第139話 区間
「二正面は、危険だ」
地図の東側には、オルレアスがいる。
もう一方の相手は、本拠地がどこかもつかめていない。
東へ手を伸ばせば、背中を刺される。
背中を固めれば、東へ割く戦力がなくなる。
「どっちか片方なら、まだやりようがある。両方いっぺんは、ただの自殺だ」
「なら、先に片付けるのはエスだな」
アニが、あっさり言った。
「オルレアスは、今のところ動いていない。エスは、放っといても刺しに来る」
「そういうことだ」
それに、気になっていることがある。
あいつはこの半月、うちの支配域の塗り残しだけを、一度も外さずに刺してきた。
塞いだ穴には二度と来ないし、まだ塞いでいない穴には、迷わずやって来る。
運や勘で、ここまで当て続けられるわけがない。
「あいつには、うちの支配域が見えてる。そうとしか思えない」
「イモの言ってた話か」
「ああ。確かめたい。イモを呼んでくれ」
「はい!」
ぽんこがイモを呼びに行く。
ほどなくして、一枚の紙を持って帰ってきた。
丸っこい、見覚えのある字だった。
『マスターへ。会いたい人がいるので出かけます。そのうち帰ります。イモ』
「このタイミングでか」
「今朝だそうです!」
「会いたい人って、誰だ」
「知りません!」
「ラセツですら、出て行く時には話があったぞ」
アニが、珍しく声を出して笑った。
妹の勝手は、兄にとってはいつものことらしい。
こいつは弟妹に甘すぎる。
まあいい。
イモのことは、帰ってきてから聞けばいい。
見えているかどうかも、その時に確かめればいい。
見えている前提で動いて、困ることは何もない。
「蜂の巣を探すぞ」
あいつは、いつもコアを持ち歩いている。
その上で動き回っているものだから、どこがダンジョンなのかもわからない。
まずは、それを突き止めるところからだ。
エスの支配域とは、お互いぶつけ合って既に何か所も隣接している。
そこから、今度はとにかく数を入れる。
ゴブリンと蟻を数十体ずつの隊に分けて、隊ごとにチュウタを付け、通路のあちこちへ散らしていく。
チュウタ同士の同期は、五百メートルも離れれば届かなくなる。
道路の奥まで中継を並べる余裕はないから、奥へ進んだ隊とは話ができない。
だから、一つだけルールを決めた。
狩られそうになったら、見たものを持ったチュウタだけでも逃がせ。
穴の前で待っているぽんこのところに、チュウタが一体、また一体と戻ってくる。
戻ってきたチュウタから記録を受け取るたびに、地図の上に道路が少しずつ書き足されていった。
こちらからも、感覚共有をザッピングのように細かく切り替え直接のぞく。
声は届かなくても、目は借りられる。
チュウタと感覚を繋ぐと、隊はちょうど、長い直線の途中を進んでいるところだった。
その先で、道が急に沈んだ。
床が音もなく抜けて、奥へ向かって大きな穴が口を開けている。
構造変更だ。
「変えられるのか?俺らが入ってるのに」
自分のダンジョンに、少なくとも同じ階層に敵がいる間は、構造は変えられない。
なのに、現にうちの隊の目の前で床を抜かれた。
奥の道のずっと向こうで、バイクのライトが一つ灯った。
エスだ。
バイクにまたがったまま大きく伸びをして、こっちを見ている。
「うじゃうじゃ来すぎ!ムキになんなよ」
それだけ言うと、エスはさっさとライトを返して、闇の奥へ消えていった。
答えは、戻ってきたチュウタたちの記録の中にあった。
「三十キロくらいごとに、段差がある、だそうです!」
「段差?」
「数段だけの、小さな段差です!バイクでも、ギリギリ通れる高さだって!」
数段の、段差。
階段だ。
ダンジョンの階層を分けるには、間に階段がいる。
自分で作ってきたから、それは分かる。
「区切ってるのか、道路を」
見た目は、ずっと続く一本の道だ。
だが中身は、三十キロごとに段差を挟んで、別々の階層に切り分けてある。
同じ階層に敵がいなければ、構造は変えられる。
うちの隊が入った区間は動かせなくなっても、隣の区間は好きにいじれる。
「考えたな」
しかし、こちらにはダンジョン営業妨害のノウハウがある。
いざとなったら、どれだけの戦力をつぎ込んででも、全ての階層にモンスターを送り込んでやる。
「ふふふ、その時が楽しみだな」
「マスター!ひさびさに悪者になってます!」
そこから三日、隊を送り続けた。
狩られた隊の数より、持ち帰った道筋の方が、ずっと多かった。
調べるうちに、もう一つ、妙なことが分かってきた。
道路には、地上へ抜ける出口がやたらと多い。
崖の割れ目に、涸れた井戸の底に、古い坑道の奥に。
どれも、人ひとりがやっと通れるくらいの細い穴で、道路の本線からは、脇道を何本も曲がった先にある。
外から見れば、ただの割れ目で、ただの古井戸だ。
ギルドがダンジョンの入口として数えているとは、とても思えない。
「マスター、集計しました!五百二十個です!」
「多すぎる!またかこのポンコツ」
「ポンコツじゃないです!ぽんこです!」
数えたら本当だった。
さすがに多すぎるだろう。
そのうちの一つを、チュウタの目でのぞいた。
穴の底の脇道に、古いランタンが転がっていた。
その入口から通じる奥には、誰かの背負い袋と、壁に刻まれた文字があった。
出口はどこだ、と書いてある。
その先は、見なくてもわかる。
一つ一つの出口から、人が迷い込むのは、きっと年に一人か二人だ。
探索者か、旅人か、肝試しの子どもか。
入って、迷って、出られなくなる。
地下で人間が力尽きれば、それは、そのダンジョンの稼ぎになる。
ただ、その出口が、五百二十個ある。
まだ見つかっていないのを入れたら、たぶん、その何倍もある。
薄利多売だ。
どこにダンジョンがあるのか。
ずっと引っかかっていた答えが、これだった。
大陸の地下に張り巡らされた道路そのものが、薄く、広く、客を拾い続けるダンジョンになっている。
アニが、地図に書き足された道筋を見下ろして、低く唸った。
「巣を叩く、どころじゃないな」
「ああ。巣が、大陸の地下ほぼ全部だ」
だったら、こっちから探しに行くのは、やめだ。
「来させるか。あいつの方から、こっちに」
アニが、口の端を持ち上げた。
「餌は」
「うちだよ」
あいつが、一番刺したがっているのは、うちの塗り残しだ。




