第114話 契約
俺たちは昨日と同じ時刻に会議室へ入った。
これまた昨日と同様に、床を抜いて二百体を上げる。
机の中央に、一枚の紙が置かれている。
縁に金の線。
円上の細かい図形の中に、契約内容がそのまま書かれている。
光の角度で、図形の線が浮いて見えたり沈んで見えたりした。
なるほど、これが契約陣か。
「昨日の条件を、そのまま書き起こしました」
そうグランツが言うと、レイゼルが読んで紙を置いた。
「問題ありません」
「ではご署名を。ユート様から」
『マスター』
アニの声が、頭の中に響く、念話だ。
『扉の右、二番目。窓際の背の高いの。あんたの正面の女、息が浅い。やる気だ』
グランツが机の中央まで紙を押し出した。
「手を触れて、魔力を流していただくだけで結構です」
この陣の中心に、手を触れれば後は自動でやってくれるらしい。
俺は、契約陣へと手を伸ばす。
ふと見ると、グランツがあの目で俺を見ている。
それはまるで、俺の考えを見透かそうとしているようで……ああ、そうか。こいつ、俺が攻撃の号令を出すのを見張ってるのか。
俺が手を止めるか、目配せをするか、口を開くか。
どれか一つでも出れば、その瞬間に自分が先に動くつもりでいるのだろう。
俺は、少し面白くなり、何も考えずに紙の上まで下ろした。
「行け!」
それは、アニの声だった。
グランツの視線が、一度、俺の顔を通過した。
俺じゃない。俺の後ろだ。
そこで一拍、遅れた。
窓際に立っていた六人が、横から突っ込んできたゴブリンに壁へと押し込まれる。
そこに戦機が身体を詰めた。
扉の前も同じだった。
扉に寄っていた七人へ、ゴブリンが二十体でぶつかった。
戦うのではなく、押しのける。
「窓と扉、死んでも守れ!」
出させない。
一人でも街に出たら、こちらも向こうも終わる。
「——やれ!」
グランツの号令が飛んだ。
遅い。
この一拍で、汎用戦機の突破エディションが十体、横一列で走っていた。
肩から腕から脚まで一回り厚い機体が、間隔を詰めたまま部屋を横切る。
避けようとした五人が、避けきる前に壁まで運ばれた。
五体が動かなくなる。
「二列目、続け!」
そこからは、あまり覚えていない。
覚えているのは、声だけだ。
「右だ」
「押されてる。後ろへ回れ」
「窓は死守しろ。取られたら終わりだと思え!」
アニの声が、途切れずに続いていた。
初手で十一体を落とした。
それでも三十九体が残っていて、その三十九体がこちらの二百体を押し返している。
数の話じゃない。一体ずつが、うちのモンスターたちより強い。
正面からやっていたら、負けていたかもしれない。
「マスター!突っ込め!」
「は?」
「右前!走れ!」
考えなかった。
アニの指示には考えないで従え、と俺が決めた。
俺は走った。
右前に何がいるのかも見ていない。
見る前に飛び出した。
正面から何かが来た。
避けようとして、避けられなかった。
腹に何かが激突し、身体が浮いて、背中から壁に当たった。
息が止まった。
腹を見る。上着が裂けて、血が出ている。
身体は繋がっていた。
俺を殴った男が、俺を見ていた。
自分の腕が止まったことが、理解できていない顔だった。
その横から、汎用戦機が雪崩れ込む。
三体で囲んで、まとめて潰した。
「よし!次!左だ!」
「おい」
俺は壁から身体を起こした。
「今の、囮だろ」
「囮だ」
「一言くらい言え!」
「あんたが言ったんだろう!言われれば突っ込むと!」
そのとおりだった。
「左!行け!」
「くそっ」
三度目でようやく合点が行った。
アニは俺を、動く壁として使っている。
俺の耐久力なら、まず死なない。
確かに俺を活用するなら最良の手だ。
「マスター!そこで立ってろ!」
「立ってるだけかよ!」
「倒せるなら倒せ!」
試しに殴ってみたら、空振りして汎用戦機を破壊した。
当たれば強いらしい。
「マスター!攻撃だけ叩き返せ!あんたの力ならそれで十分だ!」
戦力外通告かと思ったが、殴られた後に腕をはたき落とすだけで敵の腕が吹っ飛んだ。
こりゃいい。
調子に乗って、敵の腕を叩き落としていたら声をかけられた。
「ユート様!」
グランツが机の向こうで立っている。
「まだ間に合います。ここで手を引けば、あなたに損はない。……いや、条件をもう一段、譲りましょう。税の半分は要りません。相談役の座だけで結構です。ここで引けば、責は問いません」
「はっ。お前だってやる気だっただろ。そういう目をしてたぜ」
「何をおっしゃいますか。私は最大限ユート様を立てたつもりでございます。そのような勘ぐり、正直なところ不快ですな」
グランツはそう言いながら、懐に手を入れる。
「出させるな!」
アニの声。
汎用戦機がグランツへ飛びかかる。
その瞬間。
「くそっ……!」
アニの元へ、全ての敵が突撃していた。
「アニ!」
グランツは汎用戦機に取り押さえられる。
しかし、逆にアニも敵に取り押さえられる。
懐に手を入れたのは合図だったのだろう。
「この者の命が惜しければ兵を引け!グランツ様を離せ!」
アニを取り押さえた者の一人が叫んだ。
グランツは全身羽交い締めにされ、動けない。
しかし、念話がある。
アニが急所だと読み、そこを突いてきた。
アニは指揮官だ、戦闘力はそれほど高くない。
あれだけの人数に取り押さえられては、どうにもならないだろう。
アニはうちに必要な男だ。
グランツなんかとは釣り合わない。
「汎用戦機……グランツをはな——」
「待った」
声を上げたのは、レイゼルだった。




