第18話 ゴミ漁り☆ぱーりない
毎月、隔週の火曜日。 それは、コーポ・ルミナスの属する地域において「小型家電回収」に指定された、月に二度の不燃ゴミの日だった。
世間一般の善良な市民にとっては、壊れた炊飯器や古いドライヤーを処分する日。
だが、直人にとっては違った。
「にゃっははは! 今日は僕ニャンの臨時収入ロード(不燃ゴミ置き場巡り)の日にゃ!!」
※なお、自治体のゴミ捨て場から資源ゴミを無断で回収する行為は、条例等で禁止されている場合が多いため、よい子の皆さんは絶対にマネしないでください。
直人はまだ誰も起きていない早朝、小脇にスケートボードを抱えてアパートを飛び出した。
ピンキーニャン(ママチャリ)を大家に処分されて以来、彼の唯一の機動戦力となったスケボー。直人はスーツ姿のままアスファルトを「ガラガラガラ!」と激しくプッシュし、近隣のゴミ捨て場をパトロールした。
今日の戦果は、極めて大豊作だった。
「おおっ! 往年の名機、PS2の本体一式(ケーブル・コントローラー付き)が捨てられてるにゃ! さらに、連射機能が神がかってるPS3用の『ホリパッド3
ターボ』まであるにゃ! これはハードオフのジャンクコーナーに流せば、確実に数千円の現生に化けるにゃあ!!」
直人は、重たいPS2本体を脇に抱え、ホリパッドのコードを首にマフラーのように巻きつけると、大満足でスケボーを漕いでアパートへと引き返してきた。
出勤の準備をするためにアパートの共用階段を上がろうとした、その時。
直人の鋭いブルーの瞳が、一階の『102号室』――そう、直人の真下の部屋のドアが開くのを捉えた。
中から出てきたのは、あの銀髪の「狼の娘」だった。 名前は確か、ゴミの個別回収表の欄に『金村』と書いてあったはずだ。
金村は、自分の頭よりもデカい巨大なダンボール箱と、黒くて重そうな金属製のタワーケースを、ふらふらとした足取りでゴミ捨て場へと運ぼうとしていた。
直人は、そのゴミの中身を見た瞬間、首に巻いたホリパッドがすり抜けるほどの衝撃を受けた。
「にゃ、にゃにぃっ!? あれは、お星様にするにはあまりにも高価すぎる、水冷ラジエーター付きのフルタワーPC!
それに、業務用のアドバンスドなスイッチングハブや、自作ネット環境用のラックサーバー機器類だにゃあ!!」
大学時代に自作PCオタクを極め、デイトレード用のマルチモニター環境を構築していた直人には、そのゴミの価値が一瞬で理解できた。
普通の人から見れば、ただの「重たくて怪しい黒い鉄の箱」だが、ガジェットオタクにとっては、パーツ単位で数万円単位の価値が眠っているお宝の山だった。
「待つにゃ! 金村さん、ストップにゃ!!」
直人はスケボーから飛び降り、両手にPS2を抱えたまま、猛スピードで金村の元へと駆け寄った。
「ひゃうっ!? ――あ、あ、う、うにゃっ!?」
突然、白髪ウルフマッシュの怪しい白猫獣人が、朝っぱらからPS2とコントローラーを首に巻きつけて叫びながら走ってきたため、金村は全身の銀色の毛を逆立て、狼のような耳をピーンと尖らせて飛び上がった。
近くで見る金村は、長い銀色の髪がぼさぼさに絡まり、長い前髪が完全に片目を隠していた。
大きなパーカーの袖から細い手を震わせ、直人の姿を見て「不審者が来た」と言わんばかりに怯えていた。
「そ、それ! 捨てるなら僕ニャンに寄こすにゃ! そのフルタワーPC、グラフィックボードやCPUがまだ中に生きてるにゃ!?
サーバー機器も、ハードオフに持っていけば高価買取のプラチナチケットだにゃ!!」
直人のあまりの早口とキャットスピーチの勢いに、金村はパニックを起こした。
彼女は、典型的な引きこもりタイプの重度のコミュ障ギークであり、その上、緊張すると言葉が詰まる重い吃音持ちだったのだ。
「あ、あ、あ、あ、な……ななな、なに……あ、う……」
「にゃ? 何だにゃ? 聞こえないにゃ、もっと腹から声を出すにゃ!」
「こ、こ、こ、こ、これ……! じ、じじ、自作、さ、さーばー……あ、あ、あたら、新しいの……く、組んだから……い、い、いらない……」
金村は、顔を真っ赤にし、前髪の隙間から鋭い金色の瞳をキョロキョロと泳がせながら、必死に言葉を絞り出した。
どうやら、自宅のネット環境のサーバーシステムを最新のものにアップグレードしたため、古いシステム一式をまとめてゴミに出そうとしていたらしい。
「う、うう、う、うる、うるさい……データの、しょ、消去は……し、したから……。も、もも、もって……い、い、いけ……!」
「本当にいいのかにゃ!? 感謝するにゃあ!! 金村さんは、僕ニャンとシルビニャにとって、天から舞い降りた女神様(狼だけど)にゃあ!!」
「ひゃいっ!? ち、ち、ち、ちか、近寄るな……!」
直人は、金村が差し出した巨大なフルタワーPCと、金属製のサーバー機器を、ひったくるようにして両腕に抱え込んだ。 その総重量、優に30キロ超。
しかし、12万円の不足金に絶望していた直人の筋肉は、火事場の馬鹿力(車クズの執念)によって、その超重量を軽々と持ち上げた。
「金村さん、本当にありがとうだにゃ! 今日の恩は、一生忘れないにゃ!」
直人は、大量の精密機器とPS2を全身にぶら下げたまま、まるで凱旋する戦士のようにアパートの階段を駆け上がっていった。
金村は、嵐のように去っていった直人の背中を、ぽかんと口を開けたまま見送っていた。
そして、自分のパーカーの袖に、直人のツナギから移った「かすかなハイオクガソリンと機械油の臭い」が残っていることに気づき、ふん、と鼻を鳴らして102号室へと逃げ帰っていった。
彼女が、直人の共用廊下へのパーツ放置や、深夜の爆音シャワーといった数々の「害悪行為」に対して、これまで一度も直接文句を言いに来なかった理由。
それは、彼女自身が『102号室』の防音カーテンを閉め切った暗い部屋の中で、一日中イヤホンを頭に装着し、自作サーバーの構築やプログラミング、オンラインゲームに没頭し続ける重度の引きこもりだったからだ。
パソコンの画面に夢中になりすぎて、上の階で直人がどれだけ暴れていようが、物理的に全く気がついていなかったのである。
(ただ、たまに集中している時に、上から「ウィーーン、ギギギ!」と謎のグラインダーの振動が机に伝わってくると、耳をピクピクと動かして「……じ、じしん……?」と、イラつくことはあるようだったが)。
自室の202号室に、戦利品をすべて運び込んだ直人。
畳の上に、R35のエアフロアダプターやD-M〇Xの計画表と並んで、金村から譲り受けたフルタワーPCとサーバー機器、そしてPS2一式が鎮座している。
「ふはー! これ、中身をバラしてみたら、とんでもないお宝パーツがてんこ盛りにゃ!Xeonの高級CPUに、ECCメモリが4枚、さらにスイッチングハブもギガビット対応のプロ仕様だにゃ!」
直人は、ニヤニヤとヨダレを垂らしながら、パーツの型番をスマホで検索し始めた。
「これを全部、パーツ単位に細分化してヤフオクとハードオフの査定バトルにぶち込めば……。足りなかった『12万円』の赤字を、一気に相殺してシルビニャのT400Mタービンとデュアルフロントパイプをゲッチュできるのかにゃ……!?」
その正確な査定額が、目標の12万円に届くのかどうかは、まだ神(とハードオフの査定スタッフ)のみぞ知るところだった。
だが、直人のブルーの瞳には、すでに完全復活を遂げ、D-M〇Xのエキマニから快音を響かせて深夜のバイパスを激走するシルビアの幻影が、かつてないほど鮮明に映し出されているのであった。




