第122話 イース北ダンジョン最下層の下
次の日、イース北へ飛んだ。
転移した瞬間、森の匂いが肺に入ってくる。
いつもの匂いだ。
コア部屋の前に、セラが立っていた。
「マスター。コア、異常なし。侵入者、この一月と少しでゼロです」
「ご苦労。……ずっと立ってたのか」
「持ち場です」
「そうか」
コアを取りに来た。
会談の間だけのつもりが、一月と少し置きっぱなしになっている。
「蟻の巣ダンジョンからここまで、地下に支配域の道を通した。準備が出来たら、その中をお前とアニ隊で運べ」
「地上を歩くより五日短縮できます。合理的です」
シルヴァさんは畑にいた。
土のついた手を払って、こちらを向く。
「あらあら。お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました。あと、例の件なんですが」
「ええ」
シルヴァさんが笑った。
「頼まれていたもの、できていますよ」
頼まれていたもの。
会談のため、マーレンに行く時に頼んでおいたのだ。
頼んだものは、モンスター達の教育。
ゴブリンも、蟻も自動で産まれて増える仕組みを作った。
しかし盤面が進み、いまや下位種のゴブリンや蟻では数にもならない。
育てて、進化させてはじめて前線へ送り出せる。
だが蟻の巣ダンジョンで育てようにも、あの辺は野良モンスターも強いし、人間はこない。
イース北で育ててもらおうと、お願いしていたのだ。
「勝手に増えて、勝手に育つ!不労所得です!」
「そう言うな。さすがにここまで手が広がると全体は見切れん」
「ふふふ。いいんですよ、新たな命を育むのは森の役目です」
案内されたのは、十六階層の森の端だった。
木の根がねじれて盛り上がった場所に、下へ降りる穴が開いている。
「下です」
「下?」
「探索者さんが来られる一番下の、そのさらに下ですわ」
嫌な予感がした。
「何層作りました」
「とりあえず、六階層ほど」
足が止まった。
俺が頼んだのは、ゴブリンを鍛えることだ。
そういう話だったはずだ。
降りた途端に目に入ってきたのは、街。
そして街の中心にぽっかりと開いた洞窟。
酒場で酒を飲むゴブリン。
店で武器を売るゴブリン。
そして、探索者のような格好で洞窟へ入っていくゴブリンの集団。
これは訓練場じゃない。
「ダンジョンじゃないですか」
「マスター、ここはダンジョンです。当たり前です!」
「違う」
「はい、ダンジョンを作りました。ゴブリンさんたち、探索者さんが羨ましかったんですって」
「羨ましい?」
「自分たちは探索者を殺さないように本気を出せない。でも探索者は常に本気。自分たちも本気で戦える場所が欲しい、と」
なるほど、そういやこいつらラセツみたいな奴らだったな。
「さて、では中を案内しますわ」
シルヴァさんに連れられて、中へ入っていく。
暗くはない。
天井に光苔が敷かれていて、うっすら明るい。
その光の下に、上とは別の森があった。
木が低く、下生えが濃く、地面がぬかるんでいる。
「シルヴァさん」
「はい」
「一層目に、何を置きました」
「キラービーさんですわ」
知らないモンスターが出てきた。
名前から察するにキラーアントの蜂版だろう。
これもクイーンで増えるのかな。
「マスターが喜ぶかと思って、増えるようにしてありますわ。他にも、獣型モンスター達も繁殖区画を作ってあります」
バレバレだった。
目を向けると、草むらで角ウサギが実をついばんでいて、その十歩ほど後ろの茂みが、音もなく揺れていた。
「ゴブリン、勝てるんですか」
「一対一なら勝てませんわね。勝てない相手がいないと、意味がありませんもの」
奥へ進むと、地面が赤みがかって、白い花が点々と咲いていた。
「あれは薬になる植物ですわ。駆け出しの子はあれを取って帰って食べ物と交換しますの」
「採集依頼ですか」
その先に、岩が三方を囲んだ場所があった。
焚き火の跡が残っている。
「ここは休める場所です。ただし安全地帯ではありません。本気ですから」
奥に、下へ続く穴がある。
その先も、同じような環境が続いているらしい。
一層目でこれなら、五層目は何を置いてある。
そこへ何体入って、何体帰ってこない。
相当数、人間のダンジョンとは桁違いに死ぬはずだ。
そもそも、迎撃側もダンジョンのモンスターだ、どっちが勝ってもどちらかは死ぬ。
探索者なんかより、よっぽど本気じゃないか。
「シルヴァさん。これ、いいんですか?」
「いいとは?」
「いや……倫理的にというか、気持ち的にというか」
「ふふ。マスター」
シルヴァさんは白い花のほうを見た。
「あの子が枯れると、土になります。土から次の子が生えて、その子を虫が食べて、虫を鳥が食べます。鳥が死ぬと、また土になりますわ」
「はい」
「それは不幸ではありません。自然の巡り。生きることは食べること、食べることは死ぬことです」
言い方は、いつもどおり穏やかだった。
「ゴブリンさんも、キラービーさんも、草も、微生物さんも、みんな。かわいいですし、大切ですわ。ですから森の役目は、その巡りを育むこと」
見えてるものが違う。
しかし、この人の笑顔でそう言われると、そうなんだろうと腑に落ちてしまう。
「そういうものですか」
「そういうものです」
上に戻ると、穴の縁にゴブリンが並んでいた。
八体。
装備がばらばらだ。
背中の袋を開けて、二体が中身のことで揉めている。
「あの子たちは三度目ですわ」
「三度目」
「一度目は十二体で降りて、十体戻りました。二度目は十体で降りて、八体です」
四体、帰っていない。
俺は並んでいる八体を見た。
四体帰ってこなかった隊が、三度目に降りようとしている。
命令は出していない。
シルヴァさんも出していないはずだ。
「なんで行くんだ、あいつら」
「マスター!聞いてきましょうか?」
しかし、奴らは楽しそうだ。
その姿は石を殴ってグギャグギャ言っていた、産まれたばかりのアニたちを思い出させた。
「なあ、ぽんこ」
「はい!」
「あの中からアニたちみたいのも出てくるのかな」
「あり得ますね、特殊な環境に適応した個体は種の本能から外れがちです」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
「ふふ、そうですね。アニちゃんみたいに頼りになる子に育ってくれるといいですね」
ゴブリンの先頭が振り返って短く鳴き、残りが返事をして、順番に降りていった。
「……シルヴァさん。ここ、広げられますか」
「広げられますわ」
「みんな、好きなようにさせてやってください」
シルヴァさんが、微笑む。
「わかりましたわ」
「マスター、いいんですか?」
「わからん」
俺はもう一度、穴の底を見た。
「でも、鍛えてない連中を戦場に出したら、どうせ死ぬ」




