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第1話 世界の下請管理職

【システムオファー】


★あなただけの特別オファー!★新規DM限定・一度だけの特別入荷!


期間限定!今だけDP98%OFF!

・高性能支援AIユニット

・設計支援/経営補助/戦術解析/全領域対応

・必要DP:200,000

【残り時間:00時間04分48秒】


「胡散臭い」

思わず突っ込んでしまったが、そんな場合じゃない。

白い壁。白い床。扉も窓もない、生活感ゼロの部屋。

中央には、回路のような光が表面を走る黒い球体が浮いている。

そして目の前には、先ほどの怪しい広告が表示されたウィンドウ。


俺は山田悠斗(やまだゆうと)


小さな企業で社内システムと雑務の面倒を見ていた、ごく普通の会社員だ。

死んだ記憶はない。しかし昨日何をしていたかと言われたら何も思い浮かばない。


目覚めたらこの部屋にいた。

目覚める前に、何やら暗い場所で機械みたいな音声を聞いた覚えがある。

インストールやら再起動やら、そしてその言葉通り、俺の頭には現状に対する知識が埋め込まれていた。


ダンジョンマスター。

ダンジョンを創造、管理するために配置された再構築体。

言葉の意味はわからない、しかしダンジョンを作ること、そして作り方はなんとなくわかる。


さて、どうするか、とステータス画面を開いて眺めていたら先ほどの広告がポップアップした、というわけだ。


俺は再度ステータス画面を確認する。


【ステータス】

・HP:100/100

・MP:0/0

・DP:200,010

・管理権限Lv:1


DP二十万と端数十。

広告と見比べる。


・高性能支援AIユニット

・必要DP:200,000


「うん、無理」


明らかにこちらの懐を見抜いて全額絞り取りに来ている。

予算を伝えたら、予算オーバーの物件と予算ギリギリの物件しか紹介してくれない不動産屋のごとくだ。


しかし、支援AIを買わなかった場合の未来を想像してみる。


情報がない。相談相手もいない。

それにそもそも話相手もいないのでは、精神に異常をきたしてもおかしくない。


情報と相談相手の価値を、DP二十万と比べる。

高いのは分かる。

けれど、この世界で一人きりでダンジョンを回すリスクを考えると、むしろ安い可能性すらある。


何度か堂々巡りの思考を経て、残り一分。


「しょうがない。どうせ一番後悔するパターンは、買わずに詰んだ時だな」


ため息とともに、購入を決めた。



【200,000DPが消費されました】

【残DP:10】


「よし。見事に極貧状態になったな」


所持金10から始まるダンジョン運営。

字面だけで破産フラグが立っている。


その瞬間、足元からブロック状のノイズがせり上がり、ジジジジ……という音とともに形を取っていく。


最後のノイズが細くしぼみ、そこには最初からそこにいたかのように少女が立っていた。

白銀の髪。

厚手の全身タイツのような白いスーツ。


髪は頭の左右、高めの位置で小さく丸いお団子にまとめられており、均整の取れた機械部品のように左右対称に配置されていた。


肌は陶器にも人肌にも見える滑らかさで、瞳の奥では回路めいた紋様と光のリングが静かに巡っている。


「起動完了。多分正常です。旧式AI支援ユニット、ぽんこです」


「旧式」


思ったことがそのまま口から出た。


「正式名称、試作型案内支援ユニット。PrOto(ぷろと)Navigation(なびげーしょん)COmpanion(こんぱにおん)PO.N.CO(ぴーおーえぬしーおー)、ぽんこです!」

「今の説明の中に、高性能要素が見当たらないんだが」

「システムログによれば、在庫の関係で旧式互換モデルが充てられた可能性が高いです。すみません」

「なるほどポンコツか」


「ぽんこはポンコツではありません。旧式互換モデルです」

「クレーム窓口はどこですか?」

「返品はできません。DPも戻りません。申し訳ありません」


ぽんこは一瞬だけ俯いてから、ぱっと顔を上げた。


「ですが、ぽんこ、全力でがんばります。気持ちのスペックだけなら最新型です!」

「気持ちのスペックって何だよ」

「根性です」

「AIが根性論で語るな」


それでも誰かが喋ってくれるだけで、さっきまでより少しだけマシに感じる自分がいた。

独り言オンリーよりは、だいぶ健全だ。


「さて、じゃあ検証を続けるか。説明してくれるのか?」

「はい!それがぽんこの仕事です!とっとと始めましょう!」


俺とぽんこは、残り十DPでチュートリアルを始めた。


「まずは通路です!」

壁の向こうを支配域へ変える。

岩盤を空洞化して、短い通路を作る。

岩肌に光苔を生やす。


「死亡条件!」

部屋の黒い玉がダンジョンコア。

コアが破壊されれば、俺も死ぬ。

俺自身が死んだ場合も、当然死ぬ。


「DP獲得条件です!」

DPとは、ダンジョンポイント。ダンジョンを作るにはこれを消費する。

DPは時間経過と、ダンジョン内で生き物が死ぬことで増える。

時間経過は一時間につき一DP。

まるでポイントカードだ。


ただし、現状維持は許されず、ダンジョンには成長が義務付けられているらしい。


「株式会社みたいだな。株主……いるのか?」

「非公開です!」


ぽんこの瞳のリングが激しく回った。

どうやら、いるらしい。


そのときだった。


通路の奥から、乾いたパキッという音が響いた。


「今の、何だ?」

「環境音ではありません。えっと。ダンジョン外殻に圧がかかっています」

「圧?」

「はい。ダンジョン外に何かが接触したか、中から外へ負荷が向いているか」


ぽんこが耳の横の小さなお団子を揺らしながら、周辺の反応を走査する。


「簡単に言うと――」

「言うと?」


「このダンジョン、入口ができようとしてるかも、しれません」


俺は反射的に周りを見渡す。


今のダンジョンは、コア部屋と三メートルの通路だけ。

広さで言えば、玄関付きのワンルーム。

こんなものダンジョンというより、ただの部屋だ。


そこに外へ通じるドアが勝手にできようとしている。


「いやいやいや。これでそれはまずいだろ」


短い通路の先にひび割れのように滲んでいた光は、数秒のうちに一本の筋になり、その筋はやがて岩肌を押し広げるように淡く膨張していった。


ぱきり、と乾いた音。


次の瞬間。

岩壁が消え、通路の先にぽっかりと外の世界が開いた。


吹き込んでくる空気は冷たく、土だけではない、色々な匂いが飛び込んでくる。

ダンジョンとはまるで違う、生きた空気だ。


ぽんこが胸に手を当てて、ほっと息をついた。


「よかった」


心底安心した声で言う。


「外から破壊されたわけではありません」

「破壊されてたら困るんだが」


ぽんこは続ける。


「ダンジョンは一定の成長段階に入ると、自動的に入口を生成します。本来はもっと大きくなってからなんですが。今回、かなり早いです」

「早いのか?」

「はい。ぽんこ基準で異常です」

「その基準がどれくらい信用できるのかはさておき」

「ぽんこ基準は絶対です!」


ぽんこは自信満々だが、こういうのは自信満々な奴が一番危ないのだ。

俺は一歩、入口に近づく。


「それにしても」


視界が、一気に開けた。


目の前には空があった。

いや、空に見える何かだった。


遠く、はるか上方に大地が弧を描いている。

そう、前方ではなく、上方。


山が逆さまにそびえ、森が垂れ下がり、海が光を反射していた。

空間全体が巨大な輪の内側に存在している。

太陽に似た光源が、天井に真っ直ぐ線のように存在している。


「なんだこれ。地面が丸まってるのか」

「リング型、いやわかりやすく言うならドーナツ型、の内部ですね。この世界は巨大な環状構造で構成されています」

「人工物か?」


「はい、この世界は宇宙コロニー、通称『リング』の中です」


「……は?」


ぽんこが急に得意げに胸を張った。


「宇宙コロニーとはですね――巨大な人工居住環境でして!」

「ちょっと待て。説明始める前に心の整理させろ」


ぽんこはぴたりと止まる。


「宇宙、なのか?」

「はい、宇宙です!」

「そっか。宇宙かぁ。そっかぁ。」


ああ、言われてみれば確かにインストールされた知識にあるわ。

宇宙だ、ここ。


「マスター、理解が追いついていませんね?」

「いや追いつきたくないっていうか」


ぽんこはダンジョンの外側を指差す。


「地表には人間の暮らす区域、森、海、山、平原などが存在します。マスターのダンジョンは、その一部分の地下に位置しています」

「じゃあ、普通の人間がすぐそこにいるってことか」

「距離によりますが、存在します」


前方を見上げると、垂直な大地がゆっくりと弧を描いて続いている。


「しかしまあ、とんでもない世界だな」

「はい。とんでもない世界です。ぽんこもたまに混乱します」

「混乱するのか」

「します。旧式なので」

「そこは揺るがないな」


リングの光が入口から差し込み、通路の岩肌を照らす。


急に世界が広がったように感じた。


「外がこんななら、侵入者も色々いそうだな」

「います。動物、村人、探索者、その他色々――生命反応!マスター、隠れてください!」


ぽんこに促され、入口へ戻る。

次の瞬間。


「おい、誰かいるのか?」


森の向こうから、声がかけられた。

人間の声だ。


「マスター、中へ……!」


ぽんこが慌てている。

俺はぽんこに従い、中に入る。


「おい、こんなところに穴があるぞ」

「未登録のダンジョンか?ギルドに報告しなくちゃな」

「さっきの声、中に先客がいるんじゃねぇか?」

「とりあえず入ろうぜ」


岩を踏む足音が、三メートルしかない通路に響いた。

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