第三話「狼と銃とタバコと、クソみたいな人生相談」
午前十一時四十二分。
人間社会では「そろそろ昼飯考えるか」くらいの、健全な時間帯。
だが、メゾン・ブランシェ203号室では、ようやく死者が蘇生し始める時間である。
「……頭……割れろ……」
布団の中から、カノの死にかけた声が漏れる。
昨日は、深夜爆音テロ事件の後、ストロングゼロを三本追加で飲み、最終的に人生の存在意義ごと気絶していた。
現在、口の中はドブ。
胃袋は発酵樽。
脳みそは液状化。
「……もう無理……生きるのやめたい……」
そう言いながら、布団から這い出し、よろよろと103号室へ向かう。
目的地は一つ。
シホの部屋=安全地帯。
203号室には、酒とゴミと自己嫌悪しかない。
だが、103号室には、話を聞いてくれる狼がいる。
カノは、半分ゾンビのままインターホンを押した。
ピンポーン。
数秒後、ドアが開く。
現れたのは、グレーの狼耳を揺らした長身の女性。
シホだった。
「……カノ?」
「……シホ……助けて……」
「……シホ、何か悪いことしました?」
そのまま、ずるずると部屋に引きずり込まれるカノ。
103号室は、203号室と比べると奇跡的に人間の住処だった。
床は片付いており、空気はタバコと金属とオイルの匂い。
壁際には、モデルガンがずらり。
AR-15、AK47、スコープ、レーザーサイト、銃剣。
完全に職質ホイホイ。
カノは床にぺたりと座り込み、いきなり愚痴を垂れ流し始める。
「なぁ……ウチの人生、終わっとる思わん……?」
「……突然ですね」
「金ない、仕事キツい、酒しか友達おらん、隣は爆音猫、大家さんは鬼」
「……フルコンボですね」
「しかも最近、寝不足で頭おかしなっとる」
「……元からでは?」
「シホまで刺すな!!」
シホは、タバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐いた。
「……カノ、何を求めて来たんですか?」
「共感」
「……難易度高いですね」
カノは、床に寝転がり、天井を見つめる。
「普通さ……二十二って言うたら、もっとこう……キラキラしとるもんちゃうん……?」
「……シホは、銃に全財産突っ込んで、今月、煙草も節約中です」
「……終わっとるな、二人とも」
「……はい」
沈黙。
エアコンの音と、煙草の燃える音だけが響く。
しばらくして、カノがぽつりと呟く。
「なぁ……ウチ、このままやと、孤独死コースやと思わん……?」
「……可能性は、かなり高いです」
「フォローしろや!!」
「……一応、大家さんが発見してくれると思います」
「それ、死後やん!!」
カノは、枕を顔に押し当て、叫ぶ。
「なんでウチ、こんな人生なん!!」
「……選択の積み重ね、です」
「正論で殴るな!!」
シホは、淡々とモデルガンの分解整備を続けながら、時々相槌を打つ。
「……でも」
カノは、横目でシホを見る。
「シホも、銃やらタバコやらで、金欠地獄やろ?」
「……はい」
「後悔しとる?」
シホは、少し考えた後、首を振った。
「……後悔は、してないです」
「なんで」
「……撃てない銃より、撃てる今の方が、楽しいので」
「……よぉ分からんけど、潔いな……」
カノは、鼻で笑う。
「ウチも、酒やめたらマシになるんやろな」
「……多分」
「でも、やめる気、ゼロや」
「……知ってます」
「知っとるんかい」
二人で、しばらく笑う。
その時。
「カノ、これ、撃ってみます?」
シホが、AR-15のモデルガンを差し出す。
「……は?」
「……ストレス解消になります」
「……人、撃てへんやろな?」
「……壁なら」
「壁は大家さんに殺されるわ!!」
結局、空撃ちで引き金を引く。
カチン。
乾いた音。
「……なんか、スッとするな」
「……でしょ」
カノは、銃を返し、ため息をつく。
「……ウチら、ほんまに終わっとるな」
「……はい」
「でもまぁ……」
カノは、立ち上がり、伸びをする。
「一人で終わっとるより、まだマシか」
「……シホ、そういうの、嫌いじゃないです」
二人は、また少し笑った。
クズで、金欠で、社会不適合で、将来も見えない。
それでも。
このボロアパートの中では、最低限、孤独ではなかった。




