第123話 ゴブリン攻略隊
【side:ゴブリン】
三度目に降りる前の日、酒場の隅の板を囲んだ。
この板はみんなで作った、ダンジョンの形の板だ。
これを見れば、ダンジョンの構造がわかる。
片側が尖った石が置いてある。
この石が俺たちの石、置いてある場所が、前回引き返した場所だ。
その先は、この街の誰も知らない。
つまり、そこから先は俺たちのものだ。
『右は駄目だ。岩陰を静かに通ったのに、上から来た』
槍を持っているのが、板の一部を指差した。
『天井にいたんだよな』
『いた』
あのとき二体持っていかれた。
槍と、棍棒だ。
今日の槍は、そのとき盾だったやつが持っている。
『左は水がある』
『水は音が出るぞ』
『出る』
しばらく黙った。
袋を持つのが、干した肉を板の上にどんと置く。
『上を見ながら左を歩けばいい』
『それだ』
『それで行こう』
いい案かは知らない。
ほかに案が出なかったから、それで決まりだ。
翌朝、洞窟の口の前で荷を分けた。
槍が二本、棍棒が四本、石斧が一本。
盾はやめた、自分を守るだけだからだ。
最後の一体は何も持たず、袋を担ぐ。
『肉、三日分でいいだろ』
『四日入れろ』
『重い』
『前も足りなくなった』
『あれはお前が食ったからだ』
袋の口を広げて、二体が中身を入れ替えている。
こういうのは長い。
俺は横で待っていた。
袋は一番足の速いのがやる。
拾ったものを持って走る役だから、戦わない。
うちの隊では名誉職だ。
今日担いでいるのは、俺より少しだけ速い。
いつか回ってくると思っている。
ふと見ると、マスターとシルヴァさんが話しているのが見えた。
向こうもこっちを見ている。
シルヴァさんは優しい。
マスターは、よくわからない。
古株のじいさんからは、面白い人だと聞いている。
そうこうしているうちに、荷物の話は終わったようだ。
先頭が振り返って鳴く。
俺たちも鳴き返して、降りた。
一層は明るい。
天井の苔が光っていて、地面の草まで見える。
草の匂いと、湿った土の匂い。
角ウサギが逃げていく。
追わない。
前に追いかけて半日潰した。
耳の横で鋭い音がして、棍棒が振られた。
小さい蜂が地面に落ちる。
一層にも蜂はいる。
ただし小さくて、一体で飛んでいる。
下へ行くほど大きくなって、数も増える。
『一匹』
『雑魚だ』
その日は第三層まで進んだ。
薬草を掘り、落とし穴は避けた。
途中で棍棒の奴が一体、蜂に連れ去られ、袋の奴が蜂にやられた。
前回は、ここで引き返した。
明日は、知らない場所だ。
そういえば、途中で見たことのない奴を見た。
攻撃してこなかったから、敵じゃないと思うが、皆見たことがないと言っていた。
あれは何だったのだろう。
まあいい、明日こそは知らない場所だ。
【side:ユート】
「マスター、報告です!下層に不審な子が出たそうです!」
「不審な子」
「はい!うちのじゃないモンスターだそうです!」
コアを運ぶ段取りをセラと詰めている最中だった。
侵入者か、湧いたか。
「シルヴァさんは」
「知ってるみたいです!」
「知ってる?」
「聞いたら『あらあら』でした!」
聞き方が悪い。
コア部屋を離れ、十七階層の街へ降りた。
そこには、ちょうどよくシルヴァさんがいた。
「あの、不審者の件なんですが」
「不審者?」
「侵入者かもしれないんですよね」
「うーん……」
首をかしげている。
深刻さがまるでない。
「あら、ちょうどいますわ」
シルヴァさんの目線を追うと、そこにいたのは。
「キツネ?」
そう、見たまま普通のキツネであった。
ただし、その格好を除けば、だが。
五匹いるキツネの内、三匹が盾を背負っている。
残りの二匹は袋を背負っていた。
「……袋役がいるな」
「いますわね」
「あれ、うちの奴ですか?」
「ふふ。違いますわ」
シルヴァさんが呼ぶと、キツネたちが前に整列する。
「ゲルダさんのお家の子ですわ」
「……はい?」
「昨日、いらしましたの。噂を聞いたそうで、うちの子も潜らせてくださいませんか、と」
「聞いてないんですが」
「あら。知りませんでした?」
言われていない。
絶対に言われていない。
その場でゲルダに連絡する。
『はい』
「あ、ゲルダ。お前イース北にモンスター置いてった?」
『はい、ご恩情痛み入ります』
「許可した覚えはないが」
『シルヴァさんに許可をいただきましたよ』
「……通信じゃらちがあかん。迎えにいくから待ってろ」
『かしこまりました』
ゲルダのダンジョンまで転移して、ゲルダを回収する。
宴の副産物、転移タクシーだ。
「で、シルヴァさんに許可を取ったと」
「はい。イース北はシルヴァさんに全面委任しているとお伺いしておりましたので」
間違ってない。
「俺に報告はなしか」
「した方がよかったですか?現場で片付く問題かと思っておりましたが」
言われてみれば、確かにそうだ。
「なぜこのダンジョンのことを知っていたんだ」
「宴の準備に連れてこられたゴブリンから伺いました」
連れて行った。
「さて、何か問題が?」
ない。
「ないな。予想外が重なって驚いただけだ、責めるようなことを言って悪かった」
「マスター謝れてえらい!」
「レベルの低さを突きつけるのはやめろ」
ぽんこが、人のミスをえぐってくる。
その様子を見て、ゲルダの表情が緩んだ。
「ふぅ。勘弁してください、殺されるかと思いました」
「……そんなか?」
「そんなですよ。あなたは私達の命を握っています、正直怖いです」
確かにそうだ。
「悪かった」
「マスター!謝れて──」
「それはもういい」
そうしているうちに、シルヴァさんがお茶を持ってきてくれた。
例のキツネたちも一緒だ。
「こいつら、なんで潜らせたいんだ」
「うちのダンジョンには、探索者が来ません」
「来ないのか」
「初動を間違えました。人間相手には隠れる方向で、戦争がはじまってからはダンジョンマスターとの交渉で。まともに実戦を経ていません」
ゲルダは表情を変えなかった。
「ギルドに登録されてないのか?」
「いえ、されております。しかし、モンスターもいない、何も採れないダンジョンとして放置されております」
なるほど、そういう生き残り方もあるのか。
「それで、うちに潜らせたと」
「はい。十体お願いしました」
「少ないな」
「……どれほどいけますか?」
ゲルダの目が変わる。
商人の目だ。
「シルヴァさん、どれくらいいけます?」
「そうですね、うちの子たちの枠も必要ですから……あ、でも広げていいんですものね」
シルヴァさんか顎に手を当てて考える。
「一万くらいかしら」
ゲルダが帰った翌日、レイゼルから通信が入った。
『ユート、面白い話がある』
「嫌な予感しかしない」
『ゲルダくんのところに要請が七件来ている』
七件。
『トトくんはスライムを進化させたいそうだ。バーガは「うちのは俺が強いだけだ」と言っている。あとは飛行種は大丈夫かとか、水棲生物用のルートはないか、とか』
要望が、そのまま設備の注文書になっている。
「ゲルダにまとめさせてシルヴァさんに相談させろ。俺に報告はいらん」
『了解、よかったね。これでゲルダくんにも仕事ができる』
「ぽんこ」
「はい」
「これ、全員来るんじゃないか」
「来ますね!」
シルヴァさんに声をかける。
「シルヴァさん。他のダンジョンからも来るそうです、相談に乗ってあげてください」
「あらあら」
「断ってもいいんですよ。あそこはうちのゴブリンのために作った場所です」
少し、間があった。
「マスター」
「はい」
「みんなの好きなようにさせてやるんでしたわね」
そう言って、シルヴァさんは笑った。
「お友達は多い方が、楽しいでしょう」




