予測できるもの、できないもの
事件が片付いてから数日。
久しぶりに依頼のない朝だった。
「平和だ。」
ユウマが椅子へ座ったまま呟く。
「平和だな。」
レオも同意する。
「依頼がない。」
「呼び出しもない。」
「財布も落ちてない。」
「落ちてたら拾え。」
「届ける。」
「偉い。」
「英雄だからな。」
「まだ違う。」
⸻
朝食を食べ終えたあと。
ユウマは一冊の本を机へ置いた。
『予測魔法概論』
昨日、予測局で借りてきた本だった。
「勉強か。」
レオが覗き込む。
「気になる。」
「何が。」
「予測魔法。」
ページをめくる。
内容は難しい。
というより。
ほとんど理論書だった。
「眠くなる。」
「もう眠そうだ。」
「文字が多い。」
「本だからな。」
⸻
しばらく読み進める。
『予測魔法は未来を決定する魔法ではない』
『無数の可能性を観測し』
『最も実現しやすい未来を抽出する』
そこまでは知っている。
しかし。
一文だけ気になる記述があった。
『予測精度は対象情報量に比例する』
「情報量?」
ユウマが首を傾げる。
「どういう意味だ。」
レオも本を覗く。
「よく分からんな。」
⸻
さらに読み進める。
『対象の行動履歴』
『生活習慣』
『所属組織』
『交友関係』
『価値観』
『性格』
『環境』
『蓄積された情報を基に未来を算出する』
ユウマは本を閉じた。
「なるほど。」
「分かったか?」
「分からん。」
「だろうな。」
⸻
少し考える。
「でも。」
ユウマが口を開く。
「人間を予測するってことは。」
「その人を知れば知るほど当たりやすいってことか。」
「たぶん。」
レオも頷いた。
「初対面より親友の方が行動を読める。」
「そんな感じだな。」
「魔法でそれをやってる。」
「便利だな。」
「便利だ。」
⸻
レオは少し笑った。
「じゃあ。」
「お前は予測しやすそうだ。」
「なんで?」
「単純だから。」
「失礼だな。」
「昼飯を食えば機嫌が良くなる。」
「なる。」
「甘い物でさらに良くなる。」
「なる。」
「難しい本を読むと眠くなる。」
「なる。」
「予測しやすい。」
ユウマは少しだけ悔しかった。
「反論できない。」
⸻
その日の午後。
二人は王都を歩いていた。
依頼はない。
完全な休日である。
市場を歩き。
露店を眺め。
果物を買う。
「今日は平和だ。」
ユウマがリンゴを齧る。
「平和だな。」
レオも同じ物を買っていた。
「お前も買うのか。」
「うまそうだった。」
「真似したな。」
「偶然だ。」
「本当か?」
「たぶん。」
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しばらく歩くと。
前から予測局の担当職員が歩いてきた。
「あ。」
向こうも気付いたらしい。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
軽く挨拶を交わす。
「今日はお休みですか?」
ユウマが聞く。
「はい。」
職員は笑った。
「たまには休まないと怒られます。」
「分析官の人達も?」
「特に分析官ですね。」
「昨日も徹夜でしたし。」
「寝てください。」
「ありがとうございます。」
「本当に寝てください。」
また同じ会話になった。
⸻
別れ際。
担当職員が振り返る。
「そういえば。」
「はい?」
「ユウマさん。」
「予測局の適性がありますよ。」
ユウマは少し驚いた。
「俺ですか?」
「情報を繋げるのが上手いですから。」
「分析官向きかもしれません。」
「それは。」
ユウマは苦笑する。
「学院を作る予定なので。」
担当職員は笑った。
「それは残念です。」
「予測局は人材不足なんですよ。」
「百年後なら。」
「長いですね。」
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宿へ戻る頃には夕焼けになっていた。
ユウマは借りた本を本棚へ戻す。
そして、小さく呟く。
「情報が多いほど。」
「未来は当たりやすい。」
レオが椅子へ腰掛ける。
「そうらしいな。」
「じゃあ。」
ユウマは少し考え込む。
「誰も知らない人間は。」
「予測しにくいのかな。」
「さあな。」
レオは肩をすくめた。
「試したことない。」
「だよな。」
それ以上は考えなかった。
まだ。
考える必要もなかった。
未来は情報から作られる。
その言葉だけが、ユウマの頭の片隅へ静かに残った。




