モフモフ狐天使ユウナ
あの放課後、私に拒絶され、クラスという小さな社会から完全に孤立した優太は、現実世界から逃避した。彼がのめり込んだのは、当時のネット社会の深淵だった。
そこで彼は、「優太」という自分を完全に捨てた。
ネットの海で彼が選んだのは、性別をも偽る「ネカマ」という殻だった。
――『モフモフ狐天使ユウナ』。
画面の向こうで、可憐な狐耳の少女の3Dアバターを纏い、愛らしい声で「おにーさん、今日もだいしゅきだよ!」と媚びを売るVTuber。それこそが、私の知る優太の正体だった。
かつて、人を笑いものにして繋がろうとした優太。彼は今度は、バーチャルな皮を被り、見ず知らずの男たちからチヤホヤされることで、失われた自尊心を埋めていたのだ。
しかし、その幸福な箱庭も長くは続かなかった。
「……詐欺罪、ですか」
法廷で読み上げられる罪状に、私は息を呑んだ。
『ユウナ』のファンを自称する孤独な男性たちに対し、彼は「病気の治療費」や「一緒に暮らすための資金」といった名目で、総額数千万円もの金を騙し取っていた。彼がネット上の『モフモフ狐天使』として演じていた可憐な少女は、現実の彼が抱える、救いようのない虚無と金銭欲の集合体に過ぎなかったのだ。
そして、その詐欺が発覚し、追い詰められた優太が最後に頼ったのが、現実世界での「過激思想」だった。社会への不満と、騙し取った金で繋がった同じ境遇の人間たち。彼は自分を否定した現実そのものを爆破することで、せめて『ユウナ』という偶像が汚された復讐を果たそうとしたのかもしれない。
法廷で、検察側が提示した証拠資料の中に、かつて『ユウナ』の配信で使われていた、例の私の寝顔写真が映り込んだ。
どうやら彼は、その写真を「リアル彼女の無防備な寝顔」という設定で、ファンに「彼女なんていらない、ユウナちゃんだけだよ」という擬似的な親密さを演出するための小道具として利用していたらしい。
私は目眩を覚えた。
あの日、廊下で私のプライドを切り裂いた写真は、彼の数年間の虚無的な詐欺人生を支える、最後の『武器』にまで成り下がっていたのだ。
「……結局、何も変わってなかったのね」
私は法廷の硬い椅子で、膝の上で握りしめた拳を震わせた。
彼は、私が知っていた「優太」という人間ではなく、ただ自分を肯定してくれる場所を探して転落し続けた、哀れな亡霊だった。そして、私もまた、彼という人間を理解しようともせず、ただ突き放すことしかできなかった傍観者。
かつての青春の記憶は、皮肉にもネットの海に漂う「詐欺師の小道具」として、彼の中に永遠に固定されていた。
私の失恋も、優太の壊れた人生も、すべてはあの日の放課後、彼がカバンからスマートフォンを取り出した、あの刹那から始まっていたのだ。
裁判官の、冷徹な判決を告げる声が響く。
私は傍聴席を立ち、足早に法廷を後にした。もう、彼を見ることはない。ただ、時折ふと目にするVTuberの配信の切り抜き動画や、ネットのニュース記事の中に、あの日の廊下の笑い声が聞こえるような気がして、私はこの街から離れることを決意した。
私たちが壊したものは、青春などという甘美なものではない。
互いの人生を、最悪の形で食いつぶしあった、醜い共犯関係だったのだ。




