予測局
消失事件の調査は、思ったより進んでいなかった。
いや、正確には進んでいる。
進んでいるのだが、犯人に近づいている気がしない。
「一番嫌なやつだな」
朝食の席でレオが言った。
ユウマも同意だった。
情報は増えている。
消失地点も増えている。
だが肝心の犯人が見えない。
「犯人がいるのかすら怪しい」
ユウマはパンをちぎりながら言う。
「幽霊説か?」
「ちょっと面白そうだな」
「お前のその基準やめろ」
レオは呆れた。
最近分かったことだが、ユウマは『面白そう』でかなりのことを許す。
いつか痛い目を見る気がする。
たぶんレオも一緒に。
巻き込まれるのである。
理不尽だった。
⸻
その日も二人は王都を歩いていた。
商業区。
工房街。
魔導具市場。
消失事件が起きた場所を順番に回っていく。
だが途中で奇妙な光景を見つけた。
広場の一角に人だかりができている。
しかも全員が役人だった。
「なんだあれ」
レオが言う。
「さあ」
ユウマは近づいた。
すると中央には巨大な机が置かれていた。
十人ほどの魔法使いが座っている。
机には大量の書類。
中央には魔法陣。
周囲には警備兵。
なかなか物々しい。
「何やってるんです?」
近くの野菜売りのおばちゃんに聞いてみる。
すると当然のような顔で返された。
「予測局だよ」
「予測局?」
「知らないのかい?」
ユウマとレオは顔を見合わせた。
知らない。
初耳だった。
⸻
興味を持った二人は、そのまま観察を続けた。
机を囲む魔法使い達は真剣な表情で書類を見ている。
時々魔法陣が光る。
すると一人が何かを書き込む。
また光る。
また書く。
延々と繰り返している。
「地味だな」
レオが言った。
「ものすごく地味だな」
ユウマも頷く。
想像していた魔法使いとは違う。
もっとこう。
火とか。
雷とか。
爆発とか。
そういうのを期待していた。
実際には、残業中の役人みたいだった。
夢がない。
⸻
しばらく見ていると、一人の職員が立ち上がった。
そして近くの兵士へ書類を渡す。
兵士は敬礼して走っていった。
「今の何だ?」
レオが聞く。
すると再びおばちゃんが答える。
「魔獣だよ」
「魔獣?」
「東の森で出るらしい」
「らしい?」
「予測だからね」
ユウマの動きが止まった。
「予測?」
「そうさ」
おばちゃんは当然のように言う。
「予測局は未来を見るんだよ」
⸻
帰り道。
ユウマは無言だった。
レオも無言だった。
宿へ戻る。
部屋へ入る。
扉を閉める。
沈黙。
そして。
「ズルくない?」
ユウマが言った。
「ズルいな」
レオが即答した。
「未来見るの?」
「見るらしいな」
「反則では?」
「反則だな」
二人は同時に机へ突っ伏した。
⸻
しばらくして。
ユウマがゆっくり顔を上げる。
「なるほど」
「何がだ」
レオが聞く。
ユウマは真顔だった。
「英雄がいない理由だ」
その一言でレオも理解した。
もし未来が分かるなら。
魔獣が出る前に討伐できる。
盗賊が動く前に捕まえられる。
事故が起きる前に止められる。
つまり。
英雄が活躍する前に全部終わる。
「そりゃ物語ないわ」
レオが呟く。
「ないな」
ユウマも頷く。
二人は同時に天井を見上げた。
そして思った。
思った以上に。
この世界は厄介だった。
⸻
だが。
ユウマは少しずつ笑い始めていた。
「なんだその顔」
レオが嫌そうに聞く。
ユウマは楽しそうだった。
非常に楽しそうだった。
嫌な予感しかしない。
「面白くなってきた」
やっぱり言った。
レオは深いため息を吐く。
「予測魔法相手に何する気だ」
「まだ何も考えてない」
「考えてから笑え」
「無理だな」
ユウマは笑う。
そして窓の外を見る。
王都は今日も平和だった。
あまりにも平和だった。
だからこそ。
その平和を支えている仕組みが見えてきた気がした。
そしてユウマは確信する。
アストラル学院を作るなら。
まずはこの世界の“予測”を理解しなければならない。
そんな気がしていた。




