↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/143

第122話 イース北ダンジョン最下層の下

次の日、イース北へ飛んだ。


転移した瞬間、森の匂いが肺に入ってくる。

いつもの匂いだ。


コア部屋の前に、セラが立っていた。


「マスター。コア、異常なし。侵入者、この一月と少しでゼロです」

「ご苦労。……ずっと立ってたのか」

「持ち場です」

「そうか」


コアを取りに来た。

会談の間だけのつもりが、一月と少し置きっぱなしになっている。


「蟻の巣ダンジョンからここまで、地下に支配域の道を通した。準備が出来たら、その中をお前とアニ隊で運べ」

「地上を歩くより五日短縮できます。合理的です」


シルヴァさんは畑にいた。

土のついた手を払って、こちらを向く。


「あらあら。お帰りなさいませ」

「ただいま戻りました。あと、例の件なんですが」

「ええ」


シルヴァさんが笑った。


「頼まれていたもの、できていますよ」


頼まれていたもの。

会談のため、マーレンに行く時に頼んでおいたのだ。

頼んだものは、モンスター達の教育。


ゴブリンも、蟻も自動で産まれて増える仕組みを作った。

しかし盤面が進み、いまや下位種のゴブリンや蟻では数にもならない。


育てて、進化させてはじめて前線へ送り出せる。


だが蟻の巣ダンジョンで育てようにも、あの辺は野良モンスターも強いし、人間はこない。

イース北で育ててもらおうと、お願いしていたのだ。


「勝手に増えて、勝手に育つ!不労所得です!」

「そう言うな。さすがにここまで手が広がると全体は見切れん」

「ふふふ。いいんですよ、新たな命を育むのは森の役目です」


案内されたのは、十六階層の森の端だった。

木の根がねじれて盛り上がった場所に、下へ降りる穴が開いている。


「下です」

「下?」

「探索者さんが来られる一番下の、そのさらに下ですわ」


嫌な予感がした。


「何層作りました」

「とりあえず、六階層ほど」


足が止まった。

俺が頼んだのは、ゴブリンを鍛えることだ。

そういう話だったはずだ。


降りた途端に目に入ってきたのは、街。

そして街の中心にぽっかりと開いた洞窟。

酒場で酒を飲むゴブリン。

店で武器を売るゴブリン。

そして、探索者のような格好で洞窟へ入っていくゴブリンの集団。


これは訓練場じゃない。


「ダンジョンじゃないですか」

「マスター、ここはダンジョンです。当たり前です!」

「違う」


「はい、ダンジョンを作りました。ゴブリンさんたち、探索者さんが羨ましかったんですって」

「羨ましい?」

「自分たちは探索者を殺さないように本気を出せない。でも探索者は常に本気。自分たちも本気で戦える場所が欲しい、と」


なるほど、そういやこいつらラセツみたいな奴らだったな。


「さて、では中を案内しますわ」


シルヴァさんに連れられて、中へ入っていく。


暗くはない。

天井に光苔が敷かれていて、うっすら明るい。

その光の下に、上とは別の森があった。

木が低く、下生えが濃く、地面がぬかるんでいる。


「シルヴァさん」

「はい」

「一層目に、何を置きました」

「キラービーさんですわ」


知らないモンスターが出てきた。

名前から察するにキラーアントの蜂版だろう。

これもクイーンで増えるのかな。


「マスターが喜ぶかと思って、増えるようにしてありますわ。他にも、獣型モンスター達も繁殖区画を作ってあります」


バレバレだった。


目を向けると、草むらで角ウサギが実をついばんでいて、その十歩ほど後ろの茂みが、音もなく揺れていた。


「ゴブリン、勝てるんですか」

「一対一なら勝てませんわね。勝てない相手がいないと、意味がありませんもの」


奥へ進むと、地面が赤みがかって、白い花が点々と咲いていた。


「あれは薬になる植物ですわ。駆け出しの子はあれを取って帰って食べ物と交換しますの」

「採集依頼ですか」


その先に、岩が三方を囲んだ場所があった。

焚き火の跡が残っている。


「ここは休める場所です。ただし安全地帯ではありません。本気ですから」


奥に、下へ続く穴がある。

その先も、同じような環境が続いているらしい。


一層目でこれなら、五層目は何を置いてある。

そこへ何体入って、何体帰ってこない。

相当数、人間のダンジョンとは桁違いに死ぬはずだ。

そもそも、迎撃側もダンジョンのモンスターだ、どっちが勝ってもどちらかは死ぬ。


探索者なんかより、よっぽど本気じゃないか。


「シルヴァさん。これ、いいんですか?」

「いいとは?」

「いや……倫理的にというか、気持ち的にというか」

「ふふ。マスター」


シルヴァさんは白い花のほうを見た。


「あの子が枯れると、土になります。土から次の子が生えて、その子を虫が食べて、虫を鳥が食べます。鳥が死ぬと、また土になりますわ」

「はい」

「それは不幸ではありません。自然の巡り。生きることは食べること、食べることは死ぬことです」


言い方は、いつもどおり穏やかだった。


「ゴブリンさんも、キラービーさんも、草も、微生物さんも、みんな。かわいいですし、大切ですわ。ですから森(わたし)の役目は、その巡りを育むこと」


見えてるものが違う。

しかし、この人の笑顔でそう言われると、そうなんだろうと腑に落ちてしまう。


「そういうものですか」

「そういうものです」


上に戻ると、穴の縁にゴブリンが並んでいた。

八体。

装備がばらばらだ。

背中の袋を開けて、二体が中身のことで揉めている。


「あの子たちは三度目ですわ」

「三度目」

「一度目は十二体で降りて、十体戻りました。二度目は十体で降りて、八体です」


四体、帰っていない。


俺は並んでいる八体を見た。


四体帰ってこなかった隊が、三度目に降りようとしている。

命令は出していない。

シルヴァさんも出していないはずだ。


「なんで行くんだ、あいつら」

「マスター!聞いてきましょうか?」


しかし、奴らは楽しそうだ。

その姿は石を殴ってグギャグギャ言っていた、産まれたばかりのアニたちを思い出させた。


「なあ、ぽんこ」

「はい!」

「あの中からアニたちみたいのも出てくるのかな」

「あり得ますね、特殊な環境に適応した個体は種の本能から外れがちです」

「いや、そういうことじゃなくてだな」

「ふふ、そうですね。アニちゃんみたいに頼りになる子に育ってくれるといいですね」


ゴブリンの先頭が振り返って短く鳴き、残りが返事をして、順番に降りていった。


「……シルヴァさん。ここ、広げられますか」

「広げられますわ」

「みんな、好きなようにさせてやってください」


シルヴァさんが、微笑む。


「わかりましたわ」

「マスター、いいんですか?」

「わからん」


俺はもう一度、穴の底を見た。


「でも、鍛えてない連中を戦場に出したら、どうせ死ぬ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ダンジョンの中に町があって更に町に住むゴブリン用のダンジョンがあるって、まるでAIの中に仮想空間があってそこでロボットが自律的に進化していくみたい。しかもダンジョンの難易度は人間用のダンジョンよりも高…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。