第六話「もやしと納豆と、尊厳の死」
金がない。
驚くほど、金がない。
もはや清々しいレベルで、金がない。
203号室。
カノは、床に正座し、財布の中身をひっくり返していた。
出てきたのは――
十円玉×3
一円玉×7
レシート
謎の飴
使用済みポイントカード
「……二百円もないやん……」
死。
完全なる死。
今月は、家賃、電気、ガス、水道、携帯、酒、全部が綺麗に重なって、経済的大虐殺が発生していた。
しかも、エイト君はクラウン破壊事件の修理代。
シホは銃のパーツ代とタバコ。
全員、仲良く所持金ほぼゼロ。
――というわけで。
103号室に、三人、集合。
床の真ん中に置かれているのは、スーパーで買った最終兵器セット。
もやし:29円
納豆(3パック):78円
食パン(半額):89円
インスタント味噌汁:98円
合計:294円。
三人分。
「……これ、刑務所より酷ない……?」
カノ、真顔。
「……刑務所は、もっとマシだと思う……」
エイト君、遠い目。
「……栄養バランス的には、最悪ですね……」
シホ、冷静に死亡宣告。
「主食:もやし、副菜:もやし、主菜:もやし、デザート:もやし」
「もやしに親殺されたんか、ウチら……」
炊飯器の中には、米ゼロ。
冷蔵庫の中には、希望ゼロ。
人間としての尊厳、ほぼゼロ。
「……しゃーない……」
カノは、もやしを袋から取り出す。
「今日は、もやしフルコースや……」
フライパンに、油を数滴。
もやし投入。
塩、少々。
「……完成」
「早すぎるやろ」
「金欠料理やぞ、文句言うな」
三人、床に座り込み、皿を囲む。
箸を持つ手が、異様に重い。
「……いただきます……」
もやしを一口。
シャキ。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
「……悲しい味やな……」
カノ、ぽつり。
「……噛むたびに、人生の選択ミスが脳裏に浮かぶ……」
エイト君、遠い目。
「……納豆、かけます?」
「……かけて」
納豆、投入。
混ぜる。
再度、口へ。
「……あ」
「……?」
「……普通に、うまい……」
「……人間、底まで落ちると、何でもご馳走になるんやな……」
三人、無言で咀嚼。
もやしが、胃に落ちていく。
尊厳も、一緒に落ちていく。
「……なぁ……」
カノが、箸を止める。
「ウチら、このままやと、どうなるんやろな……」
「……」
「……」
シホが、静かに口を開く。
「……多分、老後は、生活保護か、孤独死か、刑務所か、の三択です」
「選択肢が終わっとる」
エイト君、苦笑。
「……俺、事故って死にそう」
「それ、一番ありえる」
カノ、即答。
しばらく、沈黙。
もやしと納豆を咀嚼する音だけが響く。
「……でもさ」
エイト君が、天井を見上げる。
「こうやって、三人で貧乏飯食ってんの、ちょっと楽しくね?」
「……キモ」
「……否定は、できません……」
カノは、鼻で笑った。
「……ウチ、一人でやっとったら、絶対、酒だけで三日過ごしとるわ」
「……それ、死にます」
「……やな」
三人、またもや無言。
もやしを食い切り、皿は空。
腹は、七分目。
心は、三割くらい回復。
「……よし」
カノは、立ち上がる。
「明日から、また日雇い、頑張ろ」
「……珍しく、前向き」
「金なくなったら、死ぬからな」
「……動機が、最低」
「……でも、正しいです」
その時。
ピンポーン。
インターホン。
三人、同時に固まる。
「……誰」
「……大家さんだったら、今日、死ぬ」
恐る恐る、ドアを開けると――
そこに立っていたのは、宅配のお兄さん。
「大森さん宛ての、灯油ですー」
「……あ」
胸を撫で下ろす三人。
その背後から、大家さんの声。
「カノ!! あんたら、今日の夕飯、何食うた!!」
「……もやしと納豆……」
「はぁ!? 栄養失調なるわ!!」
数分後。
三人の前に置かれたのは、大量のカレー。
「……」
「……」
「……」
「余っとるから、食え」
大家さん、そっぽを向く。
三人、黙って手を合わせる。
「「「いただきます……」」」
スプーンを入れた瞬間。
「……うっま……」
「……涙、出そう……」
「……生き返ります……」
カノは、口いっぱいにカレーを頬張りながら、呟いた。
「……ウチら、クズやけど……」
「……」
「……意外と、運だけは、ええんかもな……」
誰も、否定しなかった。
もやしと納豆と絶望の底で、ほんの少しだけ、人間に戻った夜だった。




