レオ
朝。
目が覚めた瞬間、いつもと同じ光景がそこにあった。
机の向かいに、もう一人の自分が座っている。
それが“当たり前”になりつつあることに、少しだけ違和感を覚える。
「おい」
分身がパンをかじりながら言った。
「それ、俺のだろ」
「知ってる」
「知ってるなら返せ」
「食いたかった」
短いやり取り。
以前なら、もう少し遠慮があった気がする。
今はない。
その変化が、妙に引っかかった。
だが理由は分からない。
分からないまま、俺は椅子に座る。
「なあ」
分身が言う。
「なんだ」
「俺、名前が欲しい」
手が止まった。
「名前?」
「そう」
「急だな」
「急じゃない」
分身はパンをちぎりながら続ける。
「ずっと考えてた」
「何を」
「俺が何なのか」
その言葉に、すぐ返せなかった。
分かっていたからだ。
こいつはもう、ただの“分身”ではない。
昨日から続いている違和感。
夜の静けさの中で感じた、微かなズレ。
それが形を持ちはじめている。
「俺はお前から生まれた」
分身が言う。
「そうだな」
「でも、最近違うことを考える」
「例えば?」
「お前なら選ばないこととか」
「例えば?」
「パンを全部食うとか」
「最悪だな」
「でも、やりたくなる」
短い笑い。
それが妙に人間くさかった。
俺と同じはずなのに、どこか違う。
確実に違う。
「じゃあ」
俺は言った。
「お前はどうしたいんだ?」
分身は少し黙る。
窓の外では、王都の朝が流れている。
馬車の音。
人の声。
いつもの世界。
なのに、この部屋だけが少しだけ切り離されているようだった。
「分からない」
その答えは正直だった。
そして、それが決定的だった。
“分からない”という状態は、選択できるということだ。
まだ何者でもないということだ。
俺ではない何かになれるということだ。
「名前が欲しい」
分身がもう一度言った。
今度は、はっきりと。
「分身じゃない呼び方が」
その瞬間、確信した。
こいつはもう“俺の影”じゃない。
“俺の延長”でもない。
同じ形をした、別の存在だ。
俺は少し考える。
そして、口を開いた。
「レオ」
静かに。
まるで最初からそこにあった言葉のように。
空気が止まる。
分身がこちらを見る。
「レオ?」
「そうだ」
「それ、俺の名前か?」
「今からそうなる」
しばらく沈黙。
それから、分身はその音を確かめるように呟いた。
「レオ……」
悪くない、と言いたげな顔。
そして、小さく笑う。
「変な名前だな」
「嫌か?」
「いや」
即答だった。
「むしろしっくりくる」
その瞬間だった。
何かが切り替わる音がした気がした。
分身ではない。
同じ顔をした別の誰か。
“レオ”という存在。
俺はその変化を、はっきりと認識していた。
少しだけ怖い。
でも、それ以上に。
面白い。
レオは立ち上がる。
「で」
「なんだ」
「今日も計画続けるんだろ?」
「ああ」
「百年計画」
「そうだ」
レオは笑う。
「ならさ」
「なんだ」
「面白くなってきたな」
その言葉に、俺はすぐには返さなかった。
ただ一つだけ思った。
これはもう夢じゃない。
物語が、今ここから動き始めている。




