第105話 王の執事
シュリの名付けから三日。
グランツの次の手を待ちながら、レイゼルと南の詰め方を相談している最中だった。
居住区が赤く染まり、警報が鳴った。
「警報です!コードレッド!緊急事態です!」
ぽんこの声が響く。
コードレッド、コアの危機を示す警報だ。
俺もぽんこも、一瞬、意味が分からなかった。
何が起きたか、急いでUIを立ち上げる。
そこへ、イモから通信が飛んできた。
「侵入者です。試作の感知器に反応、既にコア部屋間近です」
コア部屋間近ということは、ゴブリンも蟻も、そもそも警戒を素通りして、もうそこまで来ているということだ。
「どういうことだ」
「んー、分かりません。最新試作品の空間感知器に触れるまで、誰も気付きませんでした」
反応のあった通路にUIを繋ぐ。
人影が見えた。
見えたが、そこにいたのは場違いな執事であった。
黒髪の青年執事。
整った顔立ち、薄い灰色の目。
黒の燕尾服に白手袋。
靴は鏡のように磨かれている。
森を抜け、洞窟を歩いてきたはずなのに、その服には土ぼこり一つついていない。
笑みは柔らかい。
俺が指示を出す前に、オトが動いた。
「仕掛ける」
武器は持っていない。
天井の影から、オトが飛び出す。
男の手が少し動く、それだけでオトが床にめり込んだ。
石が砕けて、肩まで沈む。
たった一撃で、反撃の動作すら俺の目にはわからなかった。
「オトさん、骨折複数!戦闘不能ですが生きています!」
何もなかったかのように、優雅に進む。
その先には、既にコア部屋が見えていた。
「セラ!止めろ!」
言うまでもなく、セラは戦闘形態を展開している。
そして、執事がコア部屋前室へ入り……
セラの打撃音が響いた。
重く、速い、空気を裂く音。
何かに当たる、短い音。
当たったはずだった。
「接触を確認。手応え、想定の一割以下」
セラの全力が、受け流された。
前室から、声が聞こえる。
「おや――こちらが、コア部屋でございますか」
柔らかくて、丁寧で、場違いなほど穏やかな声だった。
「わたくし、王の使いでございます。王から伝言を承っております。こちらのマスターを、呼んでいただいても?」
俺を呼べと言っている。
しかし……行けるわけがなかった。
オトが一撃で沈み、セラが倒せない相手に、俺が出ていって何になる。
「……セラ、取り次げ。俺は出ない。ぽんこ、蟻にコア部屋を裏から掘らせろ。コアを避難させる」
勝てない、逃げる、コアを持って。
そのために時間を稼がなくては……
セラの平坦な声が前室に向いた。
「マスターはお会いしません。用件は当機が取り次ぎます」
「……ふむ」
執事は一瞬考えるように止まる。
「王の使者に対し、機械越しのお返事。これは少々、礼を欠きます」
側近はそう言って、静かに礼をした。
次の瞬間、UIから執事が消えた。
「ですので、入室させていただきました」
声は、俺の背後からした。
何が起こったのか頭が理解する前に、首筋に冷たいものが触れる。
「――お手紙を、お預かりしております」
耳のすぐ後ろで、あの声が言った。
首筋に当てられた冷たいもの、手紙だった。
「北西のマスター、ユート殿。王は、あなたのような血気ある若者を欲しておられます。敵を倒し、勢力を広げなさい。そして王の御前へ馳せ参じなさい。――末席に、加えてさしあげましょう」
伝言は、そこで終わった。
脅迫も、条件の提示もない。
あったのは、招待だけだった。
それも、頑張った者に褒美を出す側の、上からの招待。
「……確認だが」
「は」
「それは、勧誘か」
「王の御心のままに」
「断ったら、どうなる」
側近は、初めて、わずかに首を傾げた。
本気で、質問の意味を測りかねている間だった。
「……断る、とは?」
「同盟しないと言ったら、だ」
「同盟」
側近は、なんとも不思議そうな顔で言う。
「ユート様。王は、同盟をお求めではございません」
「じゃあ何を」
「あなた様を、お求めです」
ぞわり、とする。
「王の軍には、良き将が要ります。良き臣が要ります。あなた様は、その候補として、王のお目に留まりました。これは、誉れにございます」
「……候補、な。それで、お前は何をしに来た。伝言だけなら、DMコールでもいいだろ」
「拝見に参りました」
「拝見」
「あなた様のダンジョンを。あなた様の配下を。そして、あなた様を」
側近は、背後のダンジョンへと目を向けた。
「良いダンジョンです。蟻の礼儀と、魔の礼儀と、機械の礼儀が共存しております。設計者が複数いて、なお喧嘩をしていない。珍しい」
「……そりゃどうも」
「そして」
側近の目が、俺に戻った。
「あなた様も、及第にございます」
「及第」
「はい。私を検知する能力、即座に逃げる判断。ここに至ってからは、この場で争うより、王の言葉を聞くことを選ばれた判断。礼儀はなっていませんが、王なき時代の民であれば仕方がありません。あなたなら教育すれば礼儀も身につけられるでしょう」
側近は、最後にもう一度、深い礼をする。
「では、良き戦いを。王は、お待ちです」
そして来たときと同様、優雅に歩いて帰った。
その背中を、俺は見送ることしかできなかった。
それは、モンスターたちも同じだったらしい。
執事がダンジョンを立ち去り、気配が消えたころ、ようやくイモから連絡が届いた。
「マスター。ログを確認したんですけど、反応がおかしいです。瞬間移動や超スピードではない。多分、幻覚です」
続けてオトからも連絡が入る。
「僕を殴ったのは幻じゃない、物理的に殴られた」
セラが続けた。
「当機が打った方には、手応えがありませんでした」
「んー多分、幻覚と隠密、それと幻覚側に実体を持たせる何か。そのあたりの複合だと思います」
だが、今はそれ以上考えても仕方がなかった。
あいつはもういない。
「じゃあ、見てみるか」
「見てみる、ですか?」
危なかった。
俺が執事にのまれる前、伝言とやらを聞いている最中に、チュウタに指示を出していた。
今、チュウタが奴を追っている。
「チュウタをつけてある、まかれてなければ見れるはずだ」
「なんと!ビビりのくせに大胆不敵!さすがマスターです!」
ぽんこの言葉は無視して、感覚共有でチュウタを探す。
見つかった、まだ生きている。
低い視界に夜の森が映った。
燕尾服のまま、執事が獣道を歩いている。
その足が、ふと止まる。
次の瞬間、森の奥から影が飛び出した。
獅子の頭に熊の体、腕は六本、五メートルの合成獣だ。
腕は炎を纏い、体表にはなにやら紋が走っている。
明らかに強力な個体。
野良のモンスターとは思えない、どこかのマスターが差し向けた、本気の刺客。
あれなら、奴の能力、その答え合わせができるかもしれない。
幻覚を使うなら、その様子を捉えたい。
合成獣が執事の横から回り込み、突進を開始する。
側近は半歩だけ横に動いた。
突進をかわして、獣の首に手を添えた。
そのまま折った。
五メートルの体が倒れて、動かなくなった。
小細工も何もない、ただの力に見えた。
オトを一撃で沈めたのはまぐれでも不意打ちでもない。
あれがこいつの地力で、幻覚は手段の一つに過ぎない。
側近は倒れた獣を一瞥してから、こちらを、まっすぐ見た。
「ユート様。お見送り、痛み入ります」
穏やかな声だった。
次の瞬間、視界が消えた。
何をされたか分からないまま、意識が途絶える。
初日に味わった、死の感覚だ。
確かに、あの感覚だった。
目を開けると、目の前に床があった。
手が震える。
「……ぽんこ」
「マスター!大丈夫ですか!?」
「これ、感覚共有って死の感覚も共有するんだな……?」
「あー……確かに。共有されない理由はありませんね」
「なあ」
「はい」
「あいつ、嫌いだ」
「嫌いって……」
チュウタの身体だが殺されてふっきれた。
代わりに怒りが沸いてくる。
脅されたなら分かる。
殺しに来たなら分かる。
あれは違った。
あいつらは最初から、俺を「いずれ下に置く若手」として見ている。
敵ですらない。
値踏みして、褒美をちらつかせて、育つのを待っている。
俺が勢力を広げるのも、あいつらの計算だと、王の軍がでかくなる話でしかない。
「……絶対に、末席には座らないからな」
「マスター、独り言が増えてます!」
「独り言じゃない。宣言だ」
「誰に対する宣言ですか」
「知るか。世界に、だ……!」
俺のよくわからない宣言を受けて、レイゼルが話し出す。
黙って聞いていたのだろう、忘れていたが通信を繋ぎっぱなしだった。
『ユート。侵入者は王と言っていたね』
「ああ。心当たりがあるか」
『あるさ。君だってそうだろう?』
わかっている。
さっきからそいつのことしか頭になかった。
「……東、だな」




