第118話 オルレアス
次の日。
マスター達を家まで送り、一息つく。
勢いで集めたが、みんなの留守中に何事もなくて良かった。
その日のうちに、俺たちはグランツの部屋を漁った。
コア部屋の隣に、部屋が一つ。
その中には机が一つあり、壁一面の棚には木箱が並んでいる
その中に紙が詰まっていた。
「すごい量だな」
「商人だからね。何を誰にいくらで渡したか、全部残す」
俺が箱を運び、ぽんこが開け、レイゼルが読む。
そしてレイゼルの横には、ゲルダがいる。
ゲルダ。
トトに続いて二人目にうちの従属になったマスター。
背の高い女性で、歳は三十半ばに見える。
髪をきっちり結い上げた、女商人。
古参の一人だが、今まであまり接点はなかった。
しかし、昨日の宴で話しているうちに、売り込みをかけてきた。
もう少し、中枢の仕事に関わらせて欲しいという。
それならば、と今回残ってもらったのだ。
「マスター。飲み会で人事が決まるのは古き悪習です!」
「まあまあ、ぽんこくん。彼女は優秀だよ、それに信頼できる人物だ」
「はい。レイゼルには何度無茶ぶりをされたか。それに、裏切りを誘発する罠も何回も仕掛けられました」
「レイゼルさん!なにやってるんですか!ゲルダちゃんが可哀想です!」
「ぽんこ、お前どっちの味方だ」
「私は弱き民の味方です!」
「急に壮大になったな」
とにかく、ゲルダに手伝ってもらい、グランツの残した書類を整理していくことにした。
グランツを生け捕りにできなかった以上、情報はここにしかない。
「なあ、これ何が書いてあるんだ」
「借用書だよ」
「誰の」
「トトくんの」
覗き込んだ。
数字が並んでいる。
「……なんだこの利子」
「えげつないね」
「一年で元本の十倍になってるぞ」
「なってるね」
トトが言っていた。
気付いたら利子で大変なことになっていた、と。
「これ、始めの契約がおかしいですね。取り決めた月々の返済額より、利子の方が大きいです」
書類を覗き込んだゲルダが言う。
「『例外条項ノ二、返済額は当初の取り決めの通りとし、個人の瑕疵や罰則による返済額の増額は認めない。ただし契約違反による一括返済の求めはこれに該当しない』、綺麗ごとを言う気はないですが、さすがにこれは品位を疑います」
罰則による返済額の増額は認めない、一見トトに有利な条件に見えるが……
「この借金は返すことは不可能です。返済額が利子よりも少ない以上、返済の増額が禁じられては返しようがありません」
気付いたら、じゃない。
はじめから、縛る気しかなかったってことだ。
俺は借用書を箱に戻した。
それから一時間ほどして、ゲルダの手が止まる。
「ユートさん」
「なんだ」
「東との書簡を見つけました」
差し出されたのは、一通の書簡だった。
「読んでくれ」
「支援の受領書です。DPと、モンスターと、人手の提供。運搬の履歴を見ると、送り元は東方です」
俺は書簡を見た。
見てもよく分からない。
「東と組んでたってことか?」
「ちょっと待ってください」
「こっちにもあったよ」
レイゼルが声をあげる。
その手には一枚の紙が握られていた。
「返信の下書きだね。出したかどうかは分からない」
「なんて書いてある」
レイゼルが読み上げた。
「ご支援は有難く頂戴いたしますが、臣従のお申し出については、幾度いただきましても同じ返答となります」
「断ってるのか」
「断ってるね。何度も誘われて、何度も断ってる」
俺は椅子に座った。
金は取る、人手も取る、だが自分は自分でやる。
「あいつらしいな」
「そうだね」
「じゃあ、俺を殺そうとしたのは」
「彼の判断だね。殺した後に寝返るつもりだったのかもしれない」
その辺りはもうわからない。
しかし、東の手先という訳ではなさそうだった。
「レイゼル。東は、何をしたんだ」
レイゼルは書簡を机に置いた。
「金を渡した。人を貸した。それだけだ」
「それだけか」
「それと、私に見せるものを作り上げた」
グランツは自分の判断で動いて、レイゼルは自分の頭で読んで、それぞれが自分で選んだ。
しかし、東はそれを上から見ていた。
「……あいつが死んで、東は何か損したのか」
「してないね。金を渡した相手が一人減っただけだ」
俺は天井を見た。
半年ぶんの手間をかけて、命を賭けて、南を取った。
取った相手は、東にとって取引先の一つでしかなかった。
「面白くないな」
「面白くないね」
レイゼルが、箱の底からもう一枚を引き出した。
「これで最後だ」
「なんだ」
「差出人の名前だよ。ずっと『王』としか書いてなかったんだけどね」
レイゼルの手が止まった。
止まったまま、動かなかった。
「おい」
「……嘘だろう」
こいつがこんな声を出すのを、俺は初めて聞いた。
「リシウス……王……ああ、そういうことか!なぜ気付かなかった」
「リシウスじゃないのか?」
レイゼルは紙から目を離さずに答えた。
「……オルレアス」
「オルレアス?」
ふとゲルダの方を見ると、いつも澄ましているその顔が、苦く歪んでいた。
「……オルレアス。伝説の……統一王の名前さ」




