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第141話 真価

がり、がり、と岩を削る音が、壁の奥から響いてくる。


「侵入者、大広間まで、残り十五メートルです!」


ぽんこは、大きく広げたUIに、ほとんど顔をくっつけていた。


「マスター、いつでもいけます!」

「まだだ。あいつが、もっと奥まで来てから」


がり。

がり。


「残り十メートル」


あいつは今、奴の支配域から伸びた細い道の、いちばん先にいる。

道の入口は、ずっと後ろだ。


「今だ。掘れ」


奴の支配域のすぐ脇、奴が入ってきた道の入口側。

うちの支配域の中に作っておいた空洞で、蟻たちが一斉に顎を立てた。


最後の壁が、あっけなく崩れる。


奴のダンジョンに、ゴブリンがあふれ出した。

千のゴブリンが、そのまま奴のダンジョンを横切って、エスが掘ってきた細い道の入口へなだれ込んでいく。


ゴブリンの肩に乗ったチュウタと、感覚を繋ぐ。


細い道は、ゴブリンが三体並べばいっぱいになる幅しかない。

その中を、千の足音が地鳴りのように押し寄せていく。


ずっと先、道の突き当たりで、小さな背中が岩に向かっていた。

その背中が、振り向いた。

エスの顔が、ゴブリンの群れを見て、固まった。


「……うわ」


エスの目が、ゴブリンの後ろへ向けられる。

しかし、すぐにその目は背けられた。

この道には、もうゴブリンが入っている。

構造変更もできないし、抜けられるような隙間もない。


エスは歯を食いしばって、前の岩に向き直った。

後ろがだめなら、前しかない。


「汎用戦機!奥の手!」


エスの言葉を受けて、汎用戦機が唸りを上げる。

爆発音と共に、蟻の巣ダンジョンの壁が、内側に弾けた。


石の粉と一緒に、エスが転がり込んでくる。

足首で火花を散らして、跳ね起きる。


そして、そのまま固まった。


出てきた場所は大広間。

そして大広間は、ゴブリンで埋まっていた。


床から壁際、段になった岩棚の上、天井にまで、ぎっしりと。

ざっと、一万。


一万の目が、一斉に、小さな侵入者を見た。


「……多くない?」


エスの声が、裏返っていた。


俺はすでにコア部屋の前室へ戻っている。

念のため、コアからは離れない。


「うちにとっては、普段の数だ」


聞こえるはずもないのに、前室で思わず答えていた。

ぽんこが、隣で吹き出した。


前には一万。

後ろの細い道には、千。

壁の外は、上も下も、全部うちの支配域だ。

捕まえた。

そう思った。


ずん、と足元が揺れたのは、その時だった。


「マスター!外から掘ってます!」


ぽんこが、地図を見ながら悲鳴を上げた。

蟻の巣の外縁に、赤い印が、十、二十と灯っていく。

外から、何十か所も同時に、うちの支配域に穴を開けてくる。


「汎用戦機か。あいつ、まだこんなに持ってたのか」


すぐさまモンスターを連れて、掘り進んでくる穴へと転移する。

奴のモンスターが掘った穴だが、うちの支配域だ。


転移を繰り返し、無数の穴へモンスターを搬送する。


「くそっ、転移タクシー大活躍だな」


しかし、転移には時間がかかる。


大広間の天井近くで、何かが鳴いた。

鳥だ。やけに細長く、まるで飛び魚のような、鳥。

潰しきれなかった穴を抜けて、通路伝いに次々と飛び込んでくる。


目で追えないほどの速さで、ゴブリンの頭上を旋回する。

エスが、跳んだ。

スラスターの火花を散らして、ゴブリンの頭を踏み台に、宙を蹴り、天井まで駆け上がる。


「やばいやばいやばいやばい。やべーって!これ」


天井すれすれを飛んできた鳥の足に、片手でぶら下がった。

戻る気か。

あいつの細い道は、千のゴブリンで詰まっている。

戻るなら、そっちしかないはずだった。


鳥は、細い道とは逆の方へ飛んだ。

大広間の出口から、うちの通路へ。


「マスター、エスが、うちの中を進んでます!」

「来るか」

「いえ……入口です!蟻の巣の、地上の入口の方へ!」


あいつは、自分の道に帰るつもりなんか、最初からなかった。


「セラ、前室を頼む」


転移する。


大広間から入口までの、ちょうど真ん中あたりの分かれ道に出た。

近くのゴブリンを百ほど呼び寄せて、道を塞がせる。


羽音が、近づいてくる。

鳥にぶら下がったエスが、角を曲がって現れた。


「うっわ」


目の前のゴブリンの壁を見るなり、エスは鳥の足を放した。

落ちながら、足首を鳴らす。


バシュン。


床すれすれで横へ跳ね、迷わず脇の細い通路へ飛び込んでいった。

その後ろを、無数の鳥が追いかける。


もう一度、転移する。


次の分かれ道の先回りをしたところで、今度は横の通路から別の鳥が飛び込んできた。

足に、筒のようなものを二本つかんでいる。

スラスターだ。


「ほいっと」


エスは筒を受け取り、鳥に掴まったまま、片足ずつ付け替えた。


ほんの数秒の間に、新しい火花が散っている。


バシュン。


ゴブリンが群がった時には、もうそこにいない。

通路の天井を、壁を、跳ねるように抜けていく。


スラスターで跳び、危なくなれば鳥につかまり、鳥が運んできた予備に付け替えて、また跳ぶ。


一度も戦わず、一体も倒さずに、ただかわし続ける。


近くで刺して、すぐ離れる。

短期機動型。

あいつの身軽さは、そういうものだと思っていた。


「長距離走もできやがる」


三度目の転移で、入口の手前に出た。

ここで止める。


転移で連れてきたゴブリンを積み上げ、文字通りゴブリンの壁を築く。

避ける隙間は作らない。


「マスター!上です!」


ぽんこが追いかけるように転移して来て、言う。


「上?」


反射的に上を見上げるが、何もない。


「違います!壁の向こう!上!UI見てください!」


そう言われて、UIを見ると、警報が鳴っている。

支配域、侵入。

場所は、向こう側の天井の上。


「掘り進めてやがる……!」


奥からエスがやってくる。

相変わらず、すごいスピードだ。


その瞬間、壁の向こう側で、天井に穴が開いた。

わかっていたように、その穴へ飛び込むエス。

その上は、地上。


最後に見えたその顔は、いつもと違い真剣そのものだった。


振り返ると、入口から外の光が差し込んでいる。

俺は追いかけるように、入口へ向かう。


外に出た時には、もう、空の上だった。

鳥が十羽、二十羽と群れになって、あいつを包むように飛んでいく。


その真ん中で、あいつは、こっちを一度も振り返らなかった。

いつもなら、何か一言、言っていく奴だ。

今日は、何も言わなかった。

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ユート、勝てるのか? 心配になってきた。
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