第108話 グランツという男
床に転がされた男は、袋を被せられたまま動かなかった。
「おま、人間か?大事になるぞ」
「安心しなよ。ダンジョンマスターだ、それもグランツの従属のね」
こいつ、ダンジョンマスターをさらって来やがった。
レイゼルはそれだけ言って、俺の返事を待たずに縄を確かめている。
俺たちが毒使いを削っている間、こいつは別のことをしていたわけだ。
「で、何に使うんだ」
「グランツとの連絡」
「それだけ?」
「うん。そろそろグランツ本人と接触しておこうと思ってね」
DMコールの連絡先は、相手本人か相手のダンジョンに接触して初めて登録される。
俺とグランツはお互い一度も接触していないから、連絡する手段がそもそもない。
だが従属マスターなら、主の連絡先を持っている。
「ダンジョンは」
「無傷だよ。マスターだけさらってきた。毒使いのところはダンジョンだけ潰しただろ?だからこっちはマスターだけさらってみた」
「理由は?」
「挑発」
ちょうどその時、縛られた男の前にUIが展開される。
グランツからのコールだ。
男は俺を見て、それからレイゼルを見て、言われるままにコールを繋いだ。
『ああ、やっと繋がりましたか』
年配の男の声だった。
追い詰められている側のはずなのに、その声はそれを感じさせない。
『はじめまして。グランツと申します。さて、そちらにいるのはどちら様ですかな』
「……ユートだ」
『ああ、あなたがユート様で。存じております』
一拍おいて、声が少し下がった。
『まず、お詫びを申し上げます。先日、うちの者がそちらの傘下に手を出しました。私の監督不行き届きです』
グランツの初手は謝罪、毒使いの時と同じだ。
しかしこいつは、トトへの襲撃は従属の暴走だと、自分の計画ではないと言っている。
『損害はこちらで持ちます。額を仰ってください。DPでも、物でも、人でも構いません』
その声は落ち着きがあり、焦りは感じない。
非を認め、賠償をし、それで済ませようじゃないかという提案に思える。
何が目的だ、どう話を転がすつもりだ、こちらの最善手は。
三秒考えて、やめた。
俺が考えるより最適な奴がいる。
『あの子のダンジョンのことですが、正直に申し上げて、感心しております。壊さずに止めるというのは、なかなかできることではありません』
グランツの発言を頭の片隅で聞きながら、メールを打つ。
【送信先:レイゼル 本文:まかせた】
『あの子は融通の利かないところがありまして、私も手を焼いておりました。ユートさん、私は争いたくないのです。南の管理者はみな小さい。私はただ、彼らが潰し合わないように間に立ってきただけでして』
「グランツさん」
発言を遮り、レイゼルが横から口を挟む。
『どちらさまでしょう』
「この数ヶ月、あなたのお仲間を減らしていた者です」
『……ああ、あなたでしたか』
そこから交渉戦が始まる。
レイゼルはグランツに呑まれない。
手を替え品を替え、揺さぶりをかける。
しかし、グランツはぶれない。
調停者の仮面は強固に張り付き、素顔は覗けない。
レイゼルが黙る場面が多くなってきた。
負けている訳ではない、攻め手がなくなってきただけだ。
『レイゼルさん、と仰いましたか。そちらの噂は聞いております。大変優秀な方だと。しかしそれにしては、ずいぶんお急ぎのようだ』
レイゼルが答えなかった。
軽口の一つも返さない。
この対話がはじまって一番の沈黙。
『レイゼルさん。私はね、東に下っても構わないと思っているのですよ。東は安定しています、従属達が守られるのであればそれも悪くない』
空気が変わった。
レイゼルにどれだけ攻められても動かなかった男が、ここぞという場面で差し込んできた一刺し。
『ユートさん、一度お会いしませんか』
「……会う?」
『私達はお互い誤解があるようだ。マーレンでいかがでしょう。人間の商人街です』
レイゼルを見る。
さすがに疲れた顔をしているが、その表情は軽かった。
『あそこは金さえ払えば素性を問われません。ですが人間の街で暴れれば、双方まとめてギルドと教会に狩られます。互いに、手が出せない。最適でしょう。部屋はこちらで押さえます。費用の心配はご無用です。——いかがでしょう』
レイゼルからメールがくる。
【ひきのばして。三日でいい】
「三日、考えさせてくれ」
『もちろんです。お待ちしております』
通話が切れた。
「いやー危なかった。東につくと言われた時はさすがにひるんだよ。会うと言ってくれてよかった」
「ってことはお前の計画通りってことか?」
端から聞いている分には、グランツにしてやられたように見えた。
「ああ。ここまで来たらグランツが勝つ目はもうない。奴からしたらどれだけ自分を高く売りつけるかの勝負だ」
「ん?もう諦めてるってことか」
レイゼルの発言に違和感を覚える。
先ほどのやりとりだけでも相当なやり手なのは理解できた。
それほどの男が、簡単に諦めるだろうか。
「諦めている、とは違う。奴はそもそも一番になる気なんてなかったんだ。奴の狙いは、まさに今だよ。三つ巴の状況、奴がどちらにつくかで勝者が決まる、このタイミングだ」
なるほど。
「自分が一番高く売れるタイミング、か」
「そう、今グランツの機嫌を損ねて東に行かれては我々は万事休すだ。東に降る前に倒そうにも、さすがにあちらの方が早い。我々はグランツを追い詰めているが、決定権を持っているのはグランツだ」
レイゼルが興奮している。
いつも飄々として、にこやかなポーカーフェイスで本心を悟らせない男が、子供みたいにはしゃいでいる。
「奴が何を要求してくるか。まず前提として自分の安全、そして相応の地位だろうね。その代わり、従属は全て手放す、そのあたりに決着するはずさ」
「一つ聞かせてくれ」
俺の言葉に、レイゼル嬉しそうな顔でこちらを見る。
「グランツとお前、どちらが格上だ?」
レイゼルの目が、冷えた。
「……嫌なことを言うね。悪い、はしゃぎすぎた。奴には負けない」
「ならいい」
はしゃいでいるレイゼル、面白いものが見れた。
「で、行くよね?」
「行かなきゃダメなんだろ?」
「そうだね、グランツごと東を潰せるなら別だけど」
無理……かはわからない。
案外関係ない気もする。
しかし、レイゼルがここまでこだわるのだ、グランツは取り込むべきなのだろう。
「まぁ、行くしかないか」
そう言ってから、俺は自分が何を言ったのか遅れて理解した。
「待て。マーレンって、人間の街だよな」
「そうだよ」
「人間の街に行くのか」
「そうだよ」
レイゼルは、何を確認されているのか分からないという顔をした。
「俺はダンジョンマスターだぞ」
「私もだけど」
「人間を殺してる側だぞ」
「私もだよ」
会話が噛み合っていない。
噛み合っていないのが、こっちだけらしいことにも気づいていた。
「……お前、街に入ったことがあるのか」
「あるよ」
「何回」
「何回も。宿を取るし、飯も食う。情報は人間の街のほうが早いからね」
「ばれないのか」
「ばれる要素がないんだよ」
レイゼルは自分の顔を指した。
「私たちは、この世界の人間だ。中身が違うだけで、外は人間そのもの。触っても、しゃべっても、血が出ても、人間だよ。金を払えば宿に泊まれるし、注文すれば飯は出てくる。誰も何も気付かない」
俺は、一度も試したことがなかった。
試そうと思ったこともなかった。
ダンジョンマスターだから街は危険だ。
そう考えて、そのまま二年近く地面の下にいた。
「言っておくけど、君が来ないという選択肢はないからね。呼ばれたのは君だ」
「分かってる」
「本当に分かってるかな」
レイゼルは俺の足元から頭までを一度眺めて、心底うんざりしたという顔をした。
「なら、まずその格好をやめてくれ」




