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第130話 後ろ

走っているゴブリンの肩の上は、とにかく揺れる。

追いかけ始めてすぐ、チュウタはゴブリンリーダーの肩に飛び乗った。


指示を伝えるなら、リーダーのそばにいるのが一番早い。

それは分かるのだが、そのチュウタと感覚共有している俺からすると、たまったものではなかった。


歩くぶんには慣れたと思っていたが、走られると話は別だ。

酔う。


部隊は、道いっぱいに広がって走っていた。

ゴブリンが五十、その両側の壁を蟻が這って進み、後ろから汎用戦機がついてくる。


前の方からは、逃げたバイクのエンジン音がずっと聞こえていた。

おかしなことに、その音がなかなか遠ざからない。

向こうはバイクで、こっちは走るゴブリンだ。

本気で逃げられたら、とっくに振り切られているはずだった。


『止まった』


先頭のゴブリンリーダーが短く言って、走る速度を落とした。


『分かるのか?』

『音が動かなくなった。この先、二百歩くらいだ』


目の前には他より少し急なカーブ。

耳を澄ますと、確かにエンジン音は前の方から聞こえたまま、それ以上遠ざからない。

カーブの先で止まって、こちらを待っているらしい。


探索をさせたら実戦部隊より上、とアニが言っていただけのことはある。


『待ち伏せか』

『たぶんな』


なるほど、振り切られなかったのはそういうことか。


「待ち伏せらしい」


思わず口に出すと、ぽんこが食いついてきた。


「何対何ですか!」

「百対五」

「弱い者いじめですね!マスターの得意分野です!」

「負けるよりマシだ」


待ち伏せされていると分かっていれば、対処もできる。


『蟻を先に回せ。囲めるなら囲む』

『わかった』


ゴブリンリーダーが短く鳴くと、壁を這っていた蟻が、三十体まとめて前へ散っていった。

ゴブリンたちは間を詰めながら、その後に続く。


『マスター!うしろ!速いのきた!後ろのぼくがやられた!』


チュウタが言った。


ここまで、チュウタを点々と残して来ている。

チュウタは中継がいないと同期が切れるからだ。

そのうちの一体が、やられたらしい。


『後ろだ!何か来る!』


ゴブリンリーダーが振り向いて、部隊全体の向きが変わる。


言われてみれば、確かに聞こえる。

後ろからだ。

前で止まっている五台の音とは、明らかに違う。

もっと高くて、鋭い音だ。


さっきの五台が普通のバイクなら、こっちはレース用。

エンジンを、限界まで回している音だった。


すぐに後ろの通路に、ライトが一つだけ見えた。

そのライトが、見る見るうちに大きくなってくる。

速い。

さっきの五台とは比べものにならない。


『壁に寄れ!』


ゴブリンリーダーが叫んで、ゴブリンたちが左右の壁に飛びついた。


道の真ん中が空いて、そこにバイクが突っ込んでくる。

ライトがまぶしくて、その後ろがよく見えない。

エンジン音で、耳が痛い。


さっきの五台よりひと回り小さい、細い車体だった。

そのシートの上には、誰も乗っていなかった。


「……乗ってない?」

「何がですか!?」


ぽんこの声がしたが、答えている余裕はなかった。


『上だ!』


リーダーが叫んで、頭上を見た。

壁際のゴブリンたちも、一斉に顔を上げていた。

見上げた天井は、やけに遠い。

そういえば、天井が高いな、とは感じていた。


その天井の、すぐ下に、人影が浮いていた。


この高さは、こいつが飛ぶためか。

人影の足元で、バシュン、と何かが破裂する。

瞬間、人影が弾かれたように向きを変える。


右へ、左へ、また右へ。


目で追おうと目線を向けると、その瞬間に見失う。


次の瞬間、視界がぐるりと回った。


チュウタが、肩から放り出されたのだ。

床に叩きつけられて、転がって、止まる。


見上げると、ゴブリンリーダーが剣を構えた格好のまま立っている。


首のない姿で。


一拍遅れて、その体がゆっくりと前に倒れた。


人影は止まらずに、そのままのスピードで前へ抜けていく。

行く先は、さっきのバイク、人影がその上に降りた。


シートに着地すると同時に、スピードを上げ、傾いた車体を立て直す。

手にしていたナイフを腰の鞘に戻し、両手でハンドルを握った。


刃渡りの短い、どこにでもありそうなナイフだった。


エンジンがうなりをあげて、バイクがまっすぐに走り出す。

走り出したところで、そいつが肩越しにちらりと振り返った。


子供だった。

十三か、十四くらいだろうか。

見た目の歳は、オトとそう変わらない。

ただ、雰囲気はまるで違う。


その表情は、悪戯に成功した子供のように口の端が持ち上がっている。


ぶかぶかの上着を着た、小さくて細い体。

足にはなにやら機械をはめている。

先ほどの立体軌道はあれから火花を出して、移動していた。


倒れたリーダーを一瞬だけ確かめた。

うまくいった、と顔に書いてある。


事態を飲み込めずにいると、ゴブリンアーチャーが、矢を放った。


さすがイース北で鍛えられただけあって、立ち直りが早い。

狙いも正確だ。


矢は、奴の背中のど真ん中に向かって飛ぶ。

当たる、と思った。


「うわっ!?」


裏返った声が聞こえた。

振り返っていたそいつの目が、まん丸に見開かれている。

顔が引きつっていた。


だが、体の方は止まらない。

声が出たのとほとんど同時に、足元がバシュンと破裂して、バイクはそのまま本人だけが飛び上がる。

矢は、何もない場所を通り過ぎていった。


そいつはバイクに着地すると、引きつった顔のまま体を低く伏せて、一気に加速した。


もう、こちらを振り返りもしない。

ライトが、見る見るうちに遠ざかっていく。


ぎりぎり顔が分かるくらいの距離で、ようやくバイクの速度が落ちた。


そいつが、もう一度こちらを振り返る。

誰も追ってこないのを確かめると、分かりやすく肩の力が抜けた。

それから、にやっと笑った。


「勝手に入ってきたの、そっちだからな!」


地下道に、よく響く声だった。


最後にべっと舌を出して、今度こそバイクは闇の奥へ走り去っていった。


確かにそうだ。

悪いのはこっちだろう。


しかし、そんなことはどうでもいい。


なんだ……あいつは。


ゴブリンファイターが、倒れたリーダーのそばにしゃがみ込んだ。

リーダーの手から短剣を二本拾い上げて、自分の腰に差す。


『剣は、抜いてた』


ぼそっと、それだけ言った。


レンジャーとアーチャーがファイターの顔を見て、短く鳴いた。


『リーダー。どうする』


さっきまでファイターだったゴブリンが、もうリーダーと呼ばれていた。

その後ろで、汎用戦機が一体、自分の脚をじっと見下ろしていた。

突破エディションの脚に付いた、突撃用のスラスター。


あいつの足元で破裂していたのも、同じものだった気がする。


なんであのガキが、汎用戦機と同じものを付けているんだ。


『マスター。追うか』


新しいリーダーが聞いてきた。


『無理』


その言葉に応えたのは、俺じゃなくチュウタだった。


『ぼくは離れすぎた。もう本体の声は届かない。マスターは見れてるけど、声は届かない』


そう、奴に中継のチュウタをやられた。

感覚共有はつながっているが、チュウタの同期がないと指示は出せない。

見れるだけだ。


部隊は追うのをやめ、撤退に入ることにしたようだ。

ただし、別の出口を探して。


動き出したのを確認し、感覚共有を切る。

目を開けると、コア部屋だった。


「マスター!大丈夫ですか?」


ぽんこが、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「リーダーがやられた」


ぽんこのお団子が、ぴたりと止まった。


「百対五の、弱い者いじめだったのでは……」

「いじめられたのは、こっちだ」

「誰にですか!」


誰に、と聞かれて、真っ先に浮かんだのはあのにやけ顔だった。


「悪ガキだ」

「悪ガキ……マスター、子供をいじめちゃだめですよ?」

「だからこっちがいじめられたって言ってるだろう」


考えるように、お団子がぐるぐると回る。

それから、止まった。


「マスター、情けないです……」

「だな」


俺は椅子の背にもたれて、大きく息を吐いた。


逃げたってことは、勝てるってことだ。

どの口が言ったんだか。


「……なんだったんだ、あいつ」

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― 新着の感想 ―
隠れることに特化したマスターかと思っていたら、大違いだったか。 それにしてもバイクとか足のユニットとか、出処が気になりますね。 もしや第二の地球出身者? あるいはスペースコロニー内にも魔法的に工業化さ…
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