ってきたのはラセツ隊だった。
少数精鋭で足が速い。
ラセツを先頭に、護衛のゴブリン百体が整然とダンジョンに入ってくる。
一体も欠けていない。
「帰ったぜ」
「お疲れ。怪我の具合は」
「治った」
ラセツは傷だらけだったはずだが、十日の帰路で全部治したらしい。
鬼の回復力は人間の常識が通じない。
次に戻ったのはオト隊だった。
ラセツ隊の半日後に、気配もなくダンジョンに入ってきていた。
チュウタの報告で到着を知ったくらいだ。
『オト隊、帰還してるよ。』
オトとイモがコア部屋に来たのは、さらにその一時間後だった。
イモが新しい洞窟階層に気を取られて寄り道していたらしい。
「ただいまですー。あ、ダンジョン増えてますね。六階層から九階層、モンスターの配置がまだ甘いですけど、通路の設計は悪くないですよ」
帰ってきて最初の感想がダンジョンの批評だった。
こいつらしい。
「お疲れ。報告は後でいい、先に休め」
「あー、別に疲れてないですけど。オト兄ちゃんが全部やってくれたので」
オトは何も言わずにイモの後ろに立っていた。
存在感が薄すぎて、言われないと気づかない。
「……オト、お疲れ」
「……ん」
返事が聞こえたような気もするが、確信が持てない。
いつものことだ。
最後にアニ隊が戻ってきた。
出発時に比べて、列が短くなっている。
アニが先頭で入ってきた。
青年サイズの体躯に傷はない。
だがその後ろに続くゴブリンたちの中には、包帯を巻いた個体や、仲間に支えられて歩いている個体が混じっていた。
「アニ、損耗は」
「死亡1000、重傷400」
報告するアニの声には、感情は見えない。
死んだ奴は、ダンジョンに還った。
ゴブリンにとって、戦って死ぬことは敗北ではない。
そういう種族だ。
減ったゴブリンも自動で再生成されていくし、繁殖でも増える。
コスト的には何も痛くない。
分かっていても、短くなった列を見ると何かが引っかかる。
「ご苦労だった」
「問題ない。だが次あたり基本をホブゴブリンに変えた方がいいな」
「……全員、よくやった」
アニが頷いた。
ラセツが鼻を鳴らした。
オトは何も言わなかった。
イモは「えへへ」と笑った。
三方面の遠征隊が、全員ダンジョンに戻った。
その瞬間だった。
UIに通知が表示された。
【管理権限Lv6追加項目:解放】
「——来ました!保留中だった追加項目が解放されました!」
「十日間ずっと保留だったのに、今このタイミングで?」
「はい。全幹部がダンジョン内に揃った瞬間にトリガーが引かれたみたいです」
ぽんこがUIを開いて、追加項目の内容を読み上げる。
【幹部命令:強制服従プロトコル自動解除】
「……なんだこれ」
「強制服従プロトコル、ですね。モンスターはマスターの命令を拒否できない、という仕組みです。それが解除されました」
「それが外れた。……で、俺になんの得がある?」
「特にないですね」
「なんでこんな特典入れたんだ」
「世界に聞いてください」
「なんだそれ。外れ枠か?」
「外れ枠です!」
ぽんこが元気よく断言した。清々しいほどの外れ枠宣言だ。
そんな、期待外れで弛緩した空気を切り裂くように、ラセツの冷たい声が響いた。
「なるほど、今なら主をぶっ殺せるってことだな」
その言葉に、一瞬で背筋が凍りつく。
こいつらを縛る鎖はもう何もない。
確かにそういうことだ。
しかし……
「……はっ!ビビってんじゃねぇよ」
「やめろ、お前が言うと洒落にならん」
「あらあら、仲良しね」
ラセツとアニとシルヴァさんが口々に言う。
弛緩した空気が戻ってくる。
まぁこいつらなら大丈夫だろう。
「なるほどなるほど……面白い仕組みですねぇ」
イモだけがUIを覗き込んで何か考え込んでいる。何が面白いのかは聞かないでおく。
全員が脱力した空気になりかけたところで、UIにもう一つ通知が来た。
【条件達成:管理権限レベル6到達者10/10】
【適用:強制服従プロトコル全体解除】
「……全体解除?」
「Lv6到達者が10人に達したので、全マスターの強制服従が一斉に解除されます。マスターが10人目だったみたいですね」
全マスター。
俺だけじゃない。
全員の強制服従が外れる。
俺のところは何も変わらない。
だが命令だけでモンスターを動かしていたマスターは——
UIの端に、数値が表示された。
【残存管理者数:243】
見ている間に、243が242になった。
間を置かず、241。
空気が変わった。
「……減ってる」
「命令に従うしかなかったモンスターが、従わなくていいと分かった。……まあ、こうなりますよね」
239。
237。
「気分わりぃ。殺されるようなマスターも気に食わねぇが、主を殺すモンスターもクソだ」
234。
数字は落ち続けている。
232。
228。
誰も何も言わなくなった。
数字が一つ減るたびに、どこかで一人消えている。
それだけが分かる。
「……ぽんこ」
「はい」
「第三大陸は」
「……四十三です。五人減りました」
さっきまで四十八人いた第三大陸が、もう四十三になっている。
225。
UIの数字だけが、外の世界で何かが起きていることを伝えている。
お茶が冷めていた。




