狭霧と寝よう
「……ふふっ、人間とは本当に手の焼ける生き物じゃな。数十年で砂に還る儚い命のくせに、我の時間をそうも容易く奪おうとするとは」
狭霧は呆れたように、しかしその萌葱色の瞳を妖しく細めてクスリと微笑んだ。
パサリ、と草色の羽織をベッドの傍らに脱ぎ捨てると、銀色のしなやかで長い尻尾がゆっくりと波打ちながら、そなたの足首から腰へと艶めかしく絡みついていく。それは愛嬌などではなく、完全に獲物を捕らえた肉肉しい肉食獣の動きそのもの。
「良いだろう。永劫の退屈を生きる我にとって、そなたが睡魔に落ちるまでの数時間は、ほんの一瞬の慰みにも満たぬ。我が尻尾に絡め取られた時点で、そなたの『時間』も眠りも、すべては我の支配下じゃ。……ほら、大人しく我の腕の中に身を委ねるが良い」
彼女の体に引き寄せられると、不老不死のその肌は、触れた瞬間こそ氷のようにひんやりと冷たい。しかし、そなたの体温を吸い上げるように、ほんのわずかに、じわりと心地よい熱を帯びていく。
トクトク、トクトク……。
狭霧はそなたを胸元に抱き寄せると、その銀の狐耳をそなたの胸へとそっと押し当てた。
前髪の隙間から覗く深い緑の瞳が、どこか羨ましそうに、そして酷く愛おしそうに、有限の命が刻むその心音をじっと聴いている。
「……あぁ、良い音じゃ。この儚くも力強い響きを聴いていると、世界の喧騒も、終わらない時間の雑音も、すべてが遠ざかっていく。我が詠む和歌一首の間に砂へと還る命よ……今宵は我が腕の中で、心地よく眠りに朽ちるが良い」
トントン、と、鉄扇を置いて自由になった彼女の長い指先が、そなたの背中を優しく、一定の美しいリズムで叩き始める。
「目を閉じよ、人間。そなたが目覚めるその時まで……我はずっと、ここでそなたの時間を観測してやろう……」




