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第30話 威致解鬼

【side:アニ】


遠征五日目。


侵攻したダンジョンの半ばで、アニは一度だけ周囲を見回した。


ここまでは順調だった。

入り口は前回同様、無警戒。

罠も人間を想定しているであろう、簡単なもの。

まばらにモンスターも出てきたが特に問題なく対処できた。


とはいえ、前回ほど簡単にいくとも思えなかった。

動きに焦りを感じない。

戦争を知っているか、即座に対応する器があるか。

前回の相手より、確実に強敵だ。


『……来るな』


そう思った瞬間、通路の奥が揺れた。

出てきたのは一体ではない。

オーガが三。

前回ダンジョンの要であった、オーガ。

それが三体。


さらにその背後、鎧を纏った個体。

見た目はオーガのようだが、多分上位種だろう。

本気で潰しに来た、おそらくこのダンジョンの最高戦力。


前線が一瞬、ざわつく。

数で押すだけでは絶対に勝てない相手。


アニは自然に一歩、前へ出かけ――

そこで、止まった。


もう、前に立っている奴がいたからだ。

上半身裸の、赤い背中。

金棒を肩に引っかけ、だらしなく立っている。


ラセツだ。


『……あ?』


いつの間に出た。

命令は出していない。

合図もない。

だが、ラセツは当然のようにそこにいた。


オーガが吠える。

アニ隊が、陣形を組もうとする。


その前に、ラセツが一歩踏み出した。


踏み込みは速くない。

むしろ、雑だ。


だが、最初の一撃で先頭のオーガが吹き飛んだ。

衝撃が通路を震わせ、後続が一瞬、足を止める。


ラセツは止まらない。

二体目。

横薙ぎ。

防御姿勢に入る前に、折れ曲がり吹き飛ぶ。


三体目が吠え、武器を振り上げ、振り下ろす前に地面に叩きつけられる。


戦っていない。


アニは、そう理解した。

これは戦闘じゃない。

処理だ。


ゴブリンから歓声が上がるが、すぐに黙る。


鎧をまとった一回り大きなオーガが動いたからだ。


アニの足が、反射で動きかける。

止めなきゃいけない。

俺が前に立つべきだ。


――だが。

その瞬間、アニは理解した。

ここは俺の場所じゃない。


アニは一歩、下がった。

前に出る代わりに、声を張る。


『ラセツ!例のやつ、いけるか?』

「おう」


ラセツが金棒を構える。


『チュウタ、マスターに解放許可を!』

『わかった』


一瞬の後。


『許可でた』


「よし!」


ラセツは笑顔で答え、

次の瞬間、金棒を振り下ろす。


【悪鬼固有スキル:蓄積解放「威致解鬼(いちげき)」】


その瞬間、世界が揺れた。

衝撃が通路を裂き、岩盤ごと消え落ちる。


オーガ上位種と見られるモンスターは、はじめから存在しなかったみたいにいなくなっていた。


つまり、道が開いた。


その隙間を、オト隊が影のように進む。

その後を何でもないように、ラセツが追う。


アニは、その背中を見て思った。

こいつはただの兵隊じゃない。


兵器だ。


前回あれだけ苦戦した、オーガ。

更にそれより格上と見られる上位種。

それが、まるで相手にならなかった。


奴はこれまでの常識を覆す、新しいステージのモンスターだ。


やがて、奥で何かが終わった気配がし、空気が変わる。


勝った。


アニは、静かに息を吐く。


『……次も、こうなるな』


誰に言うでもなく、アニは呟いた。


前に立つだけが、俺の役目じゃない。

ラセツとは役割が違う。

あいつには敵わない。


それが、悔しくないと言ったら嘘になる。


アニは、拳を握った。

それでも、俺は俺の役割を全うする。

ゴブリンの誇りにかけて。


通路の奥で、ラセツが笑った。


「外、楽しいな」


短く、乱暴に。


その声を聞いて、アニの口元がわずかに緩む

悪い奴ではない。


そして。

この戦争は――

思ったより、早く終わるかもしれない。


報告が終わったチュウタから帰還命令が下る。


『全員帰還。勝ちすぎだからしばらく休みだって』


アニはそれを聞いて、少しだけ笑った。

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