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第15話 売却ゥゥゥゥ

直人は、どうしても、今すぐまとまったお金が欲しかった。


「安田モータースに預けてあるシルビニャを復活させるためには、どうしても予算が必要だにゃ。このままでは、僕ニャンの足腰がピンキーニャン(ピンクのママチャリ)の過酷なペダリングによって完全に破壊され、アスリート並みの太ももになってしまうにゃ……!」


直人は、アパートの部屋の真ん中に立ち、腕組みをして唸った。

給料日まであと3週間。しかし、脳内にアドレナリンが足りていない直人は、そんな悠長な時間を待つことなどできなかった。


「そうだにゃ。お金がないなら、身の回りの『いらないもの』をすべて売ってお金に換えるにゃ! 車クズの基本は、不要パーツの現金化に決まってるにゃ!」


思い立ったが吉日。 直人は、アパートの部屋中をひっくり返すようにして、不用品の捜索を開始した。


下駄箱の奥、押入れの天袋、ベッドの下、クローゼットの暗がり。

かつて彼が、実家暮らしの大学生時代から社会人になった今に至るまで、その時々の「狂気のパッション」に従って買い集め、そして飽きて放置してきたジャンク品の山が、まるで地層のように次々と発掘されていった。


「にゃ、にゃあ……! 出てくる出てくる、僕ニャンの黒歴史とお宝の山だにゃ!」


直人が部屋の真ん中に積み上げた不用品のラインナップは、あまりにもカオスで、彼の多趣味(悪癖)の軌跡をそのまま物語っていた。


まず、前愛車のスイスポ(ZC31S)に乗っていた頃の、錆びかけた社外エキマニ(タコ足)。

ネット通販でサイズを間違えて買い、返品するのも面倒で放置していた、未開封のLEDヘッドライトバルブ。

シルビアを買ったときに最初からくっついていた、だっさいハーフエアロ付きのボロいリアバンパーとサイドスカート。

これまたシルビア購入時からついていた、中の消音材グラスウールが完全に吹き飛んで抜けきり、排気音が爆音すぎて車検不適合になった『柿〇改』のN1マフラー。


「この『柿〇改』のマフラー、振ると中でサラサラ音がするにゃ……。グラスウールが完全に砂時計みたいになってるにゃ」


さらに、部屋の隅のダンボールからは、何の機器用かもわからない謎の配線ケーブルの束。

いつか作ろうと思ってヤフオクでポチったまま、一度も箱を開けていない車のプラモデルたち。

高校生の頃に中二病をこじらせて集め、夜な夜な部屋でカチャカチャとスライドを引いて遊んでいた、妙にリアルなミリタリー仕様のモデルガン。

大学時代に自作PCでデイトレードをするために使っていたが、PCを売却した際に取り外してそのままになっていた、今となっては型落ちのグラフィックボード(GPU)。

起動するのに5分以上かかる、画面が黄色く変色した昔のノートPC。

高校時代に貪るように見ていた、ゼロヨンのクラッシュシーンやドリフトコンテストが収録されたVHSのカービデオ集と、それを再生するための、ヘッドが汚れて砂嵐しか映らないビデオデッキ。


その他、使わなくなったミキサーやケトルなどの家電製品、雑貨類。

そして、クローゼットの奥の最も深い暗黒領域から引きずり出されたのは、直人の「オタク全盛期」の遺物だった。


高校時代に深夜アニメの実況スレに張り付きながら買い集めた、美少女フィギュアの山。

大学時代にハマり、合わせ目消しやグラデーション塗装、ウレタンクリアコート仕上げまで施してガチで制作した、恐ろしくクオリティの高い美少女プラモデル(通称:メガミデバイス的なやつ)。

2000年代の、萌え系日常アニメの限定版OVAのDVD全巻セット。

そして、なぜか実家のクローゼットからうっかり持ってきてしまった、背中に龍の刺繍が入った中学生時代のスカジャン。

最後に、前回の車検やり直しの時に『BL〇TZ』の『Z〇-R』に交換したことで役目を終えた、オイルが全抜けしてブラケットが完全に固着した『D-M〇X』のピンク色のボロい車高調。


「にゃあ……。こうして見ると、僕ニャンは本当にロクでもないものばかりに人生のエネルギーを浪費してきたにゃ。でも、これらをすべて適正価格で売却すれば、数万円、いや、十数万円のシルビニャ復活資金になるはずだにゃ!」


直人は、目の前にうずたかく積まれたゴミとお宝の山を見つめ、勝利のシミュレーションを頭の中で開始した。


だが、そこで最大の問題が立ち塞がった。


「……持って行く先が、全部バラバラだにゃ」


直人は、それぞれのジャンク品の「最も高く売れる売却先」を、脳内のデータベースで弾き出した。


『D-M〇X』の車高調や『柿〇改』のマフラー、エキマニなどの自動車パーツは、カー用品専門の『アップガレージ』に持って行かなければ、ただの鉄屑として二束三文で買い叩かれてしまう。

昔のノートPCやグラフィックボード、ビデオデッキ、謎のケーブル類は、ガジェット専門の『ハードオフ』が妥当だ。

日常系アニメのDVDやカービデオのVHSは『ブックオフ』。

高校時代に買い集めたフィギュアや、ガチで作った高クオリティな美少女プラモデル、モデルガンは、ホビー買取の聖地である『駿河屋』。

そしてスカジャンや使わなかった家電製品などの生活雑貨は『セカンドストリート』。


「全部で5店舗……! それぞれ別の買取店に持って行かなければ、僕のコレクションたちの尊厳が守られないにゃ!

だが、今の僕ニャンには、あのピンク色のピンキーニャン(ママチャリ)しか移動手段がないにゃ!

ママチャリの前カゴに、2メートル近いシルビアのサイドスカートと、オイルまみれの車高調と、美少女フィギュアを同時に載せて走るなんて、物理法則が許さないにゃ!

そもそも、途中で警察に見つかったら、過積載と不審者罪で即座に逮捕だにゃ!」


壊れ物だらけの不用品をチャリで運ぶのは不可能。 だが、直人の脳細胞は、こういう窮地の時にこそ、とんでもなくセコく狂った「天才的発想」を弾き出す。


「……ないなら、借りればいいにゃ」


直人は、昨日のレッドゾーン編集部での出来事を思い出していた。 名物編集長の粕谷が、タバコを吸いながら、

「うちのガキも無事に大学生になって、もう家族全員で出かけることもなくなったからな。この長年乗ってきた『セレナ』、しかも『NI〇MO』仕様のやつ、そろそろ手放して、昔憧れてたツードアのスポーツカーに買い替えようかと思ってるんだよ」

と、編集部員たちに嬉しそうに話していたのを、直人は聞き逃していなかった。


「そうだにゃ! 粕谷編集長があのセレナを処分する前に、僕ニャンが最後の有効活用(=無料レンタル)をしてあげるにゃ!

『元・ファミリーミニバンであるセレナNI〇MOが秘める、スポーツ走行時の積載能力とロールセンターの挙動を、次号の特集記事のために編集部員として身体を張ってテストドライブする』という、完璧な建前(大嘘)を使えば、鍵をゲッチュできるにゃ!」


翌日、直人は某S出版社の編集部に出勤するやいなや、粕谷編集長のデスクへと突進した。


「粕谷編集長! 僕ニャン、次号の『RED ZONE』の特別コラムとして、スポーツミニバンの限界積載時のコーナリング性能についての記事を書きたいにゃ!

つきましては、編集長のセレナNI〇MOを、ちょっと今夜のロケ(という名のアプガレ巡り)のために貸してほしいにゃ!

編集長の記事のネタにもなるし、一石二鳥だにゃ!」


粕谷は、直人の突然の熱弁に怪訝そうな表情を浮かべた。 「あ? 俺のセレナ?

……まあ、そろそろ下取りに出す予定だから構わんが。本当にお仕事のテストドライブなんだな?

傷一つつけるなよ。特にフロントのNI〇MO専用リップスポイラーは、車高が低いから段差で擦るなよ」


「任せるにゃ! 僕ニャンのドラテクはプロ級だにゃ!」


直人は、粕谷編集長から手渡されたセレナのスマートキーをガッチリと握りしめ、心の中で「にゃっははは!」と邪悪な勝利の雄叫びを上げた。


その日の夜。 アパートの駐車場に、黒いNISMO専用の赤いストライプが映える、ピカピカのセレナが滑り込んだ。

直人は、自分の部屋から、昼間のうちに仕分けしておいた不用品の山を、何度も往復してセレナの広大なラゲッジスペースへと運び込んだ。


「うにゃー! さすがセレナNI〇MOにゃ!

シートを跳ね上げたら、シルビアのデカいリアバンパーも、サイドスカートも、柿〇改のマフラーも、全部余裕で飲み込んじゃうにゃ!

完全に僕ニャン専用の『ゴミ回収シャトル』だにゃ!」


セレナの高級感溢れるシートの上に、直人はオイルまみれの『D-M〇X』の車高調を新聞紙も敷かずに直置きし、ハーフエアロ付きのリアバンパーを無理やりねじ込んだ。

車内は一瞬にして、ガソリンと鉄、そして長年放置されたオタクグッズの埃の臭いと、カビたスカジャンの悪臭がブレンドされた、地獄のような空気へと変貌した。


直人はエアコンをフルパワーにし、まずは最初の目的地『アップガレージ』へと、セレナを激走させた。


キィィィィン! とミニバンとは思えないスポーティな排気音を響かせ、セレナNI〇MOは買取店ツアーを開始した。


アプガレの買取カウンター。 店員が、直人が持ち込んだ柿〇改のマフラーと、D-M〇Xのボロ車高調を査定し、渋い顔で言った。


「えーと、藤野さん。このマフラー、中のグラスウールが完全に抜けてて、車検不適合のジャンク品ですね。車高調もオイル抜けと固着が酷いので……全部合わせて、買取価格は『4500円』になります」


「にゃんでだにゃ!! 柿〇改の歴史と、BL〇TZに敗れ去ったD-M〇Xの散り際の美しさへのリスペクトがないにゃ!!

4500円じゃ、新しいボルト数本しか買えないにゃ!!」


直人はカウンターを叩いて抗議したが、当然ルールは覆らず、泣く泣く4500円を握りしめて次の店舗『ハードオフ』へと向かった。


ハードオフでは、昔のノートPCとグラフィックボード、ビデオデッキが意外にも「レトロガジェット・部品取り用」として評価され、謎のケーブル類と合わせて『1万2000円』の高値がついた。


「よしよしにゃ! 時代はガジェットの再利用だにゃ!」


続いて直人は、ホビーの聖地『駿河屋』へとセレナを滑り込ませた。

カウンターに、高校時代の美少女フィギュアと、大学時代にガチで制作した美少女プラモデル、そしてモデルガンを並べる。

査定を待つこと30分。白手袋をはめた専門の鑑定士が、直人の美少女プラモデルを手に、興奮気味に言った。


「藤野さん、このプラモデル……。合わせ目の消し方も完璧で、ガイアノーツの特色を使った美しいグラデーション塗装、そして埃一つ乗っていないウレタンクリアによるトップコート仕上げ。これはプロモデラー級の作品です!

こちらのプラモデル単体で『1万8000円』、フィギュアとモデルガンを合わせて、合計『3万5000円』で買い取らせていただきます!」


「にゃ、にゃにぃっ!? 3万5000円だにゃ!?

僕ニャンの指先は、シルビニャのエンジンを組むだけでなく、美少女プラモの太ももを合わせ目消しする技術においても一流だったことが、国家に証明されたにゃあああ!!」


直人は、駿河屋のカウンターの前で大はしゃぎし、鑑定士と熱い握手を交わした。


その後、ブックオフでOVAのDVDセットやカービデオを売り払い、セカンドストリートでスカジャンと使わなかった家電を処分。


すべての買取店をハシゴし終えた直人の財布の中には、


合計で『6万2000円』という、なけなしの生活費としては十分すぎる額の諭吉たちが、新しく仲間入りしていた。


「勝ったにゃ……! 僕ニャンはゴミをゴールドに変える、現代の錬金術師にゃ!! これでシルビニャのパーツがいくつかポチれるにゃ!!」


深夜。 直人は大満足の笑顔で、粕谷編集長から借りたセレナNI〇MOを、某S出版社の地下駐車場へと返却しに行った。

鍵をキーボックスに戻し、直人はそのままピンクのママチャリに跨って、夜風を切りながら幸せそうにアパートへと帰っていった。


翌朝。


某S出版社の地下駐車場に、出社してきた粕谷編集長の、喉が張り裂けんばかりの絶叫が響き渡ることとなった。


「藤野ォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」


粕谷が自分のセレナのドアを開けた瞬間、車内から漂ってきたのは、オートバックスのピット裏の悪臭と、モデルガンの火薬の匂い、長年放置されたオタクグッズのカビ臭、そして、D-M〇Xの車高調からダラダラと漏れ出た真っ黒なショックオイルが、高級なNISMO仕様のファブリックシートの座面に、まるでインクをこぼしたかのように、ドス黒い巨大なシミを作っている惨状だった。


それだけではない。 直人が雑にバンパーをねじ込んだせいで、セレナの内装のプラスチック部分には、無数の白い引っ掻き傷が縦横無尽に刻まれていた。


「お前、お仕事のテストドライブって言っただろ!! 俺の大事なセレナを、ゴミ回収車にしやがってぇぇぇぇ!!!」


激怒した粕谷編集長が、始末書とハンマーを片手にオフィスへと乗り込んできたが、直人はすでに自分のデスクからピンキーニャンを激走させて脱出しており、


「にゃーにゃー! セレナNI〇MOに、新たな野生のパッション(悪臭とシミ)を注入してあげたにゃ!

下取り価格が下がる前に、僕ニャンが有効活用してあげて感謝してほしいにゃ!」


と、遠く離れた埼玉のバイパスを、ピンクのママチャリでペダルを狂ったように漕ぎながら、全力で逃亡し続けるのであった。

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埼玉のエセ走り屋に愛をッ!

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