第129話 道路
アニに地図を見せると、長いこと黙って眺めていた。
「相手の戦力は」
「不明だ」
「地形は」
「不明だ」
「規模は」
「不明だ」
「……全部不明か」
「全部不明だ」
アニが鼻を鳴らした。
「懐かしいな」
「懐かしい?」
「ああ。はじめの頃は毎回こんなだったろ。最近は相手に合わせて戦ってたからな」
アニの口元が、嬉しそうに歪む。
「こっちの方が、面白い」
アニが、線の先を指した。
「だが、今まで攻めたダンジョンは、全部入口があった。今回は入口がない」
「掘って入る」
「逃走路も一本か。帰ってこれるとは思わない方がいいな」
「決死隊だな。……大丈夫か?」
「問題ない。ゴブリン達にとって死は誉れだし、蟻はクイーンの手足だ、汎用戦機は記憶のバックアップを他個体に移せる。うちに死を恐れる戦士はいない」
「……とんでもない集団だな」
言われて、気付く。
確かにうちは死を恐れないモンスターばかりだ、しかも全員勝手に増えるシステムが組まれている。
なんだこのゾンビアタック特化型ダンジョン。
「あ、マスター!生成可能モンスターにゾンビが追加されました!」
「いらん」
実行は、次の日になった。
蟻に掘らせる距離と角度を決め、混成部隊を組ませた。
ゴブリンが五十、蟻が三十、汎用戦機が十、それからチュウタが十。
集合した列を眺めていて、少し手が止まった。
先頭に立っているのが、見慣れない個体だった。
背が高い。
ゴブリンとしては、だが。
腰に短剣を二本差して、胸に革を巻いている。
「アニ。こいつは」
「ゴブリンリーダーだ。イース北で育った、進化したばかりだ」
「進化したばかり。実戦経験はなしか、大丈夫なのか?」
「いや、逆だな。あそこのダンジョンを生き抜いた猛者だぞ、『探索』させたら実戦部隊の連中より上だ」
なるほど、よく見ると立ち振る舞いが違う。
アニ達は軍隊。規律があり、微動だにしない。
それに比べ、今回の部隊はキョロキョロと落ち着きがない。
しかしそれは常に辺りを警戒し、何かあったら即応する、そのための動きなのだろう。
「他にもイース北組が何体か。ゴブリンレンジャー、ゴブリンファイター、ゴブリンアーチャーあたりだな」
シルヴァさんが作ったあの下層で、誰に言われるでもなく勝手に進化した連中だ。
二年前、俺はゴブリンを二千体送り込んで初めてダンジョンを落とし、そのうち千八百体を失った。
今は百体で出す。
その百体のほうが、たぶん強い。
掘削が始まった。
相手の支配域ギリギリまで構造変更で空洞化し、蟻が壁を掘っていく。
壁を掘り抜くのに三時間。
ダンジョンの壁は通常の岩より硬い。
自分のダンジョンは簡単に掘れたり、強いダンジョンの方が硬かったり、色々あるようだ。
『マスター。抜けた。空洞』
チュウタから念話が入り、感覚共有を繋ぐ。
床すれすれの低い視界。
チュウタとの感覚共有も大分慣れてきた。
穴の向こうに空間があった。
平らだ。
床がきれいに整地されている。
よく見ると、壁際に細い溝があり水が流れていた。
「……側溝か。なんのために……?」
両側の壁も平らで、その上が天井になっている。
そしてその空間が、曲がらずにまっすぐ伸びていた。
幅は十メートル近い。
「ぽんこ。ダンジョンの通路に側溝って普通か」
「いえ、初めて聞きました。まぁ地下水は出ますので有効ではありますね」
「なんで作ったんだろうな」
「水が嫌いなモンスターでも出るんですかね」
部隊を進ませて三十分歩いても、道は曲がらなかった。
一時間歩いたところで、緩く右へ曲がった。
その曲がり方が、また変だった。
角ではなく、長い弧を描いている。
『これ、なんでこんな曲がり方なんだと思う?』
チュウタを介してゴブリンリーダーに聞くと、立ち止まって、壁を見て、床を見て、それから短く言った。
『速く走るためじゃないか?』
『速く?』
『角だと止まる。曲がるなら、止まらない』
なるほど、水が嫌いで、速く走るモンスターがいる?
さらに歩くと、分岐があった。
こっちも角ではなく、道が二本に分かれて、緩やかに離れていく。
片方が上りで、片方が下り。
『マスター、どっち行く』
『下だ』
理由はない。
下のほうが奥に思えただけだ。
二時間、三時間と歩いても、道はまだ続いていた。
分岐は何回もあった。
その中の、一本だけでこれだ。
「……何キロあるんだ、これ」
「分かりません!支配域の外なので、こちらからは測れません!」
四時間目に、部隊が止まった。
ゴブリンリーダーが口を開く。
『音がする』
『なんだ』
『聞いたことがない音だ』
感覚共有を切らずに耳を澄ませると、チュウタの耳が拾ってくれた。
低くて、連続していて、一定の間隔で細かく震えている。
うなり声にも、風の音にも聞こえるが、微妙に違う。
その震えが、少しずつ大きくなっていた。
『近づいてるな』
『ああ、どうする?』
『様子見だ、隠れろ』
ゴブリンが壁際に散り、蟻と汎用戦機が天井に張り付く。
音が大きくなる。
遠くの闇に、光が見えた。
一つ、二つ……五つ。
横に並んで、こちらへ向かってくる。
速い。
とんでもなく速い。
震える音が、そのまま近づいてくる。
一瞬で光と爆音が通りすぎ、風が起こる。
俺は見えたものを、頭の中で整理する。
車輪が前後に二つ。
その間に胴体。
胴体の上に、跨っているものがいた。
人型だが、人間でもない。
『マスター、なんだあれ』
『……バイクだ』
『ばいく?』
『前の世界にあった乗り物だ。車輪が二つあって、跨って乗って、早く走れる』
前の世界にはあった。
この世界にはない。
ないのか?
「ぽんこ。この世界にバイクはあるか」
「ありません!……いや」
ぽんこのお団子が止まった。
「ないとは言えません」
「どっちだ」
「魔導具であれば似たようなものはあった気がします。エーテルを爆発させてピストンを回す機構はありますから。ただし——」
「ただし?」
「高価です!貴族やギルド、教会が持っている類のものです!」
つまり、あるにはある。
あるにはあるが、そのへんの地下に転がっているものじゃない。
そのバイクが、五台。
平らな床と、水はけの溝と、緩い曲線の上を走っている。
「……道路か」
道路だ。
ダンジョンでも、ただの道でもない。
車輪で走るために作られている。
「マスター、戻ってきます!」
遠ざかっていた震えが、また大きくなっている。
こっちを見たのだろう。
『どうする』
『迎撃だ。ゴブリンリーダー、前へ』
光が五つ、さっきより遅い速度で近づいてきて、五十メートルほどのところで止まった。
止まって、こちらを見た。
それから、方向を変えた。
「逃げるぞ」
五台が一斉に向きを変えて、来たときの倍の速さで闇の中へ消えていく。
震える音が、遠ざかっていく。
こっちは百体で、向こうは五台。
数で勝っていて、向こうは逃げた。
『追え』
『追うのか?』
『追え。逃げたってことは、勝てるってことだ』
逃がせば情報が漏れるし、捕まえれば情報が手に入る。
二年間、それでやってきた。
ゴブリンリーダーが短く鳴いて、部隊が走り出し、蟻が壁を這って先行していく。
その様子を、チュウタの低い視界から眺めていた。
考えてみれば、おかしな話ではあった。
俺は他人の家に穴を掘って入った側で、向こうは入られた側だ。
入られた側が逃げて、入った側が追っている。
それを、おかしいとは思わなかった。
そのときは。




