第五話「大家さん襲来、クズども全員、死ぬ」
その日は、朝から嫌な予感しかしなかった。
根拠はない。
ただ、カノの腐りきった人生経験が、全身で警鐘を鳴らしていた。
「……今日、なんか起きる……」
203号室。
カノは、床に転がる空き缶を踏みつけながら、ストロングゼロを開ける。
時刻、午前十時。
社会的には完全アウトだが、メゾン・ブランシェでは朝の挨拶みたいなもんである。
「……はぁ……」
缶を傾けた、その瞬間。
ガンガンガンガンガン!!!!
ドアを叩く、殺意全開のノック音。
「……来た」
直感、大当たり。
「開けんかァァァ!!」
この声。
大家さん。
しかも、ブチ切れモード確定演出付き。
カノは、全てを諦めた顔でドアを開けた。
そこに立っていたのは、ゴム手袋、三角巾、ジャージ姿の戦闘形態・大森美智代。
手には、巨大なゴミ袋。
「カノ」
「……はい」
「今日、大掃除や」
「……は?」
「全員参加。強制。拒否権なし。逃亡即死」
「最後の物騒すぎん?」
大家さんは、203号室の中を一瞥し、深いため息をついた。
「この腐臭部屋、今日こそ更地にする」
「更地はやりすぎやろ!!」
「うるさい!!」
即、論破。
数分後。
廊下に、正座させられた獣人三匹。
カノ、エイト君、シホ。
全員、寝癖、死に顔、酒臭、タバコ臭、油臭。
役満。
「お前らなぁ……」
大家さんは、腕を組み、ゆっくりと三人を見下ろす。
「自分らが住んどる場所、ゴミ捨て場と勘違いしとらんか?」
「……」
「部屋はな、人間が住む場所や!! 発酵させる場所ちゃう!!」
カノ、そっと目を逸らす。
203号室、ほぼ発酵工場。
「というわけで」
大家さん、にっこり。
「全室合同・地獄の大掃除大会、開催や!!」
三人、同時に顔面蒼白。
「終了条件」
大家さん、指を立てる。
「床が見えるまで」
「……それ、無理ゲーや」
カノ、即死。
作業開始、午前十一時。
まず、カノの部屋。
203号室。
ドアを開けた瞬間、異臭という名の暴力が襲いかかる。
「……うわ」
エイト君、即後退。
「……発酵と腐敗のハイブリッドですね……」
シホ、真顔。
「誰のせいや!!」
大家さんの怒号。
「全部ウチや!!」
カノ、開き直り。
「ゴミ出せ!!」
「はい!!」
床に転がる、空き缶、弁当容器、謎の包装、正体不明の紙袋。
ゴミ袋が、瞬く間に膨張していく。
「……これ、何袋目や……」
「……七袋目です……」
シホ、淡々。
「まだ半分も終わってへんぞ……」
エイト君、絶望。
そして、最大の難関。
シンク。
謎の茶色い物体が、排水口付近にこびりついている。
「……なにこれ……」
「……記憶に、ありません……」
カノ、目を逸らす。
大家さん、無言でゴム手袋を装着。
「……これ、カビと酒と油と食べカスの合成生物や」
「新種やん!!」
ゴシゴシ、ゴシゴシ。
削り取られる未知の生命体。
「……うっ」
エイト君、吐きかける。
「吐くな!! 余計掃除増えるやろが!!」
「無理!! 鼻死ぬ!!」
地獄。
完全に地獄。
次は、エイト君の部屋。
予想通り、車パーツ地獄。
床一面、工具、ネジ、オイル缶、タイヤ。
「……これ、住居ちゃうやろ……」
「ガレージです……」
「住めや!!」
大家さん、キレる。
シホの部屋は、銃と弾とタバコのヤニ地獄。
「……シホ、何か悪いことしました?」
「全部や!!」
壁のヤニ汚れ、徹底洗浄。
水が黒く流れる。
「……人体に悪影響出る色やな……」
カノ、震える。
作業終了。
時刻、午後六時。
三匹は、廊下に倒れ込んでいた。
「……死んだ……」
「……もう、無理……」
「……筋肉痛、確定……」
そこに、大家さん。
「ほら」
缶ジュース三本、投げ渡す。
「……?」
「労働の後の一杯や」
カノは、震える手で受け取り、プルタブを開ける。
炭酸。
「……生き返る……」
三人、無言で一気飲み。
しばらくして、カノがぽつりと呟く。
「……大家さんおらんかったら、ウチら、とっくに死んどるな」
「……間違いないですね」
「……うん」
廊下に、少しだけ静かな空気が流れた。
そして。
「次は、害虫駆除やから覚悟しとけ」
「「「え?」」」
全員、即死。




