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第八話「インフルと禁酒と、アル中の尊厳」

 最初の異変は、悪寒だった。

 203号室。

 カノは布団の中でガタガタ震えながら、ストロングゼロの缶を握りしめていた。

「……寒……」

 季節は冬。

 だが、それを差し引いても、明らかにおかしい。

 寒気、頭痛、関節痛、吐き気。

 役満。

「……風邪か……?」

 震える手で、プシュッ。

 アルコールで体を誤魔化そうとする、クズの正解ムーブ。

 ぐびっ。

「……う゛……」

 胃が、拒否反応。

「……あ」

 次の瞬間。

 ダッ!!!!

 トイレへダッシュ。

 ゲロ。

 全吐き。

「……終わった……」

 カノは、便器に突っ伏したまま、うめき声を漏らした。

「……これ、ただの二日酔いちゃう……」

 スマホを取り出し、震える指で検索。

 症状 寒気 頭痛 関節痛 吐き気

 検索結果:インフルエンザ

「……」

 五秒、沈黙。

「……死ぬやつやん」

 廊下に出ようとして、足がもつれる。

 ドサッ。

 そのまま、畳に沈む。

「……シホ……エイト君……」

 震える声で、スマホを操作。

 グループLINE:

 カノ:

 【インフルっぽい 死ぬ 助けて】


 十分後。

 203号室のドアが、勢いよく開いた。

「カノ!!」

「……」

 現れたのは、エイト君とシホ。

 寝起き、ジャージ、焦り顔。

「うわ……」

 床に転がるカノを見て、エイト君が顔をしかめる。

「……マジで死にかけじゃん……」

「……救急車、呼びます?」

「……まだ……」

 カノは、かすれた声で呟く。

「……病院……連れてって……」

 数十分後。

 診断結果。

 インフルエンザA型。

 医師「しばらく安静。アルコール厳禁。」

 その言葉を聞いた瞬間。

 カノの魂が、半分抜けた。

「……アルコール……だめ……?」

「ダメです」

「……死刑や……」

 帰宅後。

 103号室に、隔離病棟が設置された。

 カノは布団に寝かされ、エイト君とシホが左右に配置。

 完全なる強制看病イベント。

「……なぁ……」

 カノ、かすれ声。

「……一口……一口だけ……」

「ダメ」

「……アルコール消毒やん……」

「ダメ」

「……ウチ、今、人生で一番しんどい……」

「知ってる」

 エイト君、即答。

「……禁酒って、こんなに辛いん……?」

「……アル中の典型症状ですね……」

 シホ、冷静。

 カノは、布団の中で悶える。

「……手、震える……」

「……ほんとにヤバいな……」

「……今まで、どうやって生きてたんですか……」

「酒や!!」

「即答すぎる」

 水、スポドリ、ゼリー。

 次々と口に押し込まれる。

「……味せぇへん……」

「……それでも飲め」

「……ウチ、今、修行僧……?」

「……煩悩の塊ですけど」

 夜。

 熱、39度。

 カノは、うわ言を言い始める。

「……スト……ゼロ……」

「……夢の中でも酒かよ……」

「……買い置き……」

「……誰か、隠して」

 エイト君、冷蔵庫の中のストロングゼロを全回収。

 箱ごと、103号室へ移動。

「……カノ、起きたら発狂するぞ……」

「……その方が、治療になります……」

 深夜。

 カノ、突然ガバッと起きる。

「……ウチの酒!!」

「はい、没収」

「……鬼!!」

「……大家さんより、優しいです」

「比べる対象おかしい!!」

 布団に押し戻され、強制睡眠。

 そのまま、三日。

 禁酒、三日。

 これは、カノの人生において最長記録だった。


 四日目。

 熱が下がり、カノ、復活。

「……生き返った……」

 だが、第一声。

「……酒……」

「はい、ダメ」

「……ちょっとだけ……」

「……ダメです」

 シホ、冷酷。

「……なぁ……」

 カノは、天井を見つめる。

「ウチ、もしかして……」

「……?」

「……アル中なんちゃう……?」

「……今さら」

「……」

 沈黙。

 カノは、しばらく考えた後、鼻で笑った。

「……まぁ……今さらやな……」

「……開き直り早すぎ」

「……でも」

 カノは、ゆっくり起き上がる。

「三日、飲まんでも生きとったん、ちょっとびっくりした」

「……進歩ですね」

「……せやな」

 その夜。

 カノは、ストロングゼロを一本だけ開けた。

「……うっま……」

「……感動してる……」

「……生きててよかった……」

 だが、以前のように、がぶ飲みはしなかった。

 ――ほんの、少しだけ。

 ほんの、気持ちだけ。

 クズの世界にも、微量の成長は存在するらしい。


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