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ゆうた

「ひゃあぁぁぁーーーーっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!』


 『ウ、ウケるわぁwwww。そこからくる?!』と

 「いやさ、みんな。これ(写真)見て。この不細工な寝顔」

 「プッ、あはははは! なにこれ、大あくびの瞬間?!」

 「ひどいなぁ、これじゃあ完全にオラウータンだよ」

 「本当に。自分でも不意打ちすぎて傑作だなと思ったよ」

 「よくこの写真あったね。あ、いつのだ。去年の、体育祭の後か」

 「そうそう、皆が疲れ果てて寝落ちてたとき、優太がコソコソ撮ってたの」

 「あいつ、そんな陰湿なことしてたのか。まぁ、ネタとして最高だけどさ」

 クラスの男子たちの笑い声が、廊下にまで響いていた。

 あの中で晒されているのは、間違いなく私の写真だ。

 体育祭の日の放課後、へとへとに疲れて教室の机で突っ伏して眠ってしまった時、大きく口を開けてしまっていた、あの最悪の瞬間。

 それを優太が撮っていたなんて。

 そしてそれを、あいつは皆に、私の『好きな人』に見せている。

 「──っ」

 足が動かなかった。

 胸の奥が、ぎゅっと雑巾のように絞られるみたいに痛い。

 恥ずかしさと、情けなさと、そして何より──大好きな人がそれを見て笑っているという事実が、私の心をズタズタに引き裂いた。

 笑われている。私は、ただの『面白い不細工な生き物』として、彼らの間で消費されている。

 「おいおい、そんなに笑うなよ。明日、本人に『オラウータンおはよー』って言っちゃいそうじゃん」

 優太の、楽しそうな声。

 「やめろよ、女子だぞ。……まぁ、確かにこれは破壊力あるけど」

 片思いの彼、拓海のその言葉が、私の耳に冷たく突き刺さった。

 優しいフォローのつもりかもしれない。でも、彼も確かに笑っていた。私を、女としてではなく、笑いのネタとして見ている証拠だった。

 私は、手に持っていたプリントを強く握りしめた。

 涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛み締めて堪える。

 ここで泣いたら、本当に負けだ。

 私はゆっくりと、その場から後退りした。

 背中を向けて、人気のない階段の方へと走った。

 視界が涙で歪む。

 「……どうして」

 優太のことは、少しだけ、いい奴だと思っていた。

 いつも私に話しかけてくれて、からかってくるけど、あれは彼なりの親愛の表現なのだと、勝手に思い込んでいた。

 でも、違った。

 あいつにとって、私はただの『笑い者』で、他の男子と盛り上がるための道具に過ぎなかったんだ。

 私のささやかな恋心も、女の子としてのプライドも、全部あいつらに踏みにじられた。

 放課後の誰もいない渡り廊下で、私は静かに泣いた。

 夕日が、私の影を長く、寂しく引き伸ばしていた。

 明日、どんな顔をして学校に行けばいいのだろう。

 優太の顔なんて、もう二度と見たくない。

 そう強く思った。


「美咲、おはよう! 今日も一段と──」

翌朝、昇降口でいつものように軽い調子で声をかけてきた優太を、私は完全に無視した。

彼の顔を見るだけで、昨日のあの笑い声と、スマートフォンの画面を覗き込む男子たちの姿がフラッシュバックする。胸の奥が冷たく凍りつくような感覚。

「え、美咲? どうしたんだよ、無視かよー」

優太はまだ、私が何を知っているのか気づいていない。いつも通りの、能天気で、少し調子に乗った笑顔。その笑顔が、今の私には酷く醜く、そして恐ろしく見えた。

私は一言も発さず、ただ冷たい視線を一瞬だけ彼に向け、そのまま早足で教室へと向かった。

「おい、美咲! 怒ってんのか? 俺、なんかしたっけ……?」

後ろから優太の困惑した声が聞こえたが、振り返る気なんてさらさらなかった。

教室に入ると、昨日あの場所にいた男子たちが何人かいた。彼らは私と目が合うと、一瞬だけ気まずそうに視線を逸らした。やっぱり、あの場にいたのは現実だったのだ。私は彼らにとっても、もう『オラウータン』として認識されているのだろう。

席につき、カバンから教科書を取り出す。手が小さく震えていた。

「美咲、本当どうしたんだよ。朝から機嫌悪いじゃん」

優太が教室に入ってきて、私の席の前に立った。心配そうな顔をしているのが、余計に腹立たしかった。よくそんな白々しい演技ができるものだ。

「……話しかけないで」

私は低く、冷たい声で言った。

「は? なんだよそれ。理由言わなきゃ分かんねえだろ」

優太の口調に、少しだけ苛立ちが混じる。

「自分で考えれば? あなたが裏で何をしてるか、私が知らないとでも思った?」

「裏で……? 何のことだよ」

本当に分かっていないのか、それとも誤魔化そうとしているのか。どちらにせよ、これ以上あいつと会話を続けるのは時間の無駄だった。

「昨日、放課後の廊下。男子たちと何を見て笑ってたの?」

私がそう言うと、優太の顔から一瞬で血の気が引いた。

「あ……」

「私の寝顔の写真、皆に見せて楽しかった? 『オラウータン』って言って盛り上がって、最高に気持ちよかった?」

声が震えそうになるのを必死で抑え、私は優太を睨みつけた。

「それは……違うんだ、美咲。あれは、ただのノリで……」

「ノリなら何してもいいの? 人のプライド傷つけて、笑い者にして、それがあなたの言う『仲良し』なの?」

クラスの何人かが、私たちの言い争いに気づいて視線を向けてくる。でも、もうどうでもよかった。

「優太、あなた最低だよ。私、あなたのこと少しは信用してたのに……本当にバカみたい」

「美咲、待てよ! 悪かった、本当に悪かったから……!」

優太が私の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。

「触らないで!!」

私は激しくその手を振り払った。

「もう二度と、私に話しかけないで」

そう言い残し、私は教室を飛び出した。

涙が次から次へと溢れて止まらなかった。

信じていた。からかわれても、どこかで彼を特別な友達だと思っていた。

その気持ちが、一番無残な形で裏切られた。

私の初めての失恋は、悲しみよりも、激しい怒りと人間不信という深い傷を、私の心に残していった。


あの日以来、私と優太の間の空気は完全に冷え切った。

私は優太を徹底的に無視した。彼が話しかけてきても、目も合わせず、声も発さず、まるでそこに誰もいないかのように振る舞った。優太は最初、何度も謝罪の言葉を口にしたり、どうにかして私に許してもらおうと必死にアプローチしてきたが、私の頑なな態度に、やがて彼も口数を減らしていった。

クラスの男子たちも、私に対して腫れ物に触るような態度を取るようになった。あの写真の件が私にバレたこと、そして私が本気で怒っていることが伝わったのだろう。

何より辛かったのは、拓海との距離も遠くなってしまったことだ。

あの日、あの場で一緒に笑っていた拓海の姿が、どうしても頭から離れない。彼に悪気がなかったとしても、私を『笑いもの』として見ていたことに変わりはなかった。私が一方的に寄せていた淡い恋心は、あの瞬間、完全に粉々に砕け散ったのだ。

拓海と廊下ですれ違っても、私は俯いて通り過ぎるようになった。拓海も、どこか申し訳なさそうな、気まずそうな表情を浮かべるだけで、私に声をかけてくることはなかった。

学校に行くのが、毎日苦痛だった。

教室にいるだけで、自分が惨めな存在に思えて仕方がなかった。

「美咲、最近元気ないね。大丈夫?」

休み時間、親友の結衣が心配そうに覗き込んできた。結衣には、あの写真の件は話していない。話せば、また自分が惨めになるような気がしたからだ。

「うん、ちょっと寝不足なだけ。大丈夫だよ」

作り笑顔で答える。

「そう? ならいいんだけど……。なんか、優太とも最近全然話してないし、喧嘩でもした?」

「……別に。あいつのことなんて、どうでもいいの」

私は冷たく言い放ち、窓の外を眺めた。

窓ガラスに映る自分の顔は、酷く暗く、生気がなかった。

かつて、優太にからかわれて怒っていた日々の、あの賑やかで、どこか温かかった時間は、もう二度と戻ってこない。

優太が私に向けた『悪意のない悪戯』は、私から多くのものを奪い去っていった。

友達への信頼、淡い初恋、そして、自分自身へのささやかな自信。

私は、自分の殻に深く閉じこもるようになった。誰も信じない、誰も近づけない。そうすれば、もう二度と傷つくことはないから。

凍りついた私の心は、季節がどれだけ移り変わろうとも、溶ける気配を見せなかった。


数週間が経ち、学校の校庭の木々も、すっかり冬の装いへと変わりつつあった。

私と優太の関係は、相変わらず冷え切ったままだった。優太はもう、私に話しかけてくることはなくなっていた。教室の隅で、心なしか以前より静かになった彼の後ろ姿を見るたび、胸の奥がチクリと痛む。でも、あの日の怒りと傷が、その痛みをすぐに覆い隠した。

ある日の放課後、私は図書室での居残りの課題を終え、一人で静まり返った校舎を歩いていた。

日が落ちるのが早くなり、廊下は薄暗いオレンジ色の夕闇に包まれている。

階段を下りようとした時、踊り場に誰かが立っているのが見えた。

優太だった。

彼は窓の外をぼんやりと眺めていた。いつものお調子者の雰囲気は微塵もなく、どこか寂しげで、小さく見えた。

私は足音を立てないように引き返そうとした。しかし、ルーズリーフがカバンから滑り落ち、パサリと床に音を立ててしまった。

その音に、優太がハッと振り返った。

「あ……美咲」

気まずい沈黙が、二人の間に流れる。

私は黙ってルーズリーフを拾い、そのまま通り過ぎようとした。

「待って、美咲」

優太の声は、低く、掠れていた。

「……話すことなんてないって言ったはずだけど」

私は足を止めずに言った。

「分かってる。本当に、俺が最低だった。謝って許されることじゃないって、ずっと考えてた」

優太の言葉に、私は思わず足を止めた。振り返りはしなかったが、彼の真剣なトーンが、私の背中に伝わってきた。

「あの写真……ただ、みんなと盛り上がりたくて、自分が面白い奴だって思われたくて、軽い気持ちで見せちゃったんだ。美咲がどれだけ傷つくか、女の子としてどう思うか、全然考えてなかった。俺、本当にバカで、ガキだった」

優太の声が、微かに震えているように聞こえた。

「美咲と話せなくなって、初めて気づいたんだ。俺、美咲と話すのが、からかうのが、毎日すごく楽しかったんだって。それを、自分のくだらない見栄のせいで、全部ぶち壊した。本当に、ごめん」

長い、長い沈黙が流れた。

夕日が、私たちの影を廊下に長く伸ばしている。

優太の謝罪は、本物なのだと分かった。彼なりに、自分の過ちと向き合い、苦しんでいたのだろう。

でも。

「……分かった」

私はゆっくりと振り返り、優太の目を見つめた。

彼の目は、後悔で潤んでいた。

「謝ってくれたことは、受け取るよ。……でもね、優太。傷ついた気持ちは、ごめんって言われても、すぐには消えないの」

「美咲……」

「あなたが悪気なくやったことで、私はすごく惨めな思いをした。私の大切な気持ちも、全部壊された。だから……前みたいには、もう戻れない」

私の言葉は、冷酷だったかもしれない。でも、それが私の本心だった。一度壊れた信頼は、そう簡単に元通りにはならない。

優太は、悲しそうに、でもどこか納得したように、小さく頷いた。

「うん……。そうだよね。身勝手なお願いして、ごめん」

彼は無理に作ったような、寂しい笑顔を浮かべた。

「でも、最後にちゃんと謝れてよかった。じゃあね、美咲」

優太はそう言うと、私に背を向け、階段をゆっくりと下りていった。

彼の足音が、遠ざかっていく。

私は、その場に立ち尽くしたまま、彼の後ろ姿を見送った。

胸の奥が、締め付けられるように痛かった。怒りはもう消えていた。残ったのは、ただ、取り返しのつかない寂しさだけだった。

私たちは、お互いを傷つけ合い、大切な距離を失ってしまった。

もし、あの時優太が写真を撮らなければ。

もし、私がもっと早く怒りをぶつけていれば。

様々な『IF』が頭をよぎるが、現実は変わらない。

私は、もう一度カバンを抱え直し、一人で歩き出した。

薄暗い校舎を出ると、冷たい冬の風が私の頬を掠めた。私たちの、不器用で、痛みの残る青春の一ページが、静かにめくられていくのを感じながら。


法廷の空気は、高校時代の放課後のそれとは比較にならないほど、冷たく、重苦しいものだった。

高等裁判所の傍聴席。私は背筋を伸ばし、被告人席に座る男の背中を見つめていた。数年という年月は、彼を別人のように変貌させていた。かつての無邪気で調子のいい優太の面影は消え失せ、今そこにいるのは、鋭利な刃物のような殺気を纏った、狂信的なテロリストである。

「革命と罪への救済」。それが彼らの掲げる旗印だった。過激思想に染まり、社会の根幹を覆そうとした彼らの暴動事件は、数多くの犠牲者を出した。今日行われているのは、その主導者である優太の初公判だ。

検察官が読み上げる起訴状と、事件の概要説明。優太は無表情でそれらを聞いている。しかし、事件の動機が語られた瞬間、私の思考は停止した。

「被告人は高校時代、集団からの孤立と、自己のアイデンティティの喪失を経験。それが社会に対する根源的な憎悪のトリガーとなり、後のカルト団体への傾倒へと繋がった――」

動機。高校時代の私との一件が、彼の口から語られた。

私の脳内で、あの日の光景がフラッシュバックのように鮮明に蘇る。あの薄暗い廊下。私の写真を晒し、クラスの笑い者にし、私の心を粉々に砕いたあの日。私が彼を拒絶し、完全に世界から締め出した、あの放課後。

あの瞬間、彼の何かが決定的に壊れたのだ。

もしあの時、私が彼を無視せず、真っ直ぐに向き合っていたら?

もし彼を傷つけるのではなく、彼の中にある埋められない孤独を理解しようとしていたら?

もし私たちが、互いの不器用さを笑い飛ばせるような関係を築けていたら、彼はあんな怪物に、あんな悲惨な事件を起こす張本人にはならなかったのではないか。

ifもしも――。そんな考えが脳内を支配する。

あの日のあの騒動が、彼にとっては「友達と盛り上がるための小さな悪戯」ではなく、彼が唯一持っていた「他者と繋がるための拙い手法」の最後の失敗だったとしたら。私の冷たい拒絶が、彼の壊れかけた自我を完全に崩壊させ、その後、彼に近づいた狂信者たちが、その「孤独」という名の空洞に、過激な憎悪という名の劇薬を流し込んだのではないか。

法廷に響く裁判官の声が遠のいていく。

私は、あの時の彼の寂しげな後ろ姿を思い出していた。あの放課後、彼が私に謝罪し、そして私に突き放された時の、絶望の深さ。私は彼を許せなかった。しかし、その許しを拒絶した私という存在が、彼を社会の敵へと突き動かす最後の一押しになっていたのだとしたら、私の抱いていた正義は、一体何だったのだろうか。

「私は、社会を壊したのではない。私を笑い者にし、私を拒絶した、この腐った世界そのものを救済しようとしたのだ」

優太が、裁判官の質問に対して淡々と答える。その声は、かつて私に「おはよう」と声をかけてくれた時の、あの明るい響きを微塵も残していなかった。

彼の中の「私」は、すでに何年も前に死んでいる。

私は傍聴席で、握りしめた拳を震わせた。回想の中の私たちは、あまりに無力で、残酷だった。彼を壊したのは社会ではない。彼を壊したのは、あの時の私の冷淡さと、それに気づけなかった私たち自身の未熟さだ。

裁判所を出ると、空はどんよりと重い鉛色をしていた。

私は立ち尽くし、カバンの中に眠る、あの時以来一度も開くことのなかった手持ちカメラを指でなぞった。あの日の出来事は、私の記憶の中では「青春の傷」という物語として完結していた。しかし、現実は、その傷が腐敗し、巨大な膿となって社会を汚染していたのだ。

優太が最後に残した、「救済」という言葉。それは結局のところ、かつて私に抱いていた歪んだ承認欲求の成れの果てだったのかもしれない。

私は、壊れていく優太の姿を、法廷でただ観測することしかできない傍観者に過ぎない。私は、彼を突き放したあの日の私を一生許すことはないだろう。そして、彼をあのような道に走らせた、あまりにも短い、私たちの青春の残骸を、心の中でそっと葬ることにした。

冷たい風が吹き抜け、私は足早に駅へと向かった。法廷の重苦しい空気から逃げるように。けれど、どんなに速く歩いても、あの日の薄暗い廊下と、そこで優太に向けた自分の冷たい眼差しは、私の背中に張り付いたまま、決して消えることはなかった。

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