はじまりは財布から
「で、結局それ何なんだよ」
朝食のパンをかじりながら、レオが言った。
ユウマは書類を整えながら、まったく悪びれずに答える。
「ただの財布盗難だ」
「いや、それは分かってる」
レオは即座に突っ込む。
「そうじゃなくて、これのどこが英雄活動なんだ」
ユウマは肩をすくめた。
「助けただろ」
「孤児の就職までセットで?」
「結果的に」
レオは深いため息を吐く。
「英雄って普通はドラゴンとか魔王とかじゃないのか」
「そういうのは後だ」
「後なのかよ」
「まずは信用だ」
ユウマは指を立てる。
「小さな事件を積み上げる」
「それがないと学院は作れない」
レオは呆れ顔のままパンをちぎった。
「で、次は?」
ユウマは一枚の紙を机に置く。
「魔導具の消失事件」
レオの目が少しだけ細くなる。
「同時多発か」
「たぶんな」
ユウマは軽く笑った。
「やっとそれっぽくなってきた」
「嬉しそうだな」
「そりゃな」
⸻
翌日、二人は商業区へ向かった。
魔導具店の主人は明らかに疲れ切っていた。
「また消えたんです」
「また?」
ユウマが聞く。
「はい」
「一晩で棚が空になります」
「侵入痕もありません」
「警備も突破されていません」
レオが店内を見回す。
「不自然だな」
「魔法か」
「だろうな」
ユウマはしゃがみ込み、床に手をかざした。
微弱な魔力の残滓。
だが通常の魔法とは違う。
「記録に残らないタイプだ」
ユウマは立ち上がる。
「消えた“後”だけがある」
レオは短く言う。
「嫌なタイプの現象だな」
⸻
その夜、宿の一室では地図が広げられていた。
赤い印がいくつも付いている。
全て消失地点だった。
「繋がってるな」
レオが言う。
「ああ」
ユウマは頷く。
「でも目的が見えない」
「金か?」
「ならもっと派手にやる」
「実験か?」
「それも違う」
ユウマはペンを回す。
「違和感だけがある」
レオは椅子に座ったまま天井を見上げる。
「つまり正体不明の何かか」
「まだ組織ってほどでもない」
ユウマは少し笑った。
「ただの現象かもしれない」
レオも笑う。
「お前、そういうの好きだよな」
「まあな」
⸻
さらに翌日、商業区中心部。
騒ぎは突然起きた。
「今、消えました!」
店員の声に振り返ると、そこには“空白”があった。
音もない。
光もない。
そこだけが、まるで最初から存在していなかったかのように抜け落ちている。
ユウマは目を細める。
「なるほど」
「これは」
レオが言う。
ユウマは静かに答えた。
「物語だな」
「は?」
レオが眉をひそめる。
「誰かが完成していない出来事を流してる」
「まだ形になりきっていない“途中の物語”だ」
レオは呆れた顔をした。
「お前の趣味だな」
「かもな」
⸻
夜、宿の部屋は静かだった。
ユウマは地図を見つめている。
レオは外に出ていた。
部屋には紙の擦れる音だけが響く。
ユウマは小さく呟いた。
「誰がやってる?」
答えはない。
ただ右手の紋様が、わずかに熱を帯びる。
《継承魔法アーカイブ》
ユウマはそれを見て笑った。
「いいじゃないか」
「やっと物語が動き始めた」
⸻
その頃、夜の王都。
人気のない裏路地で、レオは足を止めていた。
そこに確かに“何か”があった気配がある。
だが次の瞬間には消えている。
観測できない違和感。
記録にも残らない空白。
レオは小さく息を吐いた。
「……ズレてるな」
そして何事もなかったように歩き出す。
向かう先は、ユウマのいる場所だった。




