第九話「日雇いと社会の闇と、尊厳の解体ショー」
世の中には、見なかったことにされている地獄がある。
誰かが引き受け、誰かが押し付け、誰かが使い潰し、
そして、誰も責任を取らない場所。
それが――日雇いバイト現場だ。
午前六時二十分。
神城市郊外、プレハブ事務所前。
カノは、眠気と二日酔いと絶望を引きずりながら、列に並んでいた。
周囲には、年齢も性別も種族もバラバラな人間と獣人。
共通点は一つ。
全員、目が死んでいる。
「……今日の現場、どこやろ……」
スマホを見る。
案件名:廃棄物仕分け・軽作業(簡単)
「……“簡単”て書いてあるやつ、九割地獄やからな……」
的中。
ワゴン車に詰め込まれ、連れて来られたのは――
巨大ゴミ処理場。
漂う腐臭。
積み上げられた黒い袋の山。
飛び交うカラス。
床には、正体不明の液体。
「……はい、終わった」
現場監督のオッサンが、拡声器で叫ぶ。
「今日の作業はな、家庭ゴミの手選別や!!」
ざわっ。
「分別ミス多すぎて、機械止まるから、人力で仕分けや!!」
カノ、脳内で自分の人生を振り返る。
――あ、これ、罰や。
作業開始。
ベルトコンベアに流れてくる、混沌の塊。
生ゴミ、オムツ、腐った弁当、割れたガラス、謎の液体、動物の死骸、エロ本、使用済みゴム。
「……」
開始三分。
嘔吐寸前。
「……これ……人間の出すもんちゃうやろ……」
鼻を突く、地獄の香り。
手袋越しでも伝わる、ぬめり。
時々、ぬるっとした何かが指に絡む。
「……考えるな……無になれ……」
悟りモード突入。
隣の作業員、六十代くらいの人間の男性が、ぼそっと呟く。
「……慣れると、これが普通になるんだよ……」
「……なりたくないです……」
「……皆、そう言う……」
その目は、完全に死んでいた。
午前十時。
休憩。
水を飲んでも、口の中から腐臭が消えない。
「……これ、地獄の洗礼やろ……」
午後。
第二ラウンド。
今度は、粗大ゴミの解体。
家具、家電、ベッド、ソファ。
中身、だいたい汚い。
冷蔵庫の中から出てきた、謎の黒い液体を見て、カノは思った。
「……これ、事件やろ……」
監督「いいから流せ!!」
正義、死亡。
夕方。
作業終了。
全身、ゴミの匂い。
服、死亡。
精神、瀕死。
「……これで……八千円……」
時給千円。
八時間。
人生、安い。
帰りのワゴン車。
全員、無言。
疲労と絶望で、魂が抜けている。
メゾン・ブランシェ前。
カノは、ふらふらと部屋へ戻り、玄関で崩れ落ちた。
「……もう……社会、無理……」
そこへ、エイト君とシホ。
「……うわ、臭っ……」
「……人類の闇を、浴びてきました……?」
「……うん……」
シャワーを浴びても、臭いが取れない。
それでも、ストロングゼロを開ける。
「……はぁ……」
アルコールが、脳を溶かす。
「……なぁ……」
カノは、二人を見る。
「この社会、下で支えとるやつ、全員踏み潰されとるよな……」
「……」
「……」
シホが、ぽつりと。
「……でも、誰かがやらないと、街は回らない……」
「……せやな」
カノは、鼻で笑った。
「……ほんま、クソやな……」
それでも、明日になれば、また並ぶ。
並ばなければ、生きられないから。
社会の闇の底で、今日も腐敗獣人は働いている。




