第126話 人化
【side:イモ】
イースのギルドは、朝がいちばん騒がしい。
依頼の板の前に人が固まって、後ろから背伸びして、前の人へ文句を言う。
私はその後ろで、壁に寄りかかって見ている。
背が低いので、どうせ板は見えません。
見えなくていいのです。
聞きに来ているので。
「アウル村の話、どうなった」
「決まったらしいぞ」
「早くねえか」
受付に椅子が二つ。
そこに座っているのが、話の長い二人です。
片方は買い取りの担当で、片方は登録の担当。
毎朝、仕事の前にここで喋っている。
三日通って分かりました。
「宿から建てるってよ」
「宿かよ。買い取り所が先だろ」
「宿の方が見栄えがいいんだと」
むむ、マスターたちの言っていたとおりですねぇ。
絵面が先。
中身は後。
人間の組織はそういう仕組みらしいです。
「担当の若いのが可哀想だぞ。あいつ、村と支部の間に挟まって」
「挟まるのが仕事だからな」
「南のあれ、本当なのか」
「宝箱のやつか」
「本当に自然に湧くのか、魔石」
「湧くんだろ」
湧きません。
買ってきて入れています。
言いませんけど。
私は壁から離れて、外へ出ました。
イースの街は、朝でも埃っぽい。
石畳の上を荷車が通るたびに、細かいチリが舞い上がる。
人間はこれを吸って生きているらしいです。
肺が心配になりますね。
まあ、嘘ですが。
どう変化するのかの興味ならあります。
歩きながら、自分の手を見ました。
白い。
爪が平ら。
肌がやわらかい。
【人化】というスキルです。
マスターがマーレンの街への潜入用に取ってくれました。
ラッキーです。
姿は子供になりました。
背は低く、髪は黒く、目は大きい。
まあまあ可愛いと思います。
中身はゴブリンですけど。
この姿の便利さは、十日で十分に分かりました。
子供であれば、多少不自然でも怪しまれない。
警戒もされづらい。
たまに悪人が寄ってくるので、情報収集も捗ります。
大通りから二本入った路地に、古い本を扱う店があります。
店主はいつも奥で寝ています。
起きているところを見たことがない。
「ごめんください」
返事はありません。
いつものことです。
棚を見ます。
この店の並べ方は理屈がない。
歴史の隣に料理があって、その隣に地図がある。
だから面白い。
理屈で並んでいる棚は、探すものが最初から決まってしまいますからねぇ。
『リング地誌 第四』
これは前に読みました。
大陸の形と、海流の話。
面白かったけれど、書いた人が海を見たことがない。
『薬草と毒草 改訂』
これも読みました。
イース北の下に生えているのと同じ草が載っています。
用途が違っていました。
うちのシルヴァさんの育て方だと、成分が変わるようです。
これは報告した方がいいでしょうか。
その隣に、見たことのない背表紙がありました。
『ヌ式魔導灯の内部構造について』
ふむ、ヌ式とはまたマイナーな。
そんな魔導灯、存在したんですね。
ワクワクしながら中を開くと、図がありました。
部品を分解して、一つずつ描いてあります。
筒状の芯の内側に魔石の粉を塗って、魔力を流すと光る。
流す量で明るさが変わる。
「なぜ光るのかは分かっていない」
そう書いてありました。
……むむ。
分かっていないのに、作れている。
他と比べて利点もないから、研究もしない。
私は立ったまま、そのページを二度読みました。
人間はこれで平気なんですね。
私は無理です。
気持ちが悪いです。
無理なのに、本はそこで終わっていました。
「それ、面白いかい」
奥から声がしました。
店主が起きていました。
初めて見ました。
「面白いです」
「そりゃいい。銀貨二枚だ」
高いです。
でも買いました。
マスターのお金なので。
さて、次が本命です。
ここまでは朝の日課、今日のメインディッシュはこちらです。
私はある建物の前で、止まりました。
小さい建物で、尖塔も低い。
入口の上に、円をかたどった紋章が飾ってあります。
これ、誰が考えたんでしょうね。
ノード様本人でしょうか。
そう、教会です。
中に入ると、机と椅子がズラリと並び、一席ずつ衝立で区切られています。
祈る場所はありません。
祈りは建物の外で、紋章に向かって行うものだそうです。
さて、空いている机を見つけて座ります。
机には、石の板が置いてありました。
魔導通信の端末。
住人の掲示板を読むための、公共の設備です。
人間は誰でも利用することができます。
いやいや、ずるいですねぇ。
表面に細かい文字が浮いていて、指で触ると動きます。
まるでダンジョンのUIです。
なるほどなるほど、マスター以外のダンジョンマスターたちがUIを使いこなしているのはこれが理由ですか。
文字が流れ出しました。
【第三大陸地域板】
・探索者総合
・商人総合
・農業情報交換
・ノード学考察
ノード学考察。
前から気になっていたスレです。
素人学者が立てたスレですが、本物の学者が降臨して盛り上がった結果、その学者の個人スレとして継続しています。
【来たれ】ノード学考察 その十一【暇人】
458:名無しの学徒
結局ノード様はどこにいるんだ?
459:名無しの学徒
ノード様は管理AIだ
世界中にいるとも言えるし
いないとも言える
460:名無しの学徒
いや物体としての存在はないにしても
意識がどこにあるかは定義できるんじゃないか
461:名無しの学徒
そもそも物体として存在しないの?
母艦がどっかにあってそこから世界を見ているイメージだったんだけど
462:名無しの研究者
教会としては>>459の言うとおりだ
どこにもいないし、どこにでもいる
これは学問的に見ても一理ある、管理AIであるマザーノードは世界中を認識し、物体の生成も自在にできるはずだ
つまり全てを認識し、自在に顕現できる
どこにでもいる状態だね
そして>>461だが、とても鋭い質問だ
これ次第で「どこにもいない」と言えるかどうかが決まる
しかし、現実的に見ると全てを自在に顕現できる時点で母艦も複製できることになる
そうするとそれは母艦と言えるのか
場所を特定したところで意味があるかという疑問も出てくるね
463:名無しの調査官
複製できることと、複製すること、していることは違う
そもそも本当にマザーノードは自身を複製できるのか、自身は例外であってもおかしくはない
464:名無しの研究者
確かに
仮説を展開してみよう
まず第一仮説を次のレスに示す。
521:名無しの学徒
レス番飛んだな、また先生と調査官が消されてら
盛り上がりすぎなんだよ
リアルタイムで見てた奴いる?
522:名無しの学徒
見てた
ぶっちゃけよくわからんかった
あの人たち前提話さないから素人にはわからんのよ
そこで、終わっていました。
昨日の日付です。
研究者の最後の一行が、途中で終わっている。
書きかけて、送ったように見えます。
それから、番号を見ました。
464の次が、521。
56個ありません。
他の人によると、消されたようです。
石板は教会が置いた設備ですが、教会が中身を読んでいるという話は聞きません。
誰も知らないまま、誰かが消している。
面白いですね。
今度は、自分で書きます。
書くのは初めてです。
名前の欄がありました。
何も入れずに送ると、勝手に付くらしいです。
短く書きました。
『ヌ式魔導灯はなぜ光るのか』
ノード学とは関係ありませんが、あそこは名無しの研究者への質問スレでもあるので、こういう書き込みも多くあります。
送りました。
名前が、勝手に付きました。
【名無しの異端】
……バレてますね。
異端。
進化したときの種族説明と、同じ言葉です。
あのときも「異端」の一語しか書いてありませんでした。
石板は、私がゴブリンだとわかるのでしょうか。
だとすると私の書き込みは消されるのでしょうか。
考えることが増えました、よかったです。
ふと見ると、返信が二つ付いていました。
523:名無しの異端
ヌ式魔導灯はなぜ光るのか
524:名無しの調査官
ヌ式か
あれは使い物にならん、研究する価値を感じない
525:名無しの研究者
ヌ式ですね
研究材料としては面白いですよ
挙動が安定しない、個体ごとのぶれが激しいのです
同じように作っても違う結果になる
まぁ使い物にならないのはその辺の理由ですね
526:名無しの研究者
原理はわかっていません
ただし、仮説は立てられます
一、魔力に反応し、粉そのものが光る。バラつきが出る理由は粉の品質?
二、芯が魔力に反応して光る。個体差は芯の品質?
三、魔力が通る道そのものが光る。魔力の流れはまだ謎が多いです、バラつきは魔力の流れの差
三番目が一番ありそうですね
527:名無しの異端
三つとも、私が考えたのと同じです。
ただし、バラつきが激しいとは知りませんでした。
それならば次の仮説が出てくるかと
四、通り道が光るのではなく、通れなかった分が光る。魔力の流れは魔導具の中よりも外の方が大きい、当然バラつきも大きくなる
528:名無しの研究者
外
面白い仮説です、理屈も通る
ただし、ただの思考実験です
実際の原理は研究をしなければ突き止められない
大型のヌ式魔導灯を作成して感知器で魔力の流れを確かめる方法で出来そうですね
529:名無しの調査官
>>527
実験したら教えろ
その原理は色々と応用が効きそうだ
やらないならこちらでやる
いや、やる価値はあるな、こちらでも検証しよう
530:名無しの異端
研究であればこちらでもします
ただ、研究方法は違う手法です
方法は社外秘ですが
531:名無しの研究者
ふむ
どこかの所属ですか?
私は真理院のはずれ者ですが
532:名無しの異端
第三大陸の勢力、とだけ
533:名無しの研究者
私も第三大陸です
まあここは第三大陸地域板ですからね
534:名無しの調査官
私は第五大陸だ
実験結果はここで共有する
そちらもわかったことがあれば書き込め
第三大陸にいる。
つまり、歩いていける。
なるほど、会いにいける、考えてみれば当然です。
直接、膝を突き合わせて研究談義ができる。
共同研究もできるかもしれない。
むむむ、困りました、魅力的です。
いや、困りません、嬉しいだけです。
どこにいるか、教えてくれるでしょうか。
適当に暗号を作って書き込んでみますか、名無しの研究者なら解読して返信をくれるはずです。
まあ、あとで考えましょう。
今日は十分な収穫です。
教会の開放時間はそろそろ終わりです。
係の人間が声をかけて回っています。
さて、マスターに、報告はどうしましょう。
うーん、報告すると、たぶん止められます。
私は路地に入って、誰もいないのを確かめてから、荷物を背負い直しました。
私が思った以上に、世界は広く、面白いようです。




