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第2話 死んでみよう

足音が聞こえてくる。

靴が岩を踏む音。


「狭いな、新しい」


人間だ。


「逃げてください」


ぽんこが俺の袖を引いた。


「逃げるって言ってもこの狭さだ。ごまかすしかない」


言葉はわかる、なんとかごまかして、追い返すしかない。

もしくは、逃げる隙をつくれればそれでもいい。

とにかく、ここを切り抜けなくてはならない。


探索者たちが入口から姿を表す。

二人、革鎧に剣を持っている。


二人の目が、俺を通り越して、奥に向かった。


「おい」

「ああ」

「黒魔石だ」


もう一人が息を飲んだ。


「でかい。本物か」

「間違いねぇ」


さっきまでの顔と違う顔になっていた。

怖い。

素直にそう思った。


「ま、待ってくれ……」


声をかけると、ようやく俺を見た。


「なんだこいつ、変な格好してやがる」


シャツ、パンツ、靴。

俺が着ているのは、日本のものだ。

この世界の服じゃない。


「あっちの女も人間じゃねえ。人型の魔物かもしれん」

「油断するな、やられるぞ」


手を上げた。


「待ってくれ。俺は——」

「離れろ。こっちに来るなら斬るぞ」


そう言って男はコアの方へ移動する。

コアを破壊されたら、俺は死ぬ。

守らなくては。

俺は、反射的にコアの前に飛び出した。


「これに触るな!」


言った瞬間に、空気が変わった。

探索者たちが一瞬目配せをし、そして動き出す。


剣を抜く音。


「マスター!」


ぽんこが俺の前に出ようとしたが、男に弾き飛ばされる。

壁にぶつかる音、床に倒れる音。


「ぽんこ!」


ぽんこの方を見ようとした。

その瞬間、視界の端に剣を振り上げる男が見え、俺自身も衝撃に弾き飛ばされた。


地面がぶつかる。


理解が遅れた。

身体の向きがわからない。


目の前には地面がある。


顔が岩につく、冷たい。


それから、痛みが来た。


背中から胸にかけて、焼けるような熱が広がる。


斬られた。


息を吸おうとするのに空気がうまく入ってこない。

口の中に鉄の味がする。


視界がどんどん狭くなる。

光苔の光が、にじんでいく。


探索者の足が、俺の横を通り過ぎる。


「袋を出せ。傷つけるな、丸ごと持っていく」

「黒魔石だ。一生遊んで暮らせるぞ」


コアに手が伸びている。


やめろ、と思った。

声は出なかった。

指一本、動かない。

動かそうとしているのに体が応じない。

目だけが動いて、コアに伸びる手を見ている。


甘かった。

何も理解していなかった。


大丈夫じゃなかった。

全然、大丈夫じゃなかった。


体の感覚が薄れていく。

痛みすら遠くなっていく。

消えていくみたいだ。


……怖い。

消えるのが怖い。


なぜ。

どうしたら……


もう考えることも出来ない。

全てが消えていく……




『迷宮管理者生命信号:消失』


『チュートリアル安全補正:発動』


『再構築開始——範囲内の未登録物質を消去します』


『完了しました』




『再構築が完了しました』




白い天井。


目が開いている。

いつ開けたのか分からない。


コア部屋の天井だ。

先ほどまでと同じ天井。


体が動く。


……動くのか。


右手を持ち上げてみる、動く。

左手、動く。

足、動く。


さっきまで動かなかった。

指一本動かせなかった。

それが嘘みたいに動く。

傷がない、血もない、痛みもない。


起き上がろうとして手をついた。

支えられなかった。

腕が震えていて、自分の体を持ち上げられない。


そのまましばらく、床に手をついていた。


吐き気がこみ上げる。

何も出ない。

それでも喉の奥がせり上がって、収まるまでしばらくかかった。


コアが、元の位置にあった。

黒い球体。


探索者たちは、いない。


壁際にぽんこが立っていた。

瞳のリングが不規則に明滅している。


「ぽんこ」


声が掠れた。


光がゆっくり安定していく。


「……マスター。生体信号確認。再構築完了」


いつもの声だ、少しだけ硬い。


「俺は……どうなったんだ」

「死にました。死んで、再構築されました。チュートリアル中の安全補正機能です」

「安全補正……再構築。死んで、生き返った?」


「はい、チュートリアル中のマスターは一度だけ、死んでも復活します。ただし、安全補正は消費済みです。次はありません」


チュートリアル中だから、生き返った。

そして、もう生き返れない。


「……あいつらは」

「再構築に巻き込まれ、消滅しました」


その直後、視界にウィンドウが出た。


【チュートリアル隠しミッションを達成】

【隠しミッション『死んでみよう!』】

【ミッション達成報酬:500DP獲得】


場違いに軽い表示。

いつものUIと同じトーン。


「ふざけるな」


声が震えた。


「何が『死んでみよう』だ」


殺された。

体を剣で裂かれ、血を流して、指一本動かせなくて。


それで、ミッション達成。


怒りなのか恐怖の残りなのか、自分でもよく分からない。

ただ、手が震えていて、止まらなかった。


ぽんこは笑わなかった。


「……申し訳ありません。システムの自動通知です」

「こっちは死んでるんだぞ。それを……気軽に生き返して、ミッションだと」

「……はい」


俺はぽんこを見た。


「大体、こんな数メートルの穴だけでどうしろっていうんだ」

「……間に合いませんでした。ぽんこの判断ミスです」

「間に合わなかった、で済むか」


「ダンジョンが出来てから数時間、さすがに早すぎました。通常は一カ月程度はかかるので」


ぽんこの声が震えていた。

怒りが収まったわけではない。

しかし、今目の前にいるのは歯を食いしばり、震えている少女。


……それ以上は、責められなかった。


「……全部説明してくれ」

「はい」


ぽんこがゆっくり顔を上げた。

その目には涙が浮かんでいた。


「彼らは探索者です、ダンジョンに入り、魔石やモンスターの素材を持ち帰ります」

「魔石、奴らも言っていたな」

「はい。通常、魔石はモンスターの体内から採取されます。あの人たちが言っていた黒魔石は、高濃度の魔石です。ダンジョンコアも、人間さんから見たら黒魔石です」

「持って帰ろうとしていた」

「はい。黒魔石は貴重です、高く売れますし、魔導具や儀式に使われます」


ダンジョンを見つけたから入った。

黒魔石を見つけたから持ち帰ろうとした。

不審な奴がいたから斬った。

探索者なら、普通の判断だったんだろう。


その普通の判断で、俺は死んだ。


「探索者はまた来るんだな」

「はい。ただし、探索者は通常ギルドに管理されています。ダンジョンもギルドに登録されて初めて探索者が来ます。彼らは偶然見つけて入ってきたのでしょう」


「イレギュラーか」

「はい、予想しておくべきでした。すみません」


なるほど、ゲームバランスが崩壊しているわけだ。

現実であれば、こういうこともあり得る。


「安全補正は、もうないんだな」

「はい。次に死んだら、終わりです」


500DP。

死んだ報酬。

表示はふざけているが、こういう事態への救済措置だと考えれば理解はできる。

使わなければ、次は本当に終わる。


「使うしかないな」


立ち上がったが、まだ膝が震えている。


「このDPで、ダンジョンを作る」

「はい」

「また同じことになったら、すぐに殺される。殺される前に、殺さないといけない」

「……はい」

「殺したいわけじゃない。でも、もう二度と死ぬのはごめんだ」


ぽんこは頷いた。


「ぽんこ」

「はい、マスター」

「500DP。使い方を考えるぞ」

「はい……」


「お前のせいじゃないのはわかった。辛気くさいのはやめだ。とっとと始めるぞ」

「……はい!」


ぽんこが涙を拭う。


「よし、通路を伸ばす。まずは距離だ」

「はい!距離は正義です!」

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