第107話 ダンジョン妨害
出発は、夜明け前だった。
森の中を、白い金属の列が進んでいく。
先頭にアニ。
二メートル半の外装が、木々の間をゆっくりと、確実に歩く。
アニが着ているのは、機械式の防毒服。
セラの戦闘形態を思わせるゴツい形だが、戦闘能力はほとんどない。
イモが設計してシュリが作ったオリジナルだ。
その後ろに、汎用戦機が二百体。
シュリの腕はどんどん上がっていき、結局一ヶ月で二百体まで増えた。
さらに後ろに、メカゴブリンが百体。
かくかくと関節を鳴らしながら、ブリキの人形が二列に並んで歩いていく。
生きてる者のいない、無機質な足音。
俺はコア部屋で、その音を聞いていた。
正確には、列の中ほどにいる一体の戦機の耳で。
「マスター、どうですか?戦機さんの感覚共有」
「悪くない、というか今までで一番人間に近い」
「良かったですね!」
「感覚はいいんだけどな……」
感覚共有は感覚を共有するだけのスキル。
喋ったり、動いたりは本人任せだ。
チュウタの時は、コア部屋でそばにいるチュウタに指示を出せば、リアルタイムで現地のチュウタに伝わった。
そうやって現地のチュウタに、移動や代弁をしてもらって擬似的に現地を歩き回っていたのだ。
「とはいえチュウタは毒でやられるからな。今回は観戦に専念するか」
「いいんじゃないですか。口出せるとマスター余計なこと言うので、アニさんも助かりますよ」
「おい」
連絡用にチュウタも現地には行っている、しかしチュウタはダンジョンには入れない。
目的地に着いたのは、昼前だった。
湿地の中の、岩がむき出しになった斜面。
そこにぽっかりと、ダンジョンの入口が空いている。
外装の中から、アニの声が響く。
「メカゴブリン、前へ。三列縦隊、そのまま入口へ歩け」
かくかくと、ブリキの人形が前に出た。
入口を入るとすぐに、毒蛇が二匹、飛びかかった。
牙が、メカゴブリンの胴に突き刺さる。
その隙に、後ろから来た戦機が、蛇を二匹まとめて叩き潰した。
「戦機、突入。メカゴブリンは先行させろ。全部の罠をあいつらに踏ませる」
一時間で、三層まで抜けた。
やることは、前回と同じだった。
蛇が噛みつく。効かない。
カエルが毒を吐く。効かない。
イモリが呪う。ちょっと効く。
酸を吐く大型のカエルや、大蛇の締め付けも数がいれば敵ではない。
「マスター。楽すぎませんか?」
「楽なように準備したからな」
最深部に着いたのは、次の日だった。
コア部屋であろう場所は、何もなかった。
台座があって、その上に何も載っていない。
グランツが持っているからだ。
マスター本人の姿も、どこにもなかった。
コアがここにない以上、本人がここにいる必要もない。
「終わったぞ」
アニが言った。
こちらに聞かせるために喋っているが、こちらからは返事はできない。
作戦は事前に伝えてある、その通りやるだけだ。
「全軍、残った敵の掃討を開始」
戦機とメカゴブリンが、それぞれ敵を探して散っていく。
「で、これからどうするんですか?壊します?」
「壊さない」
「壊さないでどうするんです?」
「営業妨害」
沈黙があった。
「……マスター?」
ぽんこが、恐る恐る聞いてきた。
「営業妨害って、なんですか?」
「居座る」
「居座る……?」
「生き残った戦機百八十体、メカゴブリン十七体、全部このダンジョンに置いていく」
現地ではアニが指示を出している。
「階層を空けるな、全階層に常に人員がいる状態を確保しろ」
全二十階層。
全ての階層に人員を配置していく。
「アニさん、何をやってるんです?」
「うちの蟻の巣がさ、敵が入ると構造変更できなくて困っただろ」
「はい。同じ階層に敵がいると、構造変更ができません。あれは構造変更レベル2の仕様です」
「あれ、うちだけの仕様じゃないよな」
ぽんこのお団子が、止まった。
「……あー」
「気付いたか」
「全部の階層に、居座られると……」
「そのダンジョンは、二度と、いじれない」
コアとマスターが無事なら、ダンジョンは作り直せる。
通路は壊せても、支配域は壊せない。
支配域が残れば、構造変更で元に戻せる。
だが、それは全部、構造変更の機能でやることだ。
「壊しても直される。奪おうにも、ここにコアはない。……なら、直させなきゃいい」
「さすがマスター!小ずるいこと考えさせたら右に出るものはいません!」
アニの指示は続く。
「モンスターが湧いたらすぐに殺せ、溜まらないように注意しろ!強力なモンスターを生成する可能性がある、連携して退治するんだ!人間には見られるな、勇者が来るぞ」
うちの連中は、通路の分岐に立って動かない。
探索者が来れば、隠れる。
ただ、通路の隅々に居座って、湧いたモンスターだけを黙って潰す。
何も起こらないダンジョンなど、行く価値はない。
その後。
三日で、探索者の足が鈍った。
一週間で、噂が広がった。
十日目の夜、トトからコールが入る。
『あ、あの、ユートさん。その……ご相談が』
「どうした」
『湿地の……いま、ユートさんが攻めてるところのマスターから、俺のところに連絡が来まして』
「来たか」
DMコールは、相手のダンジョンに一度触れないと繋がらない。
毒使いはうちのダンジョンには接点がない、しかしトトのダンジョンはこないだ攻めている。
「それで、取り次ぎを頼まれたと」
『は、はい』
「わかった。こちらから連絡すると伝えろ」
うちの連絡先には奴の名前が載っている。
『……北西のマスター。突然の無礼を、まず詫びる』
丁寧な言葉遣いだった。
怒鳴り込んでくるものだと思っていたから、少し身構えた。
『用件は一つだ。モンスターを下げてほしい』
「見返りは?」
『グランツ様の情報だ』
その言葉に、思わず笑いが出る。
「ふっ」
『なにがおかしい?』
「いや、さすがにここまでナメられてるとは思わなかったんでな」
『……どういうことだ』
グランツの紐付きが、グランツの情報を渡すと言う。
信じると思ったのだろうか。
いや、レイゼルの情報操作が上手いのか。
「いやまぁ、やってることだけ見たら割と適正な評価かと……」
うるさい。
しかしこいつ、グランツの意向通り動いているのは間違いなさそうだ。
だったら……
「なあ、あんた」
『なんだ』
「あんた、最初は強かったんだろ?」
『……』
沈黙が帰ってくる。
「あの毒は、対策のない時期には反則だ。そりゃあ強かっただろう」
『……なんの話だ』
「それができるあんたが、まともにダンジョンを育ててたら、俺は今回攻めなかった。なぜだと思う?」
「……」
「勝てないからだ」
通信の向こうで、息を吸う音がした。
何か言いかけて、飲み込む音だった。
再び沈黙。
こちらは引く理由がない、向こうは差し出すものがない。
グランツは思った以上にケチな奴のようだ。
「あんたも大変だな。有能ゆえに面倒な奴に目をつけられた。普通に戦えばあんたの方が強かったんだろう。だが、奴は数を用意するのに長けていた」
何も聞こえない、しかし通信の向こうで奴が揺らいでいるのは、はっきりとわかった。
そして、沈黙を破ったのは相手だった。
『……ユート殿。頼む』
「なんだ」
『壊してくれ』
一瞬、意味がわからなかった。
聞き返そうとした瞬間、通信が切れる。
これが奴なりの答えだったんだろう。
「壊してくれ、か」
「……よかったんですか?これで」
ぽんこが心配そうに言う。
「グランツを倒して、コアを奪えばあいつだってこっちの陣営だ。その方があいつにとってもありがたいだろ」
その時、後ろから声が飛んでくる。
「君は本当に甘いね。グランツの古参まで普通に使う気かい」
レイゼルだ。
戻ってくるとは聞いていたが、ちょうどタイミングがあったらしい。
「有能なら使わなきゃもったいないだろ」
「使えるならいいけどね。寝首をかかれないように気をつけなよ」
そういうレイゼルは少しだけ嬉しそうだ。
「それで、帰ってきた理由は」
「ああ、そろそろ盤面が動くと思ってね。動くなら君のそばにいた方がいい」
「盤面?」
「煮詰まってきたってことさ」
そう言って、指し示すように後ろへ視線を送る。
そこにいたのは、拘束された人間だった。




