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第四話 ユニクロお揃い事件

第四話 ユニクロお揃い事件


 五月の日差しは明るく、街路樹の若葉を透かしていた。


 駅前のロータリーには買い物客が行き交い、焼きたてパンの匂いが風に混じる。平日の昼間なのに、ショッピングモールは妙に賑やかだった。


「玲奈ちゃん、疲れてない?」


 隣を歩く澄子が心配そうに覗き込んでくる。


「大丈夫です」


「ほんと? 休憩する? お茶飲む?」


「まだ着いて五分です」


「あら」


 澄子はきょとんとしたあと、ふふっと笑った。


 玲奈は内心でため息をつく。


 今日の目的は買い物だった。


 正確には、玲奈が仕向けた。


『お義母様もお洋服とか新しくされたらどうですか?』


 そう何気なく言ったのだ。


 もちろん狙いはある。


 浪費。


 資産を減らすこと。


 高級志向の人間ほど、買い物で財布が緩む。


 外商付きの資産家なら尚更だ。


 玲奈は本日、義母に気持ちよく金を使わせるつもりでいた。


 できれば高級ブランド店で。


 百貨店の外商サロンでもいい。


 バッグでも宝石でも買わせれば、かなりの出費になる。


 そう思っていた。


 なのに。


「玲奈ちゃん、この靴どうかしら?」


「歩きやすそうですね」


「じゃあ買おうかしら」


「はい」


「玲奈ちゃんも色違い買う?」


「いりません」


「遠慮しないの」


「遠慮じゃないです」


 開始三十分で、既に疲れていた。


 澄子は買い物が好きだ。


 だが、自分のためだけではない。


 玲奈に何か買いたくて仕方ないのだ。


「このスカーフ玲奈ちゃん似合いそう」

「このリップ顔色明るくなるわよ」

「このハンドクリーム香り好きじゃない?」


 店を回るたびにそれが始まる。


 玲奈は何度も断った。


 だが澄子は全然へこたれない。


 しかも楽しそう。


「お義母様」


「なぁに?」


「そんなに色々買わなくても」


「だって楽しいんだもの」


 澄子はにこにこしている。


「若い女の子と買い物するの、夢だったのよねぇ」


「……女の子って歳じゃ」


「玲奈ちゃんは女の子!」


 即答だった。


 玲奈は軽く目を閉じる。


 調子が狂う。


 普通、嫁姑の買い物なんてもっと気を遣うものではないのか。


 なのに澄子は、親友と出掛けている女子高生みたいに浮かれていた。


 そのときだった。


「あっ!」


 澄子の目が突然きらりと光る。


 嫌な予感がした。


「玲奈ちゃん!!」


「はい」


「ユニクロ寄りましょ!!」


「……はい?」


 玲奈は思わず足を止めた。


 目の前には巨大なユニクロ。


 ガラス張りの入口から、初夏物のディスプレイが見えている。


「ちょっと待ってください」


「新作出てるの!」


「さっきまでブランド街にいたのに?」


「いいものはいいのよ!」


 澄子は勢いよく玲奈の手首を掴む。


 温かい。


 逃げられない。


「行きましょ!」


「引っ張らないでください」


 店内は明るかった。


 白い照明。整然と並んだ服。新しい布の匂い。レジの電子音。


 玲奈は呆然と周囲を見回す。


 ここで何をする気だ。


 ブランドバッグは。


 宝石は。


 高級時計は。


 玲奈の計画はどうなった。


「玲奈ちゃん!」


 澄子がカーディガンを掲げていた。


 淡いクリーム色。


「これ絶対似合う!」


「普通のカーディガンですよ」


「そこがいいの!」


 澄子は玲奈に服を当てる。


「ほら! 顔映り綺麗!」


「近いです」


「可愛い〜!」


「聞いてます?」


 店員が微笑ましそうにこちらを見ていた。


 玲奈は少しだけ居心地が悪くなる。


「お義母様、自分の服を選んでください」


「え、だから選んでるじゃない」


「私のです」


「玲奈ちゃんの服選ぶの楽しいのよ」


 悪びれない。


 玲奈は頭痛を感じ始めた。


 そのとき澄子が、ふっと何か思いついた顔をした。


「……お揃いにしようかしら」


「は?」


「絶対可愛い!」


「いや」


「サイズ違いで!」


「待ってください」


「店員さん、このカーディガンMとLあります?」


「ございますよ」


「ありがとうございます!」


 話が早い。


「お義母様」


「なぁに?」


「なんでお揃いなんですか」


「仲良しだから!」


 あまりにも即答だった。


 玲奈は言葉に詰まる。


「ほら見て、玲奈ちゃん。袖口の色も可愛いわよ?」


「……」


「これ着てスーパー行きましょうねぇ」


「嫌です」


「えー」


 だが結局。


 数分後には。


「……なんで買ってるんですか私」


 玲奈は紙袋を見下ろしていた。


 完全に同じカーディガンが二着。


 色違いではない。


 完全一致。


 澄子は満足そうだった。


「明日着ましょうね!」


「断固拒否します」


「えぇー?」


 翌朝。


 居間に入った玲奈は、硬直した。


「おはよう玲奈ちゃん!」


 澄子がいた。


 満面の笑みで。


 昨日のカーディガンを着て。


 しかも待機していた。


「……」


「ほら玲奈ちゃんも!」


「まさか本当に着るとは」


「お揃いよぉ!」


「知ってます」


「早く早く!」


 玲奈は数秒葛藤した。


 だが澄子の期待に満ちた目が、妙に圧力を持っている。


 結局。


「……これでいいですか」


 着た。


「可愛いぃぃぃ!!」


 澄子が拍手する。


「親子コーデみたい!」


「やめてください」


 だが地獄は終わらなかった。


 スーパーで。


「あらぁ!」


 近所のおばさんが笑顔で近づいてきた。


「まあ仲良し親子みたい!」


 玲奈の顔が熱くなる。


「お嫁さん? 可愛いわねぇ!」


「でしょう!?」


 なぜか澄子が誇らしげだった。


「お揃いなんですよぉ」


「素敵〜!」


「玲奈ちゃん嫌がってたんですけどねぇ」


「言わないでください!」


 おばさんは楽しそうに笑って去っていく。


 玲奈はカゴを持ったまま固まっていた。


 恥ずかしい。


 死ぬほど恥ずかしい。


 なのに。


「玲奈ちゃん」


「……なんですか」


「似合ってるわよ」


 澄子が嬉しそうに笑う。


 その笑顔は、まるで本当に娘と出掛けている母親みたいだった。


 玲奈は視線を逸らす。


 生鮮コーナーの冷気が頬に当たる。


 胸の奥が、妙に落ち着かなかった。


(……調子、狂う)


 そう思いながらも。


 玲奈は紙袋の中のお揃いカーディガンを、なぜか少しだけ大事に抱えていた。



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