第110話 王へ至り得る者
「アニさん!今日からマスターはアニさんの配下です!」
ぽんこが高らかに宣言した。
アニは俺を見て、それからぽんこを見て、最後にもう一度俺を見た。
「……冗談だよな」
「本気だ」
「断る」
早い。
「お前の指揮強化は、範囲内の配下を底上げする。俺が配下になれば乗る。DP は一切かからない。二十日で百万ぶんの強化は無理でも、これならタダだ」
「やりたいことは分かってる」
「じゃあ」
「分かった上で断ってる」
アニは腕を組み、続ける。
「俺がマスターを配下に置く。それは、俺があんたを動かせるってことだ」
「そうなるな」
「軍を預かってる俺が、陣営の頭を動かせる状態を作るのか」
そこか。こいつが気にしているのは、序列とか気分の話じゃない。
「俺たちの方針はあんたが決めてる。攻めるか退くか、誰を殺して誰を残すか、全部だ。俺はその通りに軍を動かしてきた。俺が決めるようになったら、それはもう俺の陣営だ」
正しい。
こいつは正しいことを言っている。
しかし、その懸念は不要だ。
「なあ、アニ。俺の前の世界に、こういう決まりがあった」
「なんだ」
「工事現場だ。建物を建てる場所に、責任者がいる。現場を仕切ってる奴だ」
アニが眉を寄せた。
話が飛んだと思ったんだろう。
「そこに、会社の一番偉い奴が視察に来る。現場の責任者より、ずっと格上だ」
「ああ」
「その偉い奴も、現場に入ったら責任者の指示に従う。ここは危ないから立つな。保護具を被れ。そこには入るな。全部聞く」
「聞かなかったら」
「責任者は、その偉い奴を現場から追い出せる。実際に追い出す権利がある」
アニが少しだけ姿勢を変えた。
聞いている顔だ。
「じゃあ現場の責任者の方が偉いのかっていうと、違う。その現場をやめるかどうかは、偉い奴が決める。責任者は決められない。工事そのものを止める権限は、現場にはないんだ」
「……つまり」
「範囲だ」
俺は指を一本立てた。
「お前が持つのは、会談の場での俺の身体の指揮権だ。伏せろ、下がれ、逃げろ。戦え、突っ込め、自
爆しろ。全部従う。お前が判断したら、俺は考えずに動く」
もう一本立てる。
「ただし、うちの方針決定は俺のままだ。グランツと組むか潰すか、税をいくら取るか、俺の命をどう使うか。そこにお前の指揮権は届かない」
アニが鼻を鳴らした。
「マスターの命……あんたが決めても、現場ではあんたは俺の命令に従うって言った。俺が間違えたらどうする、あんたの方針を無視したら」
「従うさ」
「なら意味がねぇ」
「お前は間違えないし、俺の方針を無視しない。じゃなきゃ俺だって配下になんて入らない」
沈黙。
アニが長く息を吐いた。
「……期限は」
「会談の日だけだ。安全圏に入ったとお前が判断したら配下から抜け」
「安全圏に入るまで、だな」
「ああ」
「作戦中にあんたが死んだら?」
「その時は全部お前のもんだ。好きにしろ」
「縁起でもない」
アニは腕を解いて、俺の前に立った。
「一つ、聞かせろ」
「なんだ」
「殺されるつもりで行くのか」
「まさか」
「なら、生きて帰れ」
一拍おいて、続けた。
「それが指揮官としての命令だ」
その命令をきっかけに、システムにも認められたらしい。
俺の目の前にウインドウが立ち上がる。
【個体『アニ』の指揮下に、迷宮管理者が編入可能になりました】
しかし、表示はそれだけで終わらない。
一文字ずつ、確かめるように続きが表示されていく。
【リージョン 3 にて例外処理を確認……完了しました……固有事例審議……許可されました】
表示が完了した瞬間。
アニの身体が光とともに、一瞬ぶれ、収まる。
【個体『アニ』に個体固有スキルが発現しました】
【個体固有スキル:王へ至り得る者】
「……なんだこりゃ」
「スキルです! アニさんの、アニさんだけの!」
ぽんこが両手を上げた。
「効果は指揮系スキルの倍化です! 強化率が二倍になります!」
「倍」
「倍です!」
「これはあれか?俺がアニの配下になったから発現したのか?」
「多分そうです。普通やらない行動をすると管理 AIが新しいシステムを構築し、適用することがあります」
「普通やらない行動」
「システムハック型ダンジョンマスターの面目躍如ですね!」
俺は表示された名前をもう一度読んだ。
王へ至り得る者。
「至り得る、って。回りくどいな。ずいぶんと先は長そうだぞ、アニ」
「王……」
「いいんじゃないか。お似合いだぞ、王」
「……やめろ」
アニがそっぽを向いた。
レイゼルが小さく口笛を吹いた。
「面白いね。私も一つ、いいことを知ったよ」
「なんだ」
「君の陣営は、まだ底が見えない」




