第29話 悪鬼
宴は、騒がしかった。
通路いっぱいに並んだゴブリン達が、好き勝手になにかを叩いて鳴らしている。
鍋もどきの鉄皿、石、骨。
とにかく音が鳴るもの全部だ。
酒はない。
あるのは、熱と汗と、土の匂い。
『勝ったぞ!』
『還ったぞ!』
『戦果だ!戦果!』
死んで還った連中はここにはいない。
だが、その不在ですら、祝いの形に組み込まれている。
生き残った二百が叫び、空の席が誇りとして残る。
ぽんこはゴブリンに混じって皿を叩きながら言う。
「宴です!宴ですよマスター!やっぱりやるべきでした!」
「お前が言い出したんだろ」
「そうです!先見の明です!」
チュウタは机の上で丸くなって、時々だけ『わぁ』と気の抜けた声を出す。
群体の損耗があったせいか、今日は少し大人しい。
俺は宴を横目に、通知ログを見ていた。
【DP獲得:+200,000】
この二十万。
今ここで、何に変えるか。
騒ぎの中で、俺は現実を考える。
守りは、形になった。
罠と森とシルヴァさん。
これは堅い守りだ。
でも、戦争は守るだけじゃ終わらない。
今回勝ったのは、奇策が刺さったからだ。
次も同じとは限らない。
戦況は進み、情報は増える。
次は成功しない確率の方が高い。
「……結局、戦争を勝ち抜くには攻めの戦力が要るな」
ぽんこが、ぱちっと切り替えた目で頷く。
「はい。幹部級の戦闘戦力は必須です」
宴の喧騒が遠くなる、頭の中でロジックを組み立てていく。
「今は攻める局面だ。守りはシルヴァさんがいる。なら、次は攻めの要が欲しい」
「マスター、珍しくまともです」
「褒めるな。お前に褒められると自信がなくなる」
俺はDP表示をもう一度見た。
「ぽんこ。攻め特化で、コスパがいいやつ。いないか。……シルヴァさんみたいな特化型」
ぽんこが、にやりとした。
「好きですねぇ、マスター……そんなマスターにおすすめな、ロマン兵器がいますよ」
「嫌な予感がする」
「いい予感です!」
ぽんこがメニューを開き、いくつかのモンスター候補が流れる。
だが、ぽんこは迷わず一つを選んだ。
選んだ瞬間、表示が赤くなる。
【生成:悪鬼】
【必要DP:200,000】
悪鬼、名前もすごいが、DPもすごい。
「……全額?」
「全額です!」
即答だった。
「ちょっと待て。二十万を一体に全部――」
「今、攻めるなら一点突破が一番コスパがいいです。中途半端に分けると、全部が中途半端になります」
理屈は分かる、分かるのが腹立つ。
俺は宴を見た。
1800のゴブリンを犠牲に勝利を勝ち取った。
ならばこの20万、ゴブリンに委ねるか。
「おい、お前ら。お前らが取ってきたこの20万、悪鬼の生成に全部使っていいか?」
一瞬の沈黙。その直後、歓声が上がる。
『いけいけー!マスター!』
『悪鬼たぁ鬼種か!』
『弱かったら殴るぞー!』
『いや、強い方が殴りがいがある!』
『とにかく殴る!』
『俺らの戦果を全部突っ込むとは、さすがマスター!剛毅だぜ!』
ゴブリンたちは大盛況だ。
「……やるか」
「やりましょう!」
ぽんこが嬉しそうに、お団子を回す。
【生成:悪鬼】
その瞬間、宴の音が一瞬だけ遠のき、空気が変わった。
陣が、床に浮かぶ。
赤い光、熱。
森の湿り気とは違う、乾いた熱が立ち上る。
そこから、影が押し出されるように現れた。
薄紅色の肌。
上半身は裸。
線の細い身体にしっかりとついた筋肉、しかし無駄がない。
腕には古い傷の跡がいくつも走っている。
手には細かく鋭いトゲを持つ細めの金棒――というかあれ釘バットだな。
目が開く。
端正な顔立ち、しかし目つきが悪い。
悪すぎる。
「……チッ」
第一声が、それだった。
ぽんこが、平然と言う。
「生成成功です。悪鬼、です」
悪鬼は周囲を見回し、宴の喧騒に眉をひそめた。
ゴブリン達が歓声を上げる。
新しい強者の匂いを嗅ぎつけたみたいに、前に寄ろうとする。
「寄るな。潰すぞ」
だが、ゴブリン達は引かない。むしろ盛り上がる。
『潰せ!潰せ!』
『いいぞ!強いぞ!』
『殴られたら還れる!』
こいつらも大概だ。
悪鬼が舌打ちする。
その視線が、俺に向かう。
「……お前が主か」
言葉が荒い、礼儀があるのか無いのか微妙な線。
ちょっと怖いが、目は逸らさない。
「そうだ」
俺が答えると、悪鬼は一歩だけ近づく。
「名を寄越せ」
ぽんこが横で「ほらほら」と催促するように頷いた。
俺は悪鬼を見上げた。
その目は、冷めているようにも、燃えているようにも見える。
「ラセツ。お前は、ラセツだ」
「……ラセツ」
「悪鬼ラセツ、安直ですが及第点です!」
噛むように繰り返し、悪鬼――ラセツが笑う。
笑い方が、どうにも凶悪だ。
「いい。悪くねぇ」
「気に入ったなら働け」
「言われなくても敵がいれば殴る」
「お前も殴りたがりかよ」
ぽんこが、淡々と続ける。
「では能力説明を――」
ラセツが、被せる。
「先に言っとく」
低く、はっきり。
「俺はこのダンジョンの中じゃ本気を出さねぇ」
ざわめきが一瞬、静かになる。
「昔な。俺ら鬼は、主の領域の中で暴れて、守るもんを全部ぶっ壊した……だから決めた。中じゃ抑える。全力は外で出す。それが鬼の掟だ」
釘バット、もとい金棒を肩に乗せ直す。
「説明しますね。鬼種は自領域では出力制限が掛かります。およそ半分。仕様です」
「仕様じゃねぇ。信念だ」
「またの名を調整です。鬼種は非常に強力な能力を持ちますので管理AIによってナーフされました。」
「てめぇ、喧嘩売ってんなら買うぞ?コラ」
「鬼種は自領域で溜めたエネルギーを敵領域で一撃に込めて解放します。」
「溜めるのはエネルギーじゃねぇ、覚悟だ」
「打てるのは一発だけか?」
「『だけ』じゃねぇ。『一発で終わらせる』んだ」
「はは、確かにこりゃロマン兵器だな、気に入った」
ラセツが俺を見る。
「守りには使うな」
「分かってる」
「守りは守りの連中の仕事だ。俺が出るのは筋が違う」
言い切りだった。
「攻め専用だな」
「ああ。攻める時だけ呼べ」
「分かった。運用は単純だ。守りはシルヴァさん。攻めはラセツ。役割を混ぜない」
ラセツが、少しだけ顎をしゃくる。納得の仕草らしい。
「で、ラセツ。お前の一撃はいつ切る?」
「主が決めろ。俺は殴るだけだ」
「えらく素直だな」
「主に逆うようなダセぇことはしねぇ」
言い方は荒い。
だが、主従はわきまえているようだ。
俺はDP表示を見た、そこに二十万はもうない。
だが、外へ出る刃が増えた。
ぽんこが、地図UIを開く。
点がいくつも灯り、次の標的が黙って待っている。
「次の遠征、いつにします?」
宴の喧騒がまた耳に戻る。
ゴブリン達が叫び、叩き、笑っている。
いつのまにかラセツが混じって殴りあいになっている。
あ、一体ぶっ飛ばされた。
あいつらは、遠征なんて何でもないという顔をしていた。
俺は椅子の背を叩いて、立ち上がる。
「よし。今は早ければ早いほどいい。二日後には出発にする」
ぽんこが、ぱっと笑う。
「はい!第二ラウンドですね!」
ラセツが遠くから、笑った。
「外、行くんだろ!早くしようぜ!」
宴の音が一段大きくなる。
世界は点で見えるようになった。
なら、次はその点を潰して回るとしよう。




