第138話 留守
その日、グランツのダンジョンへ転移すると、会議室でバントーが待っていた。
「わざわざ来たのか」
「聞きたいことがあったからな」
「主は、呼びつけるものだ」
相変わらず、言葉が少ない。
聞きたかったことは『ギルド支部がダンジョンと繋がっている可能性はあるか』だ。
俺の話を最後まで黙って聞いてから、バントーは一言だけ返した。
「断定はできないが、あり得るとは思う」
「あり得るか」
「うちだってそうだ。ギルドが本当に気付いていないのか、不思議に思うことはある」
言われてみれば、その通りだった。
このダンジョンの宝箱は、表向きはギルドが置いたことになっている。
しかし、実際はグランツが置いたもの。
そんなこと、本当に可能なのか。
「宝箱の件は、ギルドに工作したんだ」
「ギルドに」
「ああ。人間を雇って、ギルドにこう持ちかけさせた、『私は研究者だ。実験のためにダンジョンに宝箱を置いた、それで魔石ができるはずだ。ダンジョンの研究は規則に反するので、ギルドが置いたことにしてくれないか』とな」
「なるほど」
胡散臭いが、ギルドからしたら悪い話じゃない。
「しかし、その後その研究者は姿を消しているし、ダンジョンの宝箱は何故かきちんと管理されている。ギルドがそれに気付かないとは思えない」
儲かる迷宮には探索者が集まり、探索者が集まればギルドが儲かる。
ギルドが儲かるうちは、余計なことは誰も言わない。
「持ちつ持たれつ、ってやつか」
「そうだ」
「本部には」
「言うわけがない」
王都のギルドで見つけた、本部への報告は厳禁、の一文が頭に浮かんだ。
「つまり、ギルドとオルレアスが直接繋がっているかはわからない。しかし、ギルドが何かを感づいて忖度している可能性は十分ある、と」
イース北の入口の前にも、これからギルドの手で街区ができる。
リオンの使い方次第では、あそこの支部長とも――
「マスター!トトさんのところに侵入者です!」
ぽんこの声が、考えをまとめて吹き飛ばした。
「エスか」
「たぶんそうです!トトさんから、助けてってコールが止まりません!」
アニの隊を連れて、穴倉ダンジョンへ転移する。
着いた時には、もう終わっていた。
トトの部屋の壁に、人ひとり通れるくらいの穴が開いている。
部屋の主の姿はどこにもなく、探し回った末に見つけたのは、スライム湖の真ん中で首まで沈んで震えているトトだった。
「み、湖の中なら、来ないと思って……」
「正解だ」
エスは、得体の知れない湖に入るような真似はしない。
トトの臆病さが、トトの命を拾った。
穴倉ダンジョンの支配域は、使う範囲の形にしか取られていなかった。
トトの部屋は、その端っこにある。
前のうちのコア部屋と、まるで同じ形だ。
「トト、部屋の周りを支配域で埋めろ。DPは回す」
「は、はい……」
それが、始まりだった。
翌日には、ゲルダの街道ダンジョンから知らせが来た。
人がいないのをいいことに、入口からバイク部隊が入ってきて、ゲルダの狐を片っ端から轢いていくという。
丘の上には、バイクにまたがったエスの姿まで見えるらしい。
ゲルダは箱型に支配域をとっていたが、地上の支配域は、ダンジョンの入口の周りにしか取っていなかったので、侵入直前まで検知できなかった。
アニの隊を連れて、転移する。
入口に急行し、バイク部隊を追い散らしているうちに、ゲルダ本人からコールが入った。
『ユート様!私の部屋の壁が、破られました』
「下か!」
入口側からバイク部隊が次々に侵入していたせいで、侵入通知も、ゲルダの注意も、全部そちらに向いていた。
慌てて戻ると、ゲルダはとっくに避難路に転移していた。
「非常時の退避経路は、イース北まで伸びております。作っておいて、よかったです」
「……知らなかった」
「シルヴァさんとレイゼルには報告済みです」
その次は、バーガの鉄谷ダンジョンだった。
今度は、最初から地下での掘削を検知している。
二度も同じ手にかかるつもりはない。
地下の通路を固めて、掘ってくる先に戦力を並べて待つ。
掘削音は、途中でぴたりと止まった。
代わりに、谷の上で鉄の音が響いた。
入口付近に残していたバーガの手下が、バイク部隊に次々とはね飛ばされている。
「出てこい!正面からやれ!」
谷の上に飛び出したバーガが吠える。
ずっと向こうの岩の上で、バイクにまたがったエスが、馬鹿にするような顔で首をかしげた。
「なんで?」
それだけ言って、エスは谷の向こうへ消えていった。
今度は、下が囮だった。
こっちが狙いを読んだと思ったところを、そのまま使われている。
そこから先は、同じことの繰り返しだった。
結局、六か所が襲われた。そのうちの一人はカイエンだ。
レイゼルのところでは、分身に引っかかったエスが舌打ちして帰っていったらしい。
レイゼル本人は、ずいぶん得意げだった。
狙われるのは、いつも、支配域の塗り残しだった。
入口の周りだけ取っていた所は入口の外から、通路の形だけ取っていた所は通路の脇から崩された。
一つ見つかるたびにそこを支配域で埋めると、あいつは、まだ埋めていない別の場所に現れる。
うちの従属ダンジョンは、どこもかしこも塗り残しだらけだった。
前のうちと、同じように。
転移で駆けつけて、着いた時にはもういない。
そればかりを何度も繰り返し、転移タクシーは休む暇もなかった。
「固めた所には、来ないな」
アニが、地図に並んだ印を眺めて言った。
「固めていない所を探して、そこだけを刺していく。一か所にこだわらない」
「本拠を固めたら、従属。そこを固めたら、また別の従属か」
正直、舐めていた。
ちょろちょろ飛び回る、蚊。
捉えるのは難しいが、放っておいても問題ない。
東を前に、関わっているほど暇じゃない。
違った、奴は蜂だ。
ぶんぶん飛び回り、こちらの急所を刺してくる。
当たりどころが悪ければ、致命傷。
巣ごと駆除する必要がある。
「アニ、喜べ。蜂狩りだ」




