第115話 交渉と罠
俺の命令を遮り、レイゼルが話し始める。
「君たち、グランツのモンスターだね。グランツはいい主かい?」
「おい、レイゼル!」
レイゼルをたしなめるが、奴は止まらない。
「まぁまぁ、話合いで解決できることは、話合いで解決すべきだよ」
その言葉に、先ほど叫んだ者が口を挟む。
「おい。グランツ様を離さないなら、こいつは殺す。交渉が通じると思うな」
立場はわからないが、この場でのリーダーのようだ。
「もう一度聞くよ。グランツはそんなにいい主だったのかい?利害関係を超えて?死んででも守りたいほど?」
「……脅しか」
「いやいや、提案さ。私たちはグランツを殺す。しかしコアは壊さない。そうするとどうなると思う?」
その言葉に、グランツの表情が変わる。
そして、グランツのモンスター達に明らかに動揺が走っている。
多分、念話で何か指示を出している。
「ああ、グランツの言うことは一旦置いておいてくれ。君たちはグランツを人質にとられて、下手な真似が出来ないんだ。別にグランツへ刃向かっている訳じゃない。そうだろ?」
「……」
奴らが、聞く態勢に入った。
「単刀直入に言おう。グランツを殺して、君たちにダンジョンを管理してもらいたい」
「そんなこと……」
「権限を委譲されている者はいるかい?いなくても大丈夫だ。従属コアにしてしまえば、親は子の管理権限を委譲できる。グランツは死に、ダンジョンは残り、君たちは自分たちのダンジョンを守れる。誰も損をしない」
レイゼルの提案に、異議を挟んだのは、俺だった。
「まて、レイゼル。そんなこと出来るのか?」
「君ね……まぁいい、せっかくだから説明しようか。さてユート、コアを壊されるとダンジョンはどうなる?」
「死ぬ。モンスターの再生成はされなくなり、名付け幹部は消える。生成済みのモンスターと地形は残り、モンスターは自然繁殖しなければ追加されない」
「正解。ではマスターが死ぬとどうなる?」
マスターが死ぬと……何も起きない。
「……マスターがいなくても、ダンジョンは問題ない?」
「どうだい?ぽんこくん」
「はい!運用だけならマスターは不要です!マスターの主な役割はダンジョンの舵取り。ヴィジョンや方向性を示すのが経営者、もといマスターの役目です」
社長がいなくても現場は回る。
ましてや、子会社であれば大切な意志決定は親会社がすれば済む話だ。
「なるほど……よし、それで行こう」
俺たちの話を聞いていたグランツのモンスターたち。
先ほどとは明らかに表情が違った。
「とはいえ、君たちからしたら私たちがそれを守る保証がない。重要な決断だ、簡単には決められないだろう」
そう言いながらレイゼルは歩きだす。
そして、机の上に置いてあった紙切れの前にたどり着き、その紙を手に取った。
「だから、これを使おう」
契約陣。
俺とグランツの契約のために用意されたもの。
しかし、その契約は結ばれることなく、戦場の真ん中で待っていた。
「契約陣を書き換える。内容は君たちの安全の保証、およびダンジョンの管理権限の委譲。ただし、条件は君たちがユート陣営へ危害を加えないこと、それが守られない場合、無効となる」
レイゼルが契約内容を書き換える。
そしてその紙を持って、俺の前に。
奴らにもよく見えるように、持ってくる。
「さあユート。契約を」
奴らの意見は聞かない。
お膳立てをして、なし崩しに懐柔するつもりだろう。
契約内容をよく見ると、この契約は俺たちの行動を縛るためだけのもの、相手の行動はキーであって向こうの行動を縛るものではない。
この契約は、俺だけで成立する。
「わかった」
契約陣に手を伸ばす。
先ほどとは違い、慎重に。
そして、契約陣に手が触れエーテルが引き出される感覚。
直後、激痛が走った。
「がっ……!」
何が起きたかわからない。
全身に電気が流れたかのような痛みが走り、身体が硬直する。
身動きが取れない。
痛みでではない、物理的に拘束されているような感覚。
クソっ……!レイゼルか……!
動かない視界の端でレイゼルを見る。
しかし、レイゼルも困惑の表情を浮かべている。
だったら……
グランツのモンスターたちは動いていない。
グランツは見えない、しかし音を聞く限り何かが起きている様子はない。
数秒後、痛みが引き硬直が解ける。
なんだったんだ。
辺りを見回すが、変わった様子はない。
グランツも拘束されたままだ。
「……レイゼル、どういうことだ」
「もう大丈夫かい?異常は?」
「とりあえずない。それより何が起こった」
「ちょっと待ってくれ。君は周りを警戒しておいて」
そう言ってレイゼルは契約陣を調べ始める。
数分後。
「多分、契約陣が原因だ。詳しいことは私にはわからない。だけど契約陣に何かが仕掛けられていた」
グランツの用意した契約陣。
本来であれは、グランツとの契約に使うはずのもの。
予定通りに進めば、契約の瞬間、グランツの目の前で先ほどの硬直が起こったはずだ。
「罠か」
「多分。こちらがやった騙し討ちをもっと確実な手段でやるための、ね」
そうだろうとは思っていたが、やはり向こうもやる気だったようだ。
「さて、とはいえピンチは乗り切った。契約自体は成立しているよ」
レイゼルの声が変わる。
そして、グランツのモンスターたちへ向き直って続けた。
「君たち、おめでとう。契約成立だ。これで君たちの安全は確保された。アニくんを解放してもらおう。いや、グランツを殺す方が先かな?」
レイゼルに問いかけられたモンスターたちの反応は、先ほどまでと違っていた。
「……契約陣を見せろ」
「いいよ。はい」
リーダー格のモンスターに契約陣を渡す。
契約の内容と、成立を確認し他のモンスターたちへ目配せをした。
他のモンスターたちは皆、頷いてみせる。
「……わかった。安全が確保されたらこいつを離そう」
落ちた。
「ふふふ。君たちの決断に感謝するよ、ありがとう」




