第133話 城壁
その日のうちに、コア部屋は他の場所に移した。
残ったのは、元コア部屋の空洞。
壁には、セラの針の跡がまだ点々と残っている。
調査が済めば、この部屋は岩盤で埋めてしまうつもりだ。
塞ぐ前に、穴の奥を蟻に辿らせている。
空洞は、蟻の巣の通路の間を縫うように続いていて、その先であいつの道路につながっていた。
ぽんこが、蟻から上がってきた道筋を地図に重ねる。
うちの通路と、あいつの空洞。
二本の線が、一度も触れずに並んで走っていた。
イモは、地図に張り付いていた。
「むむ」
首が、ゆっくりかしいでいく。
「この線、うちの通路に一度もぶつかっていませんねぇ」
「ぶつからないように掘ったんだろ」
「はい。きれいに真ん中を通っています。見えてるみたいに」
イモの指が、線の途中を二か所、とん、とん、と叩いた。
アニが、地図の上の線を指でなぞった。
「探った跡もない。寄り道が一つもない」
「ですよねぇ」
イモは、なぜか嬉しそうだった。
「マスター。エスには、他人の支配域が見えているのかもしれません」
「見える?」
「手探りで掘ったなら、どこかでぶつかって、曲がり直した跡が残るはずです。それが、ありません」
支配域は、他人には見えない。
俺はあいつの道の形を知るために、ぶつかった場所の周りを自分の支配域で埋めて、空いた形から割り出した。
あいつは、それを一発でやったことになる。
「しかし、ぽんこが他人の支配域は見えないと言ってるぞ」
「マスター、ぽんこさんを信用しすぎでは?」
イモは、にこにこしている。
「嘘をついているかもしれない。知らないだけかもしれない。大体ぽんこさんが情報を伏せるのなんて今までだってあったじゃないですか」
確かに。
最近は積極的に言えないアピールしてくれてたから油断していたが、元々そういう奴だった。
「ぽんこさん。支配域が見える特殊な能力はありますか、もしくはそれをぽんこさんが知らない可能性はありますか」
イモがぽんこに問いかける。
ぽんこは渋々といった顔で答えた。
「……あり得ます」
「あるのか」
「あり得ますよ、そりゃ。私だって全てを知っている訳ではありません。ちょっと古くて、物知りで超高性能なだけの管理AIですから」
そう言って、部屋の端に縮こまるぽんこ。
セラが何やら話しかけている。
お説教だろうか。
「見えてるのなら、話は変わってくるな」
見えているなら、この一週間、俺が北東へ伸ばした線も、穴を開けるために寄せた支配域も、全部見えていたことになる。
「穴を開ける前から、どこに出るか分かってたってことか」
アニが、低く言った。
イモはそのまま、塞いだばかりの壁の前まで歩いていって、拳でこつんと叩いた。
「ここが、壁一枚だったんですねぇ」
「……完全に俺のミスだな」
見えていたとしても、だ。
支配域が入り込む隙を作ったのは俺だ。
あいつが掘る必要があったのは、この壁一枚だけだった。
その外は、もう支配域の外。
蟻の巣は、通路と部屋の形にしか支配域を取っていない。
使う分だけ取れば、安く済む。
棚卸しの時は、イース北より安いと喜んでいた。
「城壁だな」
「城壁?」
「支配域だよ。城壁ギリギリに立っている城なんてない。ましてや城壁を抜けたら本丸なんて、有り得ない」
「ここにありましたけどね!」
「……そういうことだ」
ぽんこは、少し考えてから手を打った。
「じゃあ、支配域を広くすればいいんですね!」
支配域は広く、境界の近くには、大事なものを置かない。
こういう攻め方があるとわかっていれば、当たり前の話だ。
移動させたコア部屋を再度移す。
ダンジョンの中心あたりに移動させ、そこを起点に支配域を広げていく。
雑に書いた塗り絵を、きちんと塗りつぶすように、隙間を埋めていく。
最終的に、コア部屋の周囲百五十メートルは支配域で埋め尽くされた。
それでもまだ、通路は半分以上が収まっていない。
「大きさ的にはイース北と同じくらいですね」
「まぁこれだけやればとりあえずは大丈夫だろう」
引っ越しは終わった。
「持ち場の移動を確認しました」
セラが、新しい前室の入口で言った。
何事もなかったような顔だった。
「距離ができれば、侵入から前室までの時間が伸びます。私の仕事がしやすくなります」
「前は、しにくかったか」
「五秒は、短すぎました」
新しい前室は、前より一回り狭くした。
セラの希望だ。
「狭い方が、全方位の密度が上がります」
「セラちゃん、ウニを濃くする気です!」
「でもマスター」
ぽんこが首を傾げた。
「エスに支配域が見えていたら、これも見えちゃいますよ?」
「見せればいい」
「見せる?」
「コアまで直線でも百五十メートルだ。見えたところで、通れない。掘って入るにも、入った時点でこっちに分かる」
アニが、口の端だけで笑った。
「見える塀か。悪くない」
それから四日、点は何度も近くまで来た。
「蚊……じゃなかった、エスです!支配域の外を、ぐるっと回ってます!」
「下見か」
来るなら、来ればいい。
四日目。
【侵入者を検知】
「マスター!エスです!北側下から掘ってきてます!」
来た。
ただし今度は、コアまで百五十メートルある。
コア部屋へ転移すると、セラはもう、戦闘形態で立っていた。
「マスター。前室、異常なし。侵入地点まで、およそ百五十メートルです」
【侵入者を検知】
「もう一か所です!同じ北側の、ずっと上から!」
地図を見る。
エスの点は、一つしかない。
なるほど、上下で攻めてくれば、二択になるのか。
「どっちだ」
「地図じゃ、分かりません!」
上か、下か。
この一週間、何度も聞いた台詞だ。
「両方行け。アニは上、蟻の半分は下だ」
「おう。任せろ」
あとはアニの仕事だ。
距離がなければ、選ぶ時間すらなかった。
「上、支配域に入って十メートル!下も同じくらいです!掘る速さ、どっちも遅いです!」
「アニたちは」
「もうすぐ相手の後ろに出ます!」
アニの肩に乗ったチュウタと、感覚を繋ぐ。
敵の支配域を掘るのと、自分の支配域を掘るのとでは、速さがまるで違う。
うちの蟻は、うちの岩を、土みたいに掻き出していく。
その後ろを、アニ隊が詰めていく。
『あ、いた!』
チュウタが声を上げたのは、一分もかからないうちだった。
蟻の顎が、最後の岩を崩した。
向こう側に、小さな穴が開く。
その奥で、壁を掘っている汎用戦機が見えた。
一緒にエスがいる。
当たりは、上だった。
目が合った。
アニが、蟻の間から一歩前に出る。
「よう」
エスの手が止まった。
岩の粉をかぶったまま、口が開いて、目が、まん丸になる。
「もう来たの!?」
「せっかく来たんだ。上がってけよ」
「やだよ!」
言い終わる前に、エスの体はもう動いていた。
バシュン、と火花が散って、掘ってきた穴を逆向きに飛んでいく。
振り返りもしない。
『下も、いた!……逃げた!』
下の穴からも、別のチュウタの声が届いた。
こちらも掘っていたのは汎用戦機だった。
『エスは追わなくていい。汎用戦機だけ片付けろ』
「だろうな。逃げ足だけは一流だ」
「あ!マスター!汎用戦機は回収して!多分、型が違う。調べる!」
いつの間にか近くにいたシュリが叫ぶ。
「なるほど。何かわかったら教えろ」
「ああ!量産できたら教える!」
「違う」
アニが、少しだけ楽しそうに鼻を鳴らした。
初めて、こっちが先に回った。
「侵入者、撤退。前室まで、残り百四十メートルでした」
セラの報告は、いつも通り平坦だった。
前は、壁が弾けてから五秒で全部が終わった。
今度は、あいつが十メートル掘る間に、全部が終わった。
感覚共有を切ると、前室は静かだった。
コアは、支配域の真ん中にある。
あいつがどれだけ見えていても、ここまでは一息では来られない。
コア直撃は、一旦これで封じた。
あいつを捕まえる手は、まだない。
追えば、また振り回される。
守りは固めた。
取られるものがないなら、今はこっちから追う理由もないだろう。
今夜は、少しは眠れそうだ。
地図を見る。
エスを追い回している間も、東は東で動いている。
東には、オルレアスがいる。
大陸の東側に、十八のコアを抱えている相手だ。
北だけに構っている場合じゃない。
「ぽんこ。東の地図を出してくれ」




