第109話 会談準備
レイゼルに俺の服装を指摘された。
確かに、俺は地球で着ていた服のままだ。
「言っておくけどその格好でみんな気付いているよ。君が普通の人間じゃないって」
「なるほど」
そういえば、初めて殺された時もこの格好で怪しまれたのだった。
「まあ、服はどうにかするとして……」
行くと決めた。
決めた以上、留守にする間の話をしなければならない。
「コアは置いていけない」
俺が言うと、レイゼルは頷いた。
「そうだね。君が会談に出ている間は、こっちの指揮系統が弱くなる。狙うならその日だ」
蟻の巣ダンジョンは要塞のつもりで作った。
だが、まだ作りかけだ。
深層までの森と、あの人がいる、あの場所には勝てない。
「シルヴァさんのところに置く」
「賛成だよ。あそこを一日で抜ける戦力は、そういない」
「セラ。運べるか」
「可能です」
セラの返事は、いつもどおり事実の確認だった。
「中枢防衛形態へ移行し、格納庫に収めて運搬します。ただし、徒歩になります」
「どれくらいだ」
「十日前後かと」
コアは転移で送れない。
俺自身はダンジョンの間を飛べても、コアもモンスターも連れていけない。
運ぶなら歩くしかない。
「一月後にしよう」
俺はグランツに繋いだ。
三日目の朝だった。
『お待ちしておりました』
「行く。ただし一月後だ」
『ずいぶん先ですな』
「準備がある」
『結構です。私も支度がございますので。では、一月後に』
セラが出発した。
コアを収めた球体を六本の脚で水平に支えたまま、森へ向かって歩き出していく。
「気をつけろ」
「最優先事項はコアの存続。理解しています」
「そういう話じゃない」
「……了解しました」
セラは少しだけ間を置いて、それから歩いていった。
十日後、俺はイース北へと飛ぶ。
転移した途端、森の匂いがいっぱいに広がる。
この匂い、ひさしぶりだ。
木々の間から光が落ちている。
シルヴァさんは畑にいた。
「あらあら。お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
その言葉に、シルヴァさんの顔がほころぶ。
「セラちゃんは先ほど着きましたわ」
シルヴァさんは土のついた手を軽く払って、こちらへ来る。
「一月後に、南で人と会います。その間、コアをお願いしたくて」
「聞いています。人間の街へ行かれるとか」
止められるかと思った。
しかし、続いた言葉は予想外のものだった。
「お召し物は、どうなさいます」
そこか。
「そんなに変ですか?この服」
「あら、個性的でいいと思いますよ。でも人間の街では目立ちますわ。探索者の方に頼んでみましょうか。ちょうど、アウル村にリオンさんたちがいらしていますよ」
「……あいつらに、俺の服を選ばせるんですか」
「よくお似合いになると思いますわ」
「じゃあ、頼みます。ああ、あとシルヴァさんにお願いがあるんですが……」
数日後、届いた包みの中身は、麻のシャツと厚手の上着と、革の帯だった。
添えられた紙には、カークの字で一行だけ書いてあった。
『リオンとエルノが中級探索者になった。落ち着いたら顔を出せ』
おお、あいつらも中級か。
色々と話したいこともある、アウル村やシルヴァさんとの関係も気になる。
しかし、今はそれどころじゃない。
マーレンまでの道は、地下を行くことにした。
「マーレンの街までは六百キロメートル!支配域化は3×3メートルで1DPですから、20万DPで道が通せます!」
ぽんこが試算を出す。
今のうちの財政としては、払えない額じゃない。
蟻の巣ダンジョンから南へ支配域を細く伸ばし、街の手前で止める。
蟻に掘らせたら数ヶ月はかかるだろう距離が、支配域化なら一瞬だ。
支配域の道。
運用としては使い捨てになるが、思いのほかコスパがいい。
「これ、マーレンの街ごと地上支配域で飲み込んじゃだめなのか?」
「システム上は問題ありません!やりますか?」
街ごと地上支配域にしてしまえば、どこでもモンスターは生成できる。
転移も使えるし、監視もできる。
支配域にしない理由がない。
しかし、グランツがそれに気付かない訳がない気がするが……
「これ、グランツの支配域じゃないのか?」
その疑問に答えたのはレイゼルだった。
「違うし、やめた方がいい」
「なぜ?」
「罠だよ。マーレンの街を支配域にしたら、勇者が来る」
勇者。
来たら負けのジョーカー。
レイゼルのダンジョンで見てから大分経つが、いまだに勝てるビジョンは浮かばない。
「勇者って、どういうことだ」
「私のダンジョンに勇者が来ただろう?あれは街にちょっかいをかけたからだ、と言ったね」
「ああ」
「そのちょっかいが地上支配域化だ」
なるほど、詳細は聞いていなかったがそういうことか。
街を地上支配域化すると、勇者が来る。
「まて、じゃあアウル村は……」
「ああ、危ない橋だよ。ただ、支配域化が即アウトではないらしい、東のリシウスも街を支配域化しているようだ。教会にバレなければいいのか、何か基準があるのか、私の場合は村の被害とセットだからね、被害がなければ問題ないのかもしれない」
勇者を派遣するのは教会だ。
とりあえずアウル村はまだ大丈夫、ということだろう。
「しかし、マーレンは違う。というか君がマーレンを支配したらグランツが動く。被害を出して、教会へ密告する。勇者が来るのは君のところだ」
「だから罠、か」
マーレンを支配域化するのは魅力的だが、勇者が来るのは困る。
「支配域化はマーレン手前までで止めて、そこからは蟻に掘らせるか」
「そうですね!それが賢明です」
「さて、次だ」
俺はステータスを開いた。
・HP:1020/1020
・MP:100/100
・DP:1,242,000
「レイゼル。お前どのくらい強化してる?」
「私かい?100万DPは使ったと思うよ」
「……マジか」
100万DP、それに対して俺は……
「マスターは30万DPですね!十倍です!」
そう、俺は30万DPしか使ってない。
ナチュラルに計算を間違えているのか、レイゼルが俺の十倍強いのかはわからないが。
「弱いだろうとは思っていたが、そこまで弱いとはね。断言しよう、今のままグランツの前に行けば確実に殺される」
レイゼルが苦笑まじりに忠告してくる。
「わかってる。とりあえず全額突っ込むか」
「全然足りないよ、私レベルで100万だよ。300は必要だ」
「300って……」
今の月収は90万DP、今の手持ちが120万DP。
会談までは残り20日間。
全部つぎ込んでも100万DP以上足りない。
「足りないなら私が融資しようか?30万DPなら融通できる。三倍にして返してくれればいい」
「おい」
「いや、何なら従属の全員から融資を募ろうか。6人いれば50万くらいは集まるだろう。三倍返しなら、まぁ異論は出ないさ」
「……確かに」
「マスター!騙されないでください!それは借金です!」
確かに借金だ。
しかし、事業拡大には融資がつきものなのも事実。
ここでグランツを落とせば、グランツの配下七人が手に入る。
今の相場で言えば税収は一人につき月10万。
七人で70万だ。
80万の三倍返し。
240万は四カ月分で元がとれる。
しかも、その240万は子会社に回る金、グループ全体で見たらプラマイゼロだ。
「借りよう」
「マスター!?」
「承った。皆にも連絡しておくよ、あくまで任意だがね」
結局、レイゼルの30万合わせて80万DPが集まった。
皆に感謝だが、それでもまだ足りない。
「……しょうがない、奥の手を使うか」
「奥の手?DPの当てがあるのかい?」
「いや、強化の当てだ。っとその前にっと」
俺は手持ちの120万DPに、借入金の80万DP合わせて200万DPを自己強化に回す。
耐久に100万。素早さに30万。
筋力と器用、魔法にそれぞれ10万ずつ。
残り40万をMPにつっこむ。
【HP:1020 → 28000】
【MP:100→ 4100】
【自己強化を実行しました】
おお、一気に数値が上がった。
しかし耐久特化のため死にづらくなっただけで、そこまで強くなったわけではない。
「さて、ここからが奥の手だ」
「考えていたんだけどね、スキルでの強化かい?スキルでの強化にはそれほど強力なものはなかったと思ったけど……」
「ふふふ、ぽんこにはわかりましたよ!」
ぽんこがドヤ顔で宣言する。
顔に聞いてくれと書いてある。
「よし、じゃあぽんこ。呼んできてくれ」
「はい!」
そうして、ぽんこに連れられて現れたのはアニだった。
現れたアニの顔を見て、レイゼルの顔が歪む。
「君……もしかして……」
「アニさん!今日からマスターはアニさんの配下です!」
ぽんこが高らかに宣言した。




