第37話 破壊
後ろの通路から、足音が聞こえてきた。
現れたのは先ほど倒したはずのモンスター達。
数も強さも、今までと変わらない。
『……ほんと、しつこいな』
アニが舌打ちして前に出る。
ラセツも自然に並び、押し返す準備に入った。
殲滅はできる。
だが、終わらない。
『完全に向こうのペースだな』
アニがそう言って、壁の方を一瞥する。
例の、入れない空間。
『時間稼ぎ。嫌らしいやり方だ』
「だな」
ラセツが低く笑った。
「だりぃやり方だ。正面からやり合う気はねぇってわけだ」
二人の声には、どこか楽しそうな響きが混じっている。
戦争の匂いを嗅ぎつけた、前線の空気だ。
――まあ、そうなるよな。
俺はその様子を横目で見ながら、例の壁を眺めていた。
どう見ても、中に空間がある。
どの階でも同じ位置。
近づくと、必ず行き止まりになる。
「……壁が邪魔なだけなんだよな」
口に出す前から、答えは半分決まっていた。
アニとラセツが作戦だの持久戦だの言い始めた。
それを遮るように、俺はラセツの方を向いて、軽く声をかける。
「ラセツ」
「ん?」
「これ、壊せない?」
俺の目線の先には、例の壁。
一瞬、間が空いた。
アニが振り返る。
『……は?』
ラセツも一度、壁を見てから、俺を見る。
「壊す?壁を?」
「うん」
言ってから、俺自身が一番軽いな、と思った。
ラセツは顎に手をやって、少し考える。
「……まあ」
壁を見る。
距離を測るように、視線を上下させる。
「よく考えりゃ、壊せそうな気はするな」
アニが眉をひそめる。
『おい、それ本気か?』
「いや、分かんねぇぞ?」
ラセツは肩をすくめた。
「やってみなきゃ分かんねぇ。ダンジョンの壁だしな」
『……無茶だろ』
アニはそう言いながらも、否定しきれていない。
俺は、そのやり取りを聞きながら、内心で一つ確認する。
ラセツの一撃に頼らなくても、持久戦は選べる。
仮に壊れなくても、致命的な状況にはならない。
「まあ、失敗してもいいよ」
俺が言うと、二人が同時にこちらを見る。
「別に、これが唯一の勝ち筋じゃないし。壊れたらラッキー。壊れなくても、今まで通り」
アニが俺をじっと見てから、ため息を吐いた。
『……マスター、軽すぎないか?』
「現地に来た特権ってやつだ」
報告越しだったら、さすがにこんな判断はしない。
でも、今は目の前に壁がある。
「やるなら、俺が止めないってだけ。だから判断はアニ、お前がしろ」
『ラセツの一撃がなくても持久戦には問題ない。問題はラセツの一撃でないと対処できない幹部が出てきた時だけ。それについては?』
「ここのダンジョンマスターはこのスキル見ても戦略特化だとは思うが。これに加えてそんな幹部がいる相手なら、そもそも相手するべきじゃないな」
アニが苦虫を噛み潰したような顔になる。
『……撤退、か。』
そう、撤退も選択肢にはある。
アニ達は攻めることしか考えていなかったが、そろそろ引くことも覚えてもらいたい。
アニはしばらく黙り込み、壁と部下の消耗を見比べてから、短く息を吐いた。
『……わかった。ラセツに一撃を切らせる。壊れなければ、その時点で撤退を具申する』
攻めたい本音を飲み込み、引く選択肢を自分の判断として口にした、その顔はもう前線指揮官のものだった。
ラセツが、ニヤッと笑った。
「安心しろ、アニの旦那」
そう言って、一歩前に出る。
空気が変わった。
抑えられていた圧が、わずかに漏れる。
床が、きしむ。
「鬼に壊せないものはねぇ」
短く言い切って、金棒を握る。
「加減はできねぇぞ」
「どうぞ」
次の瞬間。
鈍い衝撃音が響いた。
爆発じゃない。
純粋な力が、壁に叩き込まれた音だ。
石がひしゃげ、罅が走り、
遅れて壁が崩れ落ちる。
崩れた壁の向こうは、すぐには見えなかった。
土煙が溜まり、音が一瞬、消える。
誰も動かない。
敵の足音も、反応もない。
「……壁は崩れたが」
ラセツが低く呟く。
『気を抜くな』
アニも、構えを解かないまま言った。
そして、
『……あ』
アニが声を漏らす。
「当たりか」
ラセツが、楽しそうに言った。
皆が壁の中に出現した通路を見る中、オト隊だけは既に動いていた。
オト隊が崩れた壁の内側に入り、即座に左右を確認する。
罠反応なし。
敵反応なし。
『……問題なし』
低い声が返る。
『行ける』
「アニ」
俺は即座に声を出す。
「行け」
『了解!』
アニ隊が一斉に動いた。
迷いはない。
通路の先は狭く、すぐに広がる、そして中央に鎮座する、黒い球。
誰も立ち止まらなかった。
確認も、逡巡もない。
ここまで来た時点で、勝負はもう終わっている。
『コア確認!』
『防衛、薄い!』
敵の反応が、明らかに遅れている。
想定外だったのだろう。
『破壊!』
数秒もかからなかった。
光が弾け、空気が震え、次の瞬間。
すべてが終わる。
ダンジョンマスターはコアを破壊された瞬間、元からこの世に存在しなかったようにかき消える。
ああ、俺もこれが破壊されたらああいう風に消えるのか。
そう、妙に冷めた頭で考えていた。
静かになった。
さっきまで戦場だった通路が、嘘みたいに静まり返る。
足音が消え、血の匂いが薄れる。
代わりに、湿った石の匂いが戻ってきた。
まるでダンジョンが、息をするのをやめたようだった。
「……見に来て正解だったな」
その一言は、自分に向けた確認だった。




