第106話 反撃準備
『そう、東のリシウスだろうね。第三大陸にあれほどの力を持ったマスターが隠れているとは思えない』
「南の線はないのか」
『ないね。グランツなら君を生かす理由がない、既に殺されてるさ』
悔しいが、事実だ。
あいつが殺す気だったら、俺は殺されていた。
「グランツは、倒すべき敵だ。やり方は汚いが、うちが強くなれば潰せる。……だが東は違う」
『違う?』
「あれは、今戦っちゃいけない相手だ。執事一人で、あれだ。部隊で来たら、って考えると、寒気しかしない」
『冷静な評価だ。……で、本音は?』
「……むかつく」
通信の向こうで、レイゼルが小さく笑った気配がした。
『ふっ。君がそこまで感情で嫌うのは珍しいね』
「うるさい」
「むかつくが今は勝てない、奴の言うとおり勢力を広げて、力をつけて、後悔させてやる」
自分でも、整理しながら喋った。
「だから、南を取る。急いでな」
『急ぐ理由が増えた、というわけだ』
「ああ。……王様が待ってるらしいからな。待たせたまま、御前とやらには一生行かない。それが一番の返事だ」
通信を切って、コア部屋の天井を見上げた。
「ぽんこ!」
「はい!南攻略は続行!理由は一つ!マスターが末席に座りたくないので!」
「理由がおかしい」
「一番大きい理由だと思ったので!」
否定できないのが腹立たしい。
「それで、どう攻めますか?」
「レイゼルと話はついてる。敵はこちらを攻撃してきた……反撃だ」
その日の夜、通信でレイゼルと詰める。
『どこを叩く』
「トトの裏口に来た奴だ。爬虫類と両生類の毒使い」
『理由は?』
「直接攻めてきた相手だ、他のマスターから見ても、反撃だとわかりやすい。それに汎用戦機でメタが張れる。毒は効かない。前回それで勝ってる」
『ああ。……そこに、私から一つ足しておこう』
レイゼルの声が、少し楽しそうになった。
『あの毒使いは、グランツの古参だ』
「古参」
『グランツがはじめに従属化した四人のうち、一人だよ。つまり、この戦争のごく初期に、グランツに押さえ込まれている』
「協定違反でリンチされたって連中か」
うちに従属した武闘派マスターが言っていた。
協定違反者を、袋叩きにしてグランツが従属に持って行った、と。
『ここが面白いところでね。グランツが最初に押さえた相手というのは、二種類しかいない。使い道のない無能か、放っておくと危ない有能かだ』
「なるほど。毒使いは、どっちだ」
『後者だと私は見ている。状態異常に全振りする戦い方は、戦争の初期には強力だった。誰も対策を持っていないからね。装備も、耐性も、道具もない。くらえば終わりだ。そこに序盤でたどり着いた者は、確実に有能だよ』
「……でも今は違う」
『そう。一年も経てば、みんな対策を覚える。解毒ができる、耐性も取れる、そもそも生物以外だって出てくる。……状態異常特化は、時間が経つほど価値が落ちる型だ』
「なら、切り替えるだろ。普通は」
『そこだよ』
レイゼルの声が、一段低くなった。
『切り替えるにはDPが要る。新しい系統のモンスターを揃え直して、育て直す。それをグランツが許すと思うかい』
「……飼い殺しか」
一年前に最強だった手を、一年間そのまま使わされている。
成長を許されない。
「……ろくでもないな、あいつは」
『ろくでもないが、上手いよ。有能な相手ほど早く縛って、伸びる前に止める。おかげでグランツの傘下には、いまだにグランツより強い者が一人もいない』
その一言で、決まった。
「決めた。そこを叩く」
翌日、工場へとシュリを訪ねた。
工場のプレス機に張り付いていて、俺が来ても振り向かない。
「おい」
「んー?いま忙しい!」
「戦機を百体作れるか」
工具の音が、ぴたりと止まった。
振り向いた顔は、機械油で半分黒い。
「……なんて?」
「百体だ」
「作る!やる!やらせろ!」
俺はUIのダンジョン設備の欄を開いて、新しく生えていた項目を指した。
【汎用戦機製造ライン】
・汎用戦機の完全自動生産。コストなしで一日一体生産する。
・手動生産に対応。一体につき1,000DP。ただし技術者の腕次第
・1,000,000DP
「よし、買うぞ」
購入すると、シュリの工場に巨大な機械が現れる。
「うおおおお」
シュリが目を血走らせながら、あちこち触っている。
「シュリ、一体作るのにどれくらいかかる?」
「……できて一日一体だな。悔しいがあたしじゃこいつの全力についていけない」
「自動生産分と合わせると、五十日か」
「そうなるな」
二か月近い。
長い。
長いが、必要ならばしかたない。
シュリが配線を繋いで、起動レバーを引く。
低い駆動音が、格納庫に満ちた。
その瞬間、俺のUIに通知が来る。
【特殊進化条件を満たしました】
【個体名『シュリ』:進化可能】
【進化先:ドワーフエンジニア】
【土でもなく、金属でもなく、機構を極めようとする者】
【必要DP:300,000】
「……ぽんこ」
「はい、見えてます。条件は、たぶん工場と製造ラインですね。機構をいじる環境を手に入れたから」
進化先の説明文を、もう一度読んだ。
土でもなく、金属でもなく。
こいつが自分で言った通りの言葉が、そのままシステムから返ってきていた。
「シュリ。進化できるらしいぞ」
「んー?いいけど後にしてくれ!今この子の調整中なんだ!軸がな、うまく決まらん!」
「後にしても変わらないぞ」
「じゃあ勝手にやってくれ!あたしは忙しい!」
自分の種族が変わる話を、機械の軸より後回しにされた。
進化を実行する。
三十万DPが減って、シュリの体が一瞬だけ光って、それで終わった。
見た目の変化は、頭にゴーグルが乗っただけだった。
「シュリ、終わったぞ」
「サンキューわかった!」
「全然気にしてませんね」
「まあそういう奴だな」
異変が出たのは、次の日だった。
「マスター!すげーぞ!」
朝から格納庫に呼び出されて行くと、汎用戦機が三体、並んで立っていた。
「できたか」
「昨日一日の分だ!あたし、腕が上がった!一日三体いける!」
「……三倍か」
「三倍だ!百体でも一ヶ月だぞ!」
五十日が、半分になった。
進化の効果が、地味に一番でかいところに出ていた。
「マスター」
ぽんこが、控えめに聞いてきた。
「これ、聞いてもいいですか」
「なんだ」
「あのダンジョン、壊しても、コアがないからマスターも逃げれますし、また作り直せますよね……何のために攻めるんですか?」
いい質問だった。
コアは、そこにはない。
グランツが持っているからだ。
マスター本人も、そこにいる必要がない。
つまり、攻め落としても、奪えるものが何もない。
「壊しに行くんじゃない」
「え?」
「従属させに行くんでもない」
「じゃあ、何をしに行くんですか」
俺は、地図の上の、そのダンジョンを指で押さえた。
「住みに行く」




