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第112話 首脳会談

会談当日。

会議室は、思っていたより広かった。

会議室というよりは、ちょっとしたホールだ。

大きな窓が三つ、扉は今入ってきた一つだけ。


広間の中央には、六メートルはあろうかという長机が一本だけ置かれていた。

その机の、手前の端に一人の男が座っている。


先に着いていたのは、向こうだった。

この世界に上座下座の概念があるのか、確認しておけばよかったな。


机の周り、座っている男の側を囲むように人間が立っている。

五十人はいるだろう。

若い男、老いた男、女、子どもの背丈のもの。

服装はばらばらで、商人にも職人にも旅人にも見える。

しかし、当然人間でないはずだ。


「ユート様。ようこそ」


グランツが立ち上がった。

小柄な男だった。

白いものが混じった髪を短く刈って、灰色の上着を着ている。

しかしその風貌に似合わず、目だけが力強い。


「そちらは、お三方だけで」

「ああ」

「これは失礼を。人数の釣り合いが取れておりませんな」


言葉は丁寧だ。

しかし丁寧なだけで、意味は別だろう。

この街には人に化けられるものしか入れない。

うちは五十人連れてこられる。そちらは三人。

会う前から、勝負はついている。

と、言いたいのだろう。


俺は椅子を引かずに、床を見た。


「ぽんこ」

「はい!」


床が開いた。


音はほとんどしなかった。

石畳がふわりと浮かび、横へずれ、そこに開いた穴から、順番に上がってくる。

汎用戦機にゴブリン上位種。

一体ずつ、静かに、机の反対側に沿って並んでいく。

部屋に入りきらないぶんは、床下で待っている。

なにせ、あと五百体いる。


そして最後にアニが上がって来たのを確認し、言う。


「失礼。人数の釣り合いが取れてませんでしたね」


相手の五十人が、動かなくなっていた。


「なに、こう見えて工事は得意なんです。出るときに綺麗に直しますよ」


返って来たのは、沈黙だった。


やがて、グランツが笑い出した。

俺には、本当に笑っているように見えるが、実際のところはわからない。


「これは、これは」


まだ笑っている。


俺は椅子を引いて、座った。

レイゼルが隣に、ぽんこが後ろに立った。

アニは俺の背後、穴の縁に立ったまま動かない。


「お座りください、グランツさん」

「ええ。ええ」


グランツは目尻を拭いながら座った。


「久しぶりに、してやられました」


会談が始まった。


最初の三十分は、何も進まなかった。

グランツは南の話をした。

街道の治安の話、モンスターの話、小さなマスターがいかに困っていたかという話。

自分がどう間に立ってきたかという話。

レイゼルはそれを聞き、時々短く事実を確認した。


「その調停で、あなたに残ったものは」

「仲間でございます」

「貸しでは」

「いえいえ、あえて言うなら信頼ですかな」

「私は違うと思いますが」

「なるほどなるほど」


俺は口を挟まなかった。

挟む場面がなかった、というほうが正しい。

二人が話しているのは、俺が聞いても判断できない領域だった。


一時間が過ぎた頃、グランツが茶を頼んだ。

壁際の一人が動いて、湯を運んできた。


「ユート様。一つ、お伺いしてもよろしいですか」

「なんだ」

「あなたは、何がお望みですか」


レイゼルを見る。

止めないということは、答えていいということだ。


「南」

「はいはい、その先は」

「東を取る」

「でしょうな。それで、その先は」

「……」


その先を、俺は考えていなかった。


最後の一人になるまで続く戦争だと聞かされて、そのために走ってきた。

走っている間は、走ることが目的になる。

考える暇がなかった、というのは言い訳だ。

考えたくなかった。


「私はね、ユート様」


グランツは茶を一口飲んだ。


「南の管理者たちに、生きていていただきたいのです」

「鎖をつけてか」

「鎖をつけてでも、です」


あっさりと認めた。


「縛らねば、彼らは死んでおりました。あの者たちは、戦えばまず勝てません。勝てない者を勝負の場に出さないためには、動けなくするしかない」

「DPを取ってるだろ」

「取っております。ただの慈善ではやっていけませんので」


言い分は通っている。

通っているように聞こえる。

さっきから、ずっとそうだった。


「では、条件を詰めましょう」


レイゼルが言った。


そこからは早かった。


グランツの傘下にある七人のコアは、すべて俺に譲る。

グランツ本人は従属コアにならない。

グランツからは税を取らない。

七人から取る税は、半分をグランツに納める。

そしてグランツは、俺の陣営の相談役に就く。


「相談役?」


俺が訊き返すと、グランツは頷いた。


「運営に口を出させていただきたい。決定権は要りません。意見を申し上げる場と、それが議事に残ることだけで結構です」

「口を出すだけか」

「はい。口を出すだけです」


レイゼルを見た。


「妥当だね」


短く言って、それだけだった。


七人のコアが全部こちらに来る。

あの男の手元には何も残らない。

その代わり、税の半分が入り続けて、こちらの運営に口を出せる。

金と、発言の場。


負けた立場でそれを得るのは、悪い条件じゃない。


「約束の保証は、契約陣で行いましょう」


グランツが言った。


「契約陣?」

「魔法の契約書だよ」


レイゼルが説明してくれる。


「商人や貴族が使う魔導具だ。魔力を流して署名すると、内容が固定される」


おお、魔導具。

話には聞いていたが見るのは初めてだ。

探索者たちが、せっせと持ち帰った魔石がこれになる。


「破ったら」

「破れないんだ。そういう魔導具だからね」


「七人のコアの譲渡は、契約を結んだ後に、管理機能で処理いたします」

「順番が逆じゃないのか」

「先にコアをお渡ししてしまえば、私には何も残りません」


もっともだった。


日が傾いた頃、話がまとまった。


「契約は明日でよろしいですか。契約陣を用意させますので」

「構わない」

「では、明日の同じ時刻に」


グランツが立ち上がって、頭を下げた。


「本日はありがとうございました。正直に申し上げて、ほっとしております」


五十人が出ていった。


床の穴を、蟻に塞がせた。

石畳を戻して、目地を埋めて、二時間もかからなかった。

言ったとおり、綺麗に直した。


「勝ったよ」


レイゼルが背もたれに沈んだ。


「あの男を殺さずに、南を全部取った。戦えば半年はかかった。それを一日で終わらせた」

「そうだな」

「東に行かれる前に、間に合った」

「ああ」


俺は机を見ていた。

茶が二つ、飲みかけのまま残っている。


「なあ」

「なんだい」

「なんかおかしくないか」

「おかしい?」

「いや」


変なところはなかった。

一つもなかった。

グランツの言い分は筋が通っている。

レイゼルの詰め方も正確で、条件は妥当で、全てに納得する理由があった。

聞いていて、引っかかるところが一つもなかった。


「レイゼル」

「うん」

「お前、あいつのこと、どう見た」

「面子の男だね」


即答だった。


「南の調停者という看板を、あの人は捨てられない。何年もかけて作ったものだ。東に降れば、その看板は東のものになる。リシウスはグランツの面子なんか立てない」

「だからこっちに来た、と」

「そう。こちらは看板を残すと言った。相談役ってのは、そういうことだよ」

「損得じゃなくてか」

「損得もあるさ。でも一番大切なのは面子だよ」


レイゼルは立ち上がって、伸びをした。


「明日で終わる。長かったね」


俺は返事をしなかった。


引っかかっていた。

何がと言われると、答えられない。

グランツが変だったわけじゃない。

条件が変だったわけでもない。


説明が通りすぎる。


あの男が何を言っても、何をしても、レイゼルの説明の中に収まっている。


「ユート」


レイゼルが呼んだ。


「明日、契約だ。今夜は寝ておきなよ」


その夜、俺は眠れなかった。

その代わり、一つの結論にたどり着いた。

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― 新着の感想 ―
レイゼル、何かユートに説明していないことがあるような。あやしい。それが何かはわからないけど。グランツとレイゼルはグルなのか。それともユートもグランツもレイゼルの手のひらの上なのか? あるいはグランツが…
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